第11話 お風呂の前にテレビで

 髪の毛がコーラでベトベトなので風呂に入ることにする。


 エンデルも風呂と聞いた途端、目を輝かせていたので、湯船のお湯を張ることにした。

 普段は、真冬以外はシャワーで済ませているので、最近湯船は使っていない。


「うあ、まずは風呂掃除か……面倒だな……」


 しばらく湯船を使っていないので、湯垢みたいなのがこびりついている筈である。


「どうしたのですか?」

「なんでもない。なんでもない。ただお風呂掃除をしなきゃと思っただけだ」

「お掃除ですか? それでは私もお手伝い致します」

「いやいい、風呂場は狭いから俺だけで十分だ。暇だったらテレビでも見ていろ」

「て、れ、び……?」


 エンデルは首を傾げる。

 あそうか、そんなものは、たぶん向こうの世界にはないよな……メガネもないような世界だものな……。


「これがテレビだ」

「はぃ? この黒い矩形の物ですか? ただ黒いだけですが……おおっ! よく見ると鏡のようになっていますね? これで自分の顔を眺めていなさいという事なのですか?」

「違う違う、自分の顔見てなにが面白い? これはな、」


 テーブルの上のリモコンを取り、電源スイッチをポチッと押す。


「のぉわああぁっ!!」


 画面が表示された途端、恐れおののくエンデル。


「なななななななんあぁ! なんですか⁉ こ、これは、これはもしや魔導鏡‼ お、おのれ、出てきなさい魔族の手先め‼」


 何かのコマーシャルに出ている人に向かって中腰になって臨戦態勢を取るエンデル。

 中腰というより、盛大に腰を引いているのか? プルプル震えているし……。


「なに言ってるの? そんな一部の人が喜びそうなアイテムでも何でもないよ。ただ情報を垂れ流している放送というものだよ、それをテレビで受信するんだ」

「な、なな、よ、良く分かりませんが、そこの中にいる人は本物なのですか⁉ 小さくなったり、顔だけになったり、人がコロコロ変わります。この薄っぺらな箱のどこにそんなに大勢の人が入っているのですか!?」

「いや、入ってないし……」


 液晶テレビの裏側を恐る恐る覗き込み、そこにテレビに映る人物の交代要員でも隠れているのではないかと思っているのかもしれない。

 だいたいこんな薄っぺらなモノに人が入れると思う自体おかしいよね。ほんと笑える。


「まあ詳しい説明は後でしてあげるよ。このリモコンで色々番組変えられるから気が済むまで検証しなさい」

「は、はい~……」


 胡乱な表情でリモコンを受け取る。

 とはいえ、どう説明して理解してもらえるだろうか……。


「そんじゃ、風呂掃除してくる」


 俺は、呆然自失と立ち尽くすエンデルを残し風呂場へと向かった。

 その後、『わっ!』とか『きゃぁ!』など画面が変わる度に奇妙な声を上げているのが風呂場の方まで響いてきた。


 まあ確かに考えてみれば、これまでエンデルに聞いた少ない話の内容にも、この現代日本と比べても相当時代が後退しているような世界のようだし、仮に江戸時代くらいの人が現代に突然現れた。そう考えればその驚きは途方もないかもしれないな。それを鑑みて説明するしかないか……。


「うあ、結構湯垢が付着しているな……」


 湯垢は酸性なので、アルカリ洗剤が有効だ。重曹で洗うとするか。

 ちなみに水垢は炭酸カルシュウムというアルカリ性物質なので酸性洗剤が有効です。

 一生懸命ガシガシと湯船を擦っていると、


「アキオさん、おかしいです‼ この、てれび、という中の人達の言葉が全く分かりません。言葉に魔力が無い人達なのですか?」


 そう叫んでいる。


「ん? そうなのか? 翻訳できないのか?」

「はい、全く理解できません」


 ふむ、どういうことだ? 

 こうして話していても勝手に翻訳されるのに、テレビから流れる音声には翻訳が適用されない? 若しかしたら、直接その人の言葉を聞かなければ翻訳自体が無効なのかな? マイクで集音し電波に乗って来たものには言霊が宿らない。そんな感じなのだろうか。


「そっか、それは残念だな、まあ雰囲気だけでも楽しんでおきなよ」


 海外の字幕なしドラマを見ているような感じでね。そうはいっても楽しくはないだろうけど。


「は、はい」


 エンデルは素直にまたテレビを見ては、一人で何事かを呟いていた。



「よし、キュッキュッとなったな。うん、満足満足!」


 かなり頑固な湯垢だったが、重曹を使って綺麗になった。

 俺一人ならシャワーでいいが、お客様に汚い湯船につかってもらう訳にはいかないからな……って、いつからお客様になった? ……ま、いっか。

 湯船に給湯し部屋へと戻る。


「ふう、どうだ? 楽しいか?」

「はぃ! 言葉は分かりませんが、動きや風景を見るだけで楽しいです!」

「そうか、それは良かった」

「この世界は凄いのですね! もの凄く強い御方がいるのですね!」

「ん? 強い御方?」

「はい、すこし頭がハゲていて、奇妙な格好していますが、物凄く強い剣士ですね!」

「……」


 何を見てそう言っているのか。

 そう思いテレビを見ると、なぜか時代劇が流れていた。頭が少し禿げているというのは、丁髷ちょんまげ頭の事なのだろう。奇妙な格好は着流しとか紋付みたいな着物の事のようだ。

 ちょうど主人公の暴れちゃうような将軍様が、ぎった、ばった、と、モブ侍を切り倒しているシーンだった……。

 なんで好んでこんな番組を選択したのかは分からないね。


「……いやいや、これは違うよ」

「はい? 違う、ですか?」

「ああ、これは時代劇といってだね、まあ、お芝居だよ」

「お芝居ですか?」


 おお、お芝居は普通に通じるね。


「ああ、こんなわざとらしい戦いで一人が多勢に無勢で勝てるわけないだろ? 見て見なよ、背中に待機している役者を、あんなお喋りして隙だらけの主人公に斬りかからないだろ? よく見れば斬られた奴も血も出ていないし、下手をすればシーンが変われば死体がいなくなっているこの不思議。どう説明する?」

「おお~、なるほど! よくできていますね。これがお芝居とは……でも役者という割には役に立たないのですね? すぐに倒れてしまい役立たずです」

「いや、役に立つ人って意味じゃないよ? 演者と言った方いいかな?」

「なるほど! 芝居を演じる人の事ですね!」


 なんとなく翻訳の仕様がつかめて来たぞ。


「まあ、この国の昔の時代を背景にしたお芝居で、今はそんな格好した奴もいないし、刀、そっちで言う剣なんて持って歩いていたら、即お巡りさん、君の世界で言う衛兵に捕まって牢屋行きだよ」

「な、なんと……怖い世界でもあるんですね。この世界は……」

「いや、悪いことさえしなければ平和でいい世界なんだけどね」

「そうですか、アキオさんがそういうなら、ここは良い世界なのでしょうね……私のいた世界はこの先大変なことになるというのに、私がこんな所に来てしまうとは……」


 エンデルは何を思ってか、少し暗い表情で俯いた。

 大賢者というくらいだから、なにかの使命を帯びて召喚魔法とやらを使ったのだろうが、逆に自分が転移してしまい、その使命も遂げなくなったってことかな?


「まあ何があったか知らんが、先に風呂にでも入るか」

「はぃ!」


 風呂と言った途端、さっきの暗い顔がぱっと明るくなった。

 そこまで深刻な問題でもなかったのかな?


「そんじゃあ、風呂の入り方を説明するから一緒に来なよ」

「はい‼」



 という訳で、エンデルを先にお風呂に入れようと説明しに行くのだった。

 トイレと同じく、説明に難儀しそうだが……。

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