第2話 ラースレーション【傷】

「偽善者じゃない」

いつぶりだろうか、そんなセリフを聞いたのは。

銀がまだ小学校高学年の頃。

ある日、クラスメイトと口喧嘩をした。

銀は、少々口達者な所があり、口喧嘩だといつも言い負かしていた。

しかし、その時は違った。

最初はとても小さなことだったのだ。掃除の時間に相手の子が遊んでたところを銀が注意をしたが、相手はそれが気に食わず、文句を言い返したところから始まった。

暫く口喧嘩をしていると、相手が、

「そんなに掃除が大切かよ!この偽善者!」

と、言った。

恐らく相手は、どこかで聞いた程度の悪口としか思っていなかったのだろう。しかし銀には、言葉の意味は分かっていたが、何故掃除をしっかりやっている人がそんなことを言われなければならないのだろうか思い、そして、その言葉に怒りを覚えた。

「ふざけんな、誰が偽善者だって?偽善者って言うのはお前らみたいにやることはやらずに好きなことしかしないくせに大人の前では良い子を演じてるような行動をするやつのことを言うんだよ!僕は偽善者じゃない!偽善者はお前らだよ!失せろよ!馬鹿が!」

と、怒号とともに言い放った。

流石に言い過ぎたようで、相手は泣いてしまったのだ。

人間は哀愁が湧く方に同意してしまう生き物だ。そして、この場合は、泣いた相手の方に皆、味方についてしまった。

周りからもヒソヒソと、

「流石に言い過ぎでしょ…」

「相手泣いちゃってるし…。可哀想…」

と、聞こえる。

その後、相手と一緒に先生に怒られたが、その時になっても相手は泣きそうな顔をしていた。

先生もそれを見て、銀の言い過ぎが悪いと言った。

銀はその言葉に対して強く反駁したが誰もがまるでこちらが一方的に言ったかのように銀を責めた。

唯一、銀のことを庇ってくれたのは魁真だけだった。

魁真だけが、銀を慰めてくれた。

そして、その日から、銀は学校に行くのをやめた。

もちろん、周囲の態度に憤りを覚えたのもだが、これ以上、魁真に庇ってもらっていたら、いつか魁真まで責められてしまうのではないかという気持ちの方が大きかった。

魁真にまでこんな思いをしてほしくなかった。


そこまで思い返したところで、銀はハッとして現在時刻を確認する。

午後八時。

先程、真川と喧嘩したときは空はまだ赤みを帯びていたが、その空もいつの間にか闇に覆われていた。

「することないな…」

お風呂もご飯も既に済ませてしまったのでやることがない。

ゲームをしてもいいが、今はそんな気分ではなかった。

「魁真ならまだ起きてるかな」

と、呟き、魁真にメッセージを送る。

[今日、真川と口喧嘩した]

突然にも程がある文章だと自分でも思ったが、今はこう言うしかなかった。

すると、魁真から返信が届いた。

[そうかー。真川、頑固だからなー]

メッセージには思ってた以上に軽い内容が書いてあった。

(違う。彼女が悪い訳じゃ無い。こちらが昔のことをずっと引きずったままなのが悪いのに。きっと、魁真だって僕のことを傷つけないように、そんなことを書いたんだ。なのに、なんで…なんで…)

「なんでこんな…心が痛いんだよ…」

銀の頭の中に渦巻いていた暗い思考は徐々に量を増し、溢れて出して、ついに言葉となって暗い部屋の中に低く響いた。

一度溢れた言葉は声となり、嗚咽となり、そして、涙となり、零れていった。

溜まっていた気持ちを涙で洗い流した銀は最後に魁真にこんなメールをした。

[明日、真川と一緒に僕の家に来てくれないか]

魁真からの返事は、[わかった!]だけだったが、それには魁真の優しさを感じた。

……To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る