第65話 動き始める異世界
【プノ怪しむ】
召喚の間に現れたのは、例の魔導師を連れて来たというハンプ宰相だった。
「お疲れ様でございますプノ様。魔導師が到着致しましたのでお連れいたしました」
「はいなの、さいしょうのおじさん」
ハンプ宰相の後ろには、漆黒のローブを纏った人物が立っていた。
その後ろには侍女が二名と、近衛兵を二名引き連れてきている。
漆黒のローブに外套のフードを目深に被り、表情は窺い知れない。体型からして女性だと判断が付く。なぜなら、その凶暴なまでに大きな胸が、一際目を惹くからである。
「ご紹介いたしましょう。深淵の大魔導師ムエンタ様にございます」
──深淵……? なんか悪そうな二つ名なの……おっぱいも凶悪なの……。
そう思うが言葉には出さない。
ハンプ宰相がそう言うと、ムエンタと紹介された大魔導師は、プノの所まで歩みフードの奥でニヤリと口角を吊り上げる。
「ほう、そなたが大賢者エンデル殿のお弟子さんかな?
「はい、プノは、プノーザというの、よろしくなの」
「うむ、召喚の儀、滞りなく行うにはプノーザ殿のお力が不可欠なようだな。共に力を合わせ成功させようではないか」
「は、はい。お願いしますなの……」
フードの奥で鋭く光る眼が、一瞬プノを射竦める。
ゾクリ、と背中に冷たいものが這う。
──深淵の大魔導師ムエンタ、それにこの魔力はとても危ない匂いがするの……特にエル姫様より大きなおっぱいは邪悪極まりないの……(ムカッ!)。
プノは目の前の大魔導師ムエンタに、言い知れぬ危険性を肌で感じた。
ムエンタの胸にムカつくのは危険とは違うだろうが。
「見たところ、この魔法陣は妾の手には余りそうなもののようだな」
ムエンタは魔法陣を見渡して、その難解な術式に感心しながら呟く。
「プノーザ殿、頼みましたぞ」
「は、はいなの……」
「プノ様、魔法陣の方は、後いかほどで調査が完了するでしょうか?」
その後を引き継ぎハンプ宰相が問うてくる。
魔法陣の修復に関しても、師匠であるエンデルと連絡を取りながらもう済ませているので、もう手を加えるところはない。今は他の所にも問題が無いか、念の為タブレットで画像を撮り、師匠に送って検証してもらっている所なのだ。
それともう一つ。
この事件の犯人を特定することが求められているのである。
「はいなの、もうじき終わるの」
プノはボイスレコーダーの検証が済むまでの時間稼ぎの積りでそう言った。
「おお、それは良かった! 間に合いそうですな」
「えっ? なにが間に合うなの?」
「あ、いえ、こちらの話です」
ハンプ宰相の発言に首を捻るプノ。
間に合うとかそういう問題ではないと思うのだが、はっきりと安堵した表情で言うハンプに、些かの猜疑心が湧き上がる。
「では、召喚の儀の日程を詰め、後程決定いたしましょう。プノ様には追ってお知らせに参りますので、その時までゆっくりと仕上げていただければと思います」
「は、はいなの……」
「これでエル姫様を含め、皆さん無事に戻って来られましょう。はははははっ」
「……」
プノはハンプの言葉にどこか引っかかりを覚える。
どこという訳ではないが、師匠であるエンデルに続き姉のピノ。この二回の召喚での失敗を前にして、余裕があり過ぎる発言に思える。
この世界で最も優秀な大賢者である師匠エンデル、それに自分よりも魔法が得意なピノでさえ失敗した召喚が、未熟なプノに大丈夫なのかと心配しない方がおかしいのだ。それをさも今回は大丈夫なように余裕の笑いさえ浮かべている姿には、違和感を覚えるしかない。
「ではまた決まりましたらお知らせに参ります」
ハンプ宰相は、細い目を少しだけ開きながらニッコリと礼をして召喚の間を出て行く。
その後に続いてムエンタも付いてゆくが、再度プノに向けた視線は、心臓を鷲掴むような冷徹な光を宿しているように感じた。
「……な、なんなのなの……あの人は……?」
プノは早鐘を打つ心臓に手を当てながら、言い知れぬ恐怖をその身で感じるのだった。
◇
一部始終の会話を聞いていたであろうエンデル達。
いったい異世界でどんな話をしていたのか俺にはさっぱり分からない。大家さんもそれは同じだ。ドローンから送られてくる画像を見ながら、ズームを掛けたりして遊んでいたのだった。
プノ以外の人達が召喚の間とやらから全員出て行く。
『……な、なんなのなの……あの人は……?』
「プノ様! 今の人はハンプ宰相と他は誰でしたか?」
プノが不安そうに声を出すと、姫さんが強めの口調でプノへ問う。
あれ、でもなんでそんな質問をするんだろう。会話を聞いていたんだよね?
俺達には意味は分からないが、姫さんは勿論、エンデル達には理解できているのだろうと勝手に思っている。
『は、はいなの、さいしょうのおじさんと、さいしょうのおじさんが連れてきた大魔導師らしいです。名前をムエンタというそうです。他はいつもの兵隊さん二人と、侍女さんは、第一姫様の侍女さん二人なの……』
ドローンの上空からの映像では頭しか見えないので誰かが判別できなかったのだろう。
「そ、そうですか……」
「プノーザ。宰相様とその大魔導師は、何と言っていたのですか?」
『え、聞こえてなかったなの?』
エンデルの奴、なにをボケてるんだと思ったが、どうやら違うらしい。ちなみに今はピノがプノの言葉を通訳してくれています。
「プノーザ、あなたには普通の言葉で解釈できたかもしれませんが、あの言葉は私達には理解できませんでした」
『え? それはどういうことなの?』
タブレットを取り出しながら不思議そうに小首を傾げるプノ。
大家さんは気ままにドローンの操作を楽しんでいる。まったく少しは話に加わる気がないのかよ……と思うが、言うのも面倒なので言わないけど。
「プノ様、わたくしもこの世界に来なければ理解できませんでしたが、そちらから聞こえてくるハンプ宰相と大魔導師とかいう者の声は、明らかにわたくし達が使っている言葉ではありませんでした。帝国で使っている言葉でもありません。間違いなくこの大陸のものではありません。あの二人。ハンプ宰相と大魔導師という怪しい女性は、恐らく魔族です……」
『ま、魔族……なの……?』
向こうから聞こえて来ていた二人の話し声は、意味が分からなかったという。
という事は、俺の言葉同様の事が起こっているという事だろう。向こうでは魔法があるので翻訳されるが、こちらに聞こえて来る声には魔力自体が乗ってこないので、翻訳されないと。
「おそらくなのです……プノーザ、このことは気付かれないようになさい。普通に対応するのですよ?」
『は、はいなの……』
「わたくし達は至急送って頂いた音声を確認します。それまでは気付かれないようにしてくださいね」
エンデル同様、姫さんも気付かれないようにと言及する。
もしもばれてしまった場合、プノに危険が及ぶかもしれないという事だろう。何となく俺にも分かるような気がするよ。
プノは先程の会話の一部始終を姫さんに伝えたようである。
それを聞いた姫さんは、一層顔を曇らせた。
ていうか、雲行きが急に怪しくなってきやがったな。プノはマジで大丈夫だろうか?
「エンデル様、ピノ様、とりあえずハンプ宰相の音声確認から急ぎましょう。それともう一人……姉のフェルの音声も並行して確認しなければならなくなりました……」
「フェル皇女様のですか?」
「はい、あそこに姉様の侍女がいたことを鑑みるに、裏で繋がっていると考えた方が良さそうです……」
うーむ、どんどん険悪な状況になって行く。
肉親である姫さんのお姉さんが容疑者の上位に位置付けられたとか、まるで映画だね。骨肉の争いに発展する?
なんて、ほんと他人事に考えているが、これが現在進行形で起きているのだなと思うと、そうも穏やかな心境ではいられない。
どういった因果か知らないが、俺もエンデル達と知り合ってしまったのだ。もう他人事ではいられないだろう……。
「アキオ様、ハンプ宰相と姉様の音声を至急準備していただけないでしょうか?」
「おう、分かった。ええと、そのハンプとかいう人には何番のボイスレコーダー渡したんだ?」
「確か7番です。姉様は6番です」
番号が若い順にセットしていたので後回しになっていたな。
「よし、ピノはハンプとかいう奴の。姫さんのにはお姉さんのやつをセットしたぞ」
「ありがとうございます、では早速かかりましょうピノ様!」
「おう、分かったよ!」
姫さんとピノは気合を入れ、音声調査が開始されるのだった。
「エンデル、まずはご飯の支度でもするか。腹が減ってはいい仕事も出来ないだろうからな」
「はい、そうなのです! 食べることは重要なのです!」
うん、食べることは大事だよね。特に君は……。
「大家さんも一回ドローンは中止ね。後でまた気になる所があったら役に立つかもしれないし」
「うむそうだな。話を聞いていたが大変なことになりそうだな。わたしも出来ることは協力を惜しまんぞ」
「ありがとうなのです、ヒナたんさん!」
エンデルは力になってくれるという大家さんに嬉しそうに抱き付くのだった。
その後大家さんがプノの為に用意した物をアイテムバッグの中へ入れ、俺とエンデルは一時食事の準備へと移るのだった。
平和なこの世界と違い、向こうの世界は大変なことになろうとしているみたいだ。
エンデル達がこの世界に来たのも大変なことだとは思うが、それ以上に向こうの世界はなにかきな臭い方向に動いていそうだ。
どちらにしても関わった以上、俺も何かをしてあげたいと思い始めている。もう他人事では済まされないような気がしているのだ。妻とかそういうのは抜きにしてね……。
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