審判の日 告解 188

 私はというと、思うように声が出なくておどろいていた。先ほどの覚悟が、本人を目の前にしたら消えていた。唇が震え、喉が狭くなって息苦しさに喘いでいると、ミズキさんが口をひらく。

「姫香ちゃん、僕のことはいいから、ちゃんと自分の思うことを話すといいよ」

 顔をあげると、瞳があってすぐに勇気づけるかのように柔らかく微笑みを浮かべた。

「自分の気持ちだけ言えばいい」

「ミズキさん?」

「僕たち三人がきちんと向き合ったのって、実はこれが四度目じゃない? ましてこういう関係になって姫香ちゃんの話を聞くのは初めてだ」

 言われてみればそうだった。初めてのときは築地の家で、次もそうだけど、あのときはなんだか慌しくて――なにしろ浅倉くんはマレー獏に変身していたしミズキさんはパニクって私に泣かされるしで、無事にひとの姿に戻ってあとも私は出勤するので早々に飛び出したわけで――三度目はもうこの渦中で、たしかにまともにふたりの顔を並べて見るのは初対面のとき以来という感じだった。

 そう気づいたのは浅倉くんも同じらしく、やはり私ではなくミズキさんの顔を見た。

「姫香ちゃんの結婚話が流れてあと、僕たち二人、君に無茶苦茶したからね。浅倉に言うことだけじゃなくて、僕にも不満が山ほどあるはずだ。そう思うだろ?」

 ミズキさんに視線を向けられて、ついで私に見つめられ、浅倉くんは苦々しげに、またはしぶしぶというふうに首肯した。

「本来なら、姫香ちゃんの気持ちがいちばん大事なはずなのに」

「おまえ、ほんと今さら、どの面下げてそれ言うわけ」

 浅倉くんがあげた非難に、ミズキさんはうつむいて、さも愉快そうに喉を鳴らした。それを見て頬に血をのぼらせた浅倉くんが口を開きかけた瞬間。

「浅倉が、彼女の気持ちをいつでも優先したと誓えるなら、僕は身を引く」

 案の定、返答に詰まっていた。どうしてそういうところだけ正直なのだろうと、あんなにウソをつきまくるのにそこだけ素直にならなくてもいいんじゃないかと、ぼんやり思う私の頬に、ミズキさんが声をかけた。

「姫香ちゃん、君も、どうせだから正直になろうよ。たぶん、君がいちばん素直じゃない」

 流し目で断罪されて、さっきの浅倉くんの問いかけよりも肝が冷えた。思えば、彼には泣き落としがきかないのだった。

 彼自身、私に抱きついて泣くようなひ弱さや幼さを振り捨てていた。彼はきっと、浅倉くんよりも喧嘩慣れしている。私は初対面のときにはきちんと理解していたはずなのに……後手に回りすぎている。

「君から言えないようなら、僕が言おうか」

 提案の不遜さに思わず眉をひそめると、彼は私ではなくて浅倉くんの顔を見据えた。

「姫香ちゃんがほんとはどう思ってるかわかる?」

「ミズキ」

「わからない? そうだね。浅倉には認められないかもしれないね」

「ミズキ、おまえ自分だけ何もかもわかったふりで、いいかげんにしろよ」

「じゃあ、自分のほうが姫香ちゃんのこと理解してるって言えるの?」

 浅倉くんの苛ついた声にもミズキさんは平静で、しかも微妙に私への皮肉を含んで問い返す。

「ミズキさんっ」

 私がたまらず椅子から立ち上がって声をあげると、彼はちらとこちらを一瞥しただけで質問にこたえない浅倉くんに視線をもどした。

 浅倉くんは私の顔をみて、うかがうように眉根を寄せて、口にした。

「けっきょく、ほんとはどうしたいの?」

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