-9- 平和な妖精の森にゴルフ場を建設せよ!


「我が七番目の従属たる駿馬の紋章剣よっ!」


 天に手を掲げ、アクネロは叫んだ。


 おのれの魔法武器マジックアイテムである<怪奇ソード・オブ十剣・ストレンジ>の一振りを召喚すると、中空に極太の黒剣が出現する。


 それが剣の形を保っていたのは刹那のことで――ジグソーパズルが解けるように分解し、金属片は拡散しながらもアクネロの両脚に結集した。


 かたたた、と組み立てられる衝突音を奏でつつ、崩れた大剣は漆黒の足甲として再構成されていく。


 刀剣でありながら、あっという間に堅牢な防具となった。

 最後につま先から縦型の短刃が張り出たかと思えば、足の両脇から作動音を鳴らして、尖刃が波打ちながら広がった。


 ムカデ型の足刃だ。

 鈍色の光を放って極彩色の魔術光を一瞬だけ帯びる。

 邪道の魔剣――『アレキウスの具足剣』は所有者の防具でありながらも敵を切り裂く刃である。

 

「さぁさぁさぁぁーあっ! 戦いだッ! 血と汗と涙を流せ!」


 いきり立ったその蛮声が戦いの幕を吊し上げた。


 小山のようにそびえる大ボス級の古代樹を除けば、五メートル級の歩く樹木トレントマンたちが六体、行動を開始した。


 それぞれのっそりとしながらも、一定の間隔でアクネロを囲い込み、腕となる幹をスローテンポで伸ばし――刺殺する構えで無数の木の梢を展開する。


 本隊の緩慢な動きとは裏腹に、高速で襲いくる枝の先端は騎士団の槍ぶすまと遜色そんしょくない。


 地を蹴ってアクネロは飛翔した。

 後退せず、無謀にも敵が群れる前方へ。


 途中でくるりと一回転し、うねる枝を回し蹴りで破砕した。

 飛び散る木の破片の大雨となり、アクネロの頬をかすめて朱線が差す。


 防刃スーツは役割を果たしている。さほど威力のない小枝などは簡単に跳ねつけ、肉体を傷つけさせはしない。


 上段、中段、下段、後ろ回し、カカト落とし、あらゆる方向、あらゆる角度に対応するため、ときには敵の枝を駆けた。


 攻撃をかわしながら、歩く樹木トレントマンを足技で滅多斬りにしていく。地面に木の枝が落ち、折り重なっていく。一体が倒れた。枝がそぎ落とされ、棒切れのようになっていた。


「ふぉぉおおおおおっ! いやっはぁあああああああーーーーーーッ!」


『アレキウスの具足剣』の特性は装着者を重力から解放し、自重を限りなくゼロに近づけることである。また自分の体重に限って制御が可能であり、攻撃の際は自在に自重を乗せることができる。


 軽やかに回転しているアクネロの姿は一見、大空を自由に飛ぶことを可能としているようではあるが、滞空時間がないのでそう見えるだけだ。


 されども迫りくる枝を足場として、飛翔するには不足なし。


「オラァッ!」


 老木が思わぬ反撃にうろたえ、隙を見せた。


 仲間同士がぶつかり合ってよろけてしまっている。コンビネーションの失敗だ。そこを狙ってアクネロは歩く樹木トレントマンに飛び蹴りを加え、腹を深く穿った。


 樹皮が放散し、奥深くの心材まで靴底がめり込む。


 腹部を欠損から体勢が維持できなくなり、悲しげなうめき声が響き渡る。

 アクネロは容赦なく、倒れた歩く樹木トレントマンを踏みつけてトドメを刺す。


 そうして再度、宙に舞おうとすれば――意志を持つ古代樹の木の腕――はるか高みから振り下ろされた巨鎚が、アクネロの頭上に勢いよく落下してきた。


「ぉおっと!」


 重量感のある音と共に、地面が激しく振動した。

 地にうっすら生えていた短草が吹き飛び、土が派手にめくれてクレーターができてしまっている。


 寸ででひらりとかわすことには成功したが、背筋がゾッとする破壊痕だ。


 振り下ろされた木の豪腕も無事ではない。繁茂していた樹冠は砕け、大量の木の葉が粉塵のごとく散らばり、戦いの場に生木の青臭さがぶわっと立ち込める。


「大きな口を叩くだけのことはありますね」

「木に殺されたとあっちゃあ、末代までの恥だからな!」


 シルキーに憎まれ口を叩き、後ろに滑空するように飛び退く。ざざざっと跳ねる両足の靴裏を地面にこすり付けてる。


 最後に半円を描きながら勢いを殺し、姿勢を保った。


 力の源は足甲にあるせいか、不意打ちで体勢を崩したり、コントロールを誤れば身体が持っていかれることがあるのだ。


 ひらひらと雪のごとく落ちゆく緑葉が双方を隔てた。


 シルキーたち妖精はいつの間にか、茨の壁で防衛体勢に入っている。


 壁の上部にトランペットに似たの黄花が咲き乱れているのも気になる。戦いの勘が花への攻撃をためらわせた。


 あそこを飛び越えて術者を攻撃することは可能だが、毒花粉を噴射されるのではないかと想像してしまった。


 連中は植物を操る幻想種なのだから、そうした手段も範疇のはずだ。


「お坊ちゃま、末代がいなくては恥にしようがありません。なるべく早くご成婚なされるか……この際、私が頑張りますか、後継者をお作りになってくださいませ」


「やめろぉっ! 戦闘中に俺の将来の話をするなっ! 今、生きるか死ぬかやってんだぞッ!」


 どこから持ち出したのか、ルルシーは日傘をさしていた。飛んでくる木っ端を器用に防ぎながら物憂いげに懸念を示すと、意識をさかれたアクネロは心底嫌そうな顔で振り返った。


 一方、歩く樹木トレントマンは相手が強敵だと理解し、間合いを保ちつつ、細かな連携を取り始めた。


 無作為ではなく、交互に攻撃してくる形になり、お互いがぶつからないよう多面的に攻めてくる。


「チッ!」


 尖った木枝の連撃が迫りくる。

 網の目をかいくぐるようにアクネロは歯を食いしばってかわした。腰を捻り、返す刀で蹴って斬り捨て、受け流すためにわざと枝につかまって流された。


 やられっぱなしでもない。


 反撃の手数――この場合は足数になるが、やむことはなく迫りくる枝を切り落とし、樹皮をそぎ取り、歩く樹木トレントマンを着実に減らしている。


 優勢か劣勢かでいえば、優勢。


 無尽蔵なアクネロの体力は尽きる気配はなく、近衛騎士として戦いのカンを思い出したのか、ますます動きにキレが増してきていた。


 徐々に歩く樹木トレントマンたちは枝なしの丸裸にされ、残り二匹となると、妖精たちから悲嘆のため息が漏れ始めた。


 我が身を削って使役しているわけではなく、呼びかけによって歩く樹木トレントマンたちは行動している。


 彼らの術は支配は強制力を伴うものではない。

 いわば同志への協力なのだ。


 思いやりのある仲間たちが一方的に倒されていくのは、残酷趣味の妖精とはいえ、気持ちのよいものではなかった。


「おしゃぁぁあーーーーーーーッ!」


 王手をかける。

 最大級の歩く樹木トレントマンが薙ぎ払いを地面に転がって避けつつ、伸ばされた巨大な上腕にアクネロは飛び乗った。


 そして、ひときわ大きな古代樹の胸もとめがけ、アクネロは全力疾走した。


 天空まで繋がっているかと思うほど、果てなく続く斜面を駆け登る。


 生えた尖った枝の攻撃を避け、首をひょこっと出したリスの巣穴をかわし、障害となるコブを飛び越えて走破する。


 古代樹は危機を察知して腕を振り回して落そうとしたが、『アレキウスの具足剣』の刃先が樹皮にめり込んいるおかげで、逆さの体勢になっても走ることが可能になっていた。


「我が五番目の従属たる羽虫の紋章剣よっ!」

 

 トドメのため、アクネロは叫びながら空を飛んだ。

 古代樹の中央にある縦に裂けた単眼に向けて。


 異なる<怪奇ソード・オブ十剣・ストレンジ>の一本を召喚したせいでぱらぱらと『アレキウスの具足剣』は両足から粉状に消失していく。


 二本の使用は反発し合う性質上、不可能になっているせいだ。


 重力の戒めはアクネロに再び伸し掛かり、がくんと体勢が崩れて前のめりになる。


 ジャンプ上昇の限界点につくとあとは落下する一方だ。

 古代樹の鼻先にも関わらず、アクネロがそこまで到達することはなくなった。


 さりとて次に手にした魔剣が強力無比であることは変わりなく。


「久々に食っちまっていいぞっ!」


 逆さになりながらも嘲笑を含んだ邪悪な笑みともに赤剣をぶんっと振るった。


 赤色の正体は毛細血管だ。白濁して半透明になったカエルの卵のようなモノが刀身の役割を果たしている異様な魔剣。


 従属剣の一振り『卵鞘らんしょう魔剣ガリヴァー』は剣でありながらも生命の塊でもある。


 ひとたび孵化すればおぞましい肉食昆虫となり、柄を持った者をインプリティング効果で親と信じ込み、その命令に忠実に従う。


 ビ……ビィイイ………ビィ……


 甲虫は羽を鳴らし、古代樹に黒い霧となって襲い掛かった。


 数は二百近い。

 複眼を持ちながらも黒ずんでハエの胴体を持っていた。


 一センチにも満たないサイズだが、両顎には極小の牙がびっしりと生えている。


 ボリボリと樹皮を食い、内部へと侵入し、食欲のままに侵食する。


 無尽蔵な食欲は収まることはなく――嘔吐と暴食を連続して行う特異な性質を持つ獰猛な昆虫は獲物を貪ることを決してやめない。


 古代樹の苦しみは、のた打ち回る動きでわかった。


 既にアクネロのことは眼中になく、内側の激痛をなんとかしようと枝葉を震わせ、腹部となる幹を叩き、巨大な身体を林にぶつけたり、自傷行為に似た動きを繰り返している。


 単眼に虫たちがもぞもぞと集まり、ぷちゅんと目玉が潰れると古代樹は身体をピンと伸ばして限界まで手を広げ、ひときわ大きな絶叫が世界を揺るがした。


 くるくると身体を回転させながら軟着陸したアクネロは、刀身の消え失せた柄しかない剣を斜め上に切り、喝采を上げた。


「いいねぇー! 最高ッ! デカブツは昔から寄生虫にぶち殺されるって決まってんだよ! そのまま生きながら食われちまいなッ!」


「そうは参りません。申し訳ないですが、その気味の悪い生物を止めて頂けますか」

「あぁ?」


 気だるげに声の方に顔を向ければ喉元に短剣を突きつけられるミスリル。

 あわあわと口をぱくぱくさせて硬直している。


 背後のシルキーは怒りで肩をわなわなとさせて震えていた。


 守護役であるルルシーの姿をアクネロは目で探したが、彼女はすぐ横の茂みからサッと姿を現した。珍しく気恥ずかしそうにコホンと咳払いしつつ、小走りでアクネロの傍に寄る。


「申し訳ありませんお坊ちゃま。ちょっとお花を摘みに行ってまして」


「なんでテメェーは主人が命がけの決闘してるときに平気で便所に行くんだよッ! おかしいだろ絶対!」


「生理現象には抗えません」

「次から漏らせッ!」

「はい、そういったプレイがご所望でしたら私としましてもやぶかさではございませんが、こうですか?」


 ついっとロングスカートの両端を摘まんで胸部まで持っていき、純白の二―ソックスとガーターベルトを外気に晒した。


 突然現れた――むっちりとしたふとももの先にあるデルタ地帯は情欲を誘うものであり、ふくらんだクロッチ部分が放尿したばかりだと意識すると官能的な気配がある。


 悪強気な態度のアクネロも、いきなりのことにグッと顎を引いた。


「いや、まあ、その……なんだ。俺が悪かったよ。まあ、どんなときだってトイレには行くべきだよな」


「はい。ご理解頂いてありがとうございます」


「コラァッ! さっさと魔剣を止めなさい! この娘がどうなってもいいのですか!」


「ご主人様! 二人でいい雰囲気を作ってないで助けてください!」


 無視された形になったシルキーは激昂しているし、ミスリルは膝をガタガタ震わせながらも、喉元の恐ろしい銀刃を凝視している。


 はぁっ、とアクネロは吐息を漏らした。


「ミスリル、お前は棺桶に何を入れて欲しい? 女の子らしく花とかがいいか?」


「見捨てないでくださいぃっ! まだ日が浅いですけど、わりとお家に尽くしてきたじゃないですかぁっ! お尻触られても我慢したのにぃ!」


「お坊ちゃま、ミスリルさんはいい子です。お花ではなくきらびやかなネックレスや指輪にしましょう」


「違うぅ! フォローを入れる方向が違うぅ!」


「……本当に殺しますよ」


 抑制の利いた声は本気の態度。

 短剣を握り締めた腕が首皮一枚まで寄った。


 即座にアクネロは柄だけの魔剣をポイッと空中に投げて消失させた。虫食いだらけの古代樹の悶える悲鳴が徐々にやみ始める。


「ここまでのお方とは……思いもよりませんでした」

「その娘を殺したところで、お前らの運命は変わらないぜ」

「かもしれませんね。ですが、今は立ち去って頂けませんか?」


「だめだな。俺が半殺しにしたあの古代樹はまだ幼木だ。<黒衣の大森林>の最奥にある雲まで届く原初の木を動かされたら、俺の領地が蹂躙されちまう。それはそれで俺の痛手となろう。今日という日でお前らを始末する必要がある」


 シルキーが感心したように口許を綻ばせた。

 準備さえ整えば、森の樹木を大軍に変えることさえできる。

 幻想種としての恐ろしさを人々に見せつけることで平穏を手にすることは難しくない。


「察しのよい方。では、まずこの者の血であがなって頂きま――ッ!」


 ナイフが手から弾かれて踊った。

 凶刃を振るいかけたシルキーの指を小さな影が絡みついてた。

 ミスリルに懐いていたリアがポケットから羽ばたき、がぶりと噛みついたのだ。


 驚きと一瞬の解放――それが勝負の分かれ目となった。

 アクネロは跳躍し、距離を詰めるとシルキーの腕をひねってナイフを落とさせた。そのまま力強く握り締める。


 同時に飛び出したルルシーは倒れかけたミスリルの身体に腕を回して支え、首筋の傷を確かめる。

 浅い切り口。頸動脈までは達していない。


「リア、あなたーッ!」

「長老ー、一緒だって。一緒、一緒!」

「何が一緒だというのですか!?」


「ここでこの人たちを土のなかにねむねむさせても、一緒。またまた違う人が来るだけ。牙人間とお話しよーよ」


「おい、牙人間って誰のことだ? まさか生まれながらにして欠点のない、完璧なる美男子の俺のことじゃねーよな」


「いいえ、いいえ、リア、あなたはわかっていません。彼らはわたくしたちを攻め滅ぼしにきたのです」

「そうなの?」

「そうだな」

「じゃあ、どうしたらやめてくれるの?」


 純朴な瞳を悲しみに染め、上目遣いでの質問にアクネロは眉根を寄せた。


「人間を納得させるには金が必要だ。それにメンツもある。開発した、っていう建前が必要だ。この森を俺が放置した場合、フォルクス市議会が手の平を返す可能性があるかもな」


「お金はあげたでしょ?」

「この金は人から奪い取った盗品だろうが、危なっかしくて受け取れねえよ。それに古銭が多いから、すぐに出所がバレて足がついちまう。奪われた者にも遺族がいるからな」


「でも、リアたちのさらわれた仲間を買い戻すための大事なお金だったんだよ? 盗られたから盗って何が悪いの? 別にいいことじゃないの?」


 ――合点がいく。


 本来、妖精が金銭など必要としなかったのに、必要になってしまった理由がここにあった。


 舌打ちしたアクネロは足もとにちょうどあった金貨の箱を踏みつけて、ぐりぐりと靴底をねじった。


 最後に足を振りかぶり、思いっきり蹴飛ばして箱をひっくり返した。


「……そういう、からくりかよ。妖精の相場がバカ高いわけだぜ。お前みたいな長なら、同族のためなら金に糸目なんてつけねえだろうしな」


 強い視線を投げかけられて、シルキーは逃げるように顔を逸らした。


「リアたちはどうすればいい? りょーしゅ様はどうするの? やっぱり、りょーしゅ様はニンゲンだけのりょーしゅ様なの?」


「人間を食ってる奴らには味方できねえ」


「油は動物の死体の油だよ。さいりよーしてるだけ。長老はプライドたくさんだから、疑われたことを怒ってたんだよ。誤解だよ」


「いよいよもって、この意地っ張りめが!」


 腕の力を抜き、握ったシルキーの手を解放した。

 痛そうに赤あざになった二の腕をさする。憎しみのオーラは消えていなかったが、弱々しくなっていた。


 戦いの空気は急速に消え去り、歩く樹木トレントマンも成り行きを窺っていた。

 決着のつけ方によっては再戦もあり得るが。


「お坊ちゃま。私に妙案がございます」


 ルルシーが控えめに挙手する。


「なんだ?」


「彼女らは神秘的であり、とっても愛らしい幻想種――であれば真っ当にお金を稼ぐことも難しくはないでしょう。そのための知恵が必要ならば授ければよいのです。そのために人の力が必要であるならば領主様のお力が必要なのです」


 計画を語るルルシーの提案は突飛なものであったが、それは実現可能であり。

 説明が続け続くほど現実味を帯び始めてきた。


 利害さえ一致すれば、腹に一物のあったとしても歩み寄って妥結するのが自然な成り行きであった。


「楽しそうだから賛成ぇー」

「さんせー」

「おっけー」

「あ、あなたたち、勝手に決め……きゃっ!」


 妖精の大半はお祭り気分でお気楽に提案を快諾したが、なおも渋るシルキーの腰にアクネロは手を回し、無理やり担いだ。


 顔を背中の向こうに向け、尻を脇の下とする仰向けの体勢だ。


「よし、話が決まったなら何はともあれ、お仕置きの時間だ。よくもまあ、手間をかけさせてくれたな」


「へっ? ふぁっ、なっ、何を!」


 足をバタバタさせて逃れようとしたが、しょせんはか弱い女の力である。


 ドレスのスカートがまくり上げられて清潔な白の布地があらわになった。


 盛り上がった豊かな二つの丘に向けて思い切り手の平を打ちつけると、パチーンッと痛打の音がしてぶるぶると尻肉が揺れる。


「うきゃあ、スケベっ! えっちっ! 変態っ! ひぃああああ! やっ、やめてぇえ!」

「アァーッハハハハハッハハハハハァッ!」


 パチンーンッ、パチンーンッ、と鳴る度に尻肉がぷるぷる震える。


 泣きそうになりながらもシルキーは歯を食いしばり、助けを求めるように周囲に視線をやったが、頼みの綱の妖精たちは笑い転げていた。


「あははっ! 長老がお尻ぺんぺんされてる!」

「おもしろーいっ」

「赤ちゃんみたーい」


 正面に立つメイド二人は顔を背けていた。

 非情にも見て見ぬふりだ。


 お仕置きにしても他のやり方があるはずだとシルキーは思ったが、逃れられる術はなかった。


 身は拘束されて動くことはできない。


 思考の最中でも尻から絶え間なく平手打ちが飛んできているし、実際のところそれほどまで痛みはないのが余計に恥ずかしく、まるで幼児扱いされているので屈辱感だけが与えられる。


 とにかく酷い仕打ちであり。

 一刻も早くこの状況から助かりたいが、相手は人の形をした悪魔だ。


「ハァハッハッハッハッハーーーーーーーッ!」

「やめてくださぃっ! 本当にお許しをぉっ!」

「やだねっ! たまんねえな、おい! 気位の高い女の苦しむ姿ってのはよぉー!」

「うぅうううううっ!」


 白い尻がほんのり朱に染まるまでシルキーは叩かれ続けた。

 ようやく解放された後も、放心状態で地面に倒れた。


 意識は残っていたが、自分の身に起こったことが信じられずにいたのだ。


 高慢な態度で人間族を見透かしていた女王の自我は半ば崩壊し、プライドは粉微塵になり、赤っ恥をかかされた経験だけが心に刻まれ。


 その光を失った瞳は、紛れもなく敗北を意味していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る