3月25日 126
自嘲した私の気持ちの変化を気取られた。
腹をくくって、ミズキさんの影の部分、彼が私に言わないことを知りたいと感じた自身の欲望を認めたほうがいいのだろう。いや、知りたくないのか。
知ってしまえば逃げられない。またはもう、追い込まれてしまっている。
どちらにしても、それを浅倉くんに話してしまいたい私の弱さも認めないとならない。
どうしたらいいか、このひとに尋ねてしまいたいと思っている。
私よりミズキさんとの付き合いも長く、彼を理解しているだろうし、こういうことをさりげなく伝える能力もある。もしくは伝えないほうがいいのかも判断できる。
でも、それは私が解決しないとならない問題なのだ。でなければ、ミズキさんとふたりで抱えていかないとならない。
でも、どうしたらいいかわからない。
「わからなくて……」
わからない。いつも、私にはわからないことばかりだ。
いちどは止まったはずの涙がこぼれそうで唇をかんで堪え、背をむけてボタンを押し、眼球の後ろで待ち構える熱のかたまりを、瞼を閉じることで追いやろうとした。いま彼が、どんな顔をしているのか見たくなかった。
しばらくしてエレベーターの箱が上ってくる音が聞こえ、暗いガラスに、目を伏せてうつむいた私とすこし横をむきかげんの浅倉くんがうつっていた。
乗り込んですぐ、彼は私のすぐ後ろに立ったまま、一階を押そうと伸ばす指をとらえてくちづけし、三階を押した。ドアが開いて押し出される間にバッグを取り上げられた。
「浅倉くん」
手をひかれて前のめりになって歩きながら、こういうときにキモノは失敗だと思う。ちっとも自由にならない。
彼は私の肩を抱いてドアの前に立たせた。それこそ子供にするようなやり方にムカついた。けれど己の所有権を主張するほど無遠慮ではないらしく、すぐに両手を離してバッグをこちらに寄越した。
「オレがあんたの抱えてる難題を解決できたら、オレと一緒にいてくれる?」
「ううん。私、ミズキさんと約束したからそれはできないよ」
約束は破りたくない。でも私は、浅倉くんに、私はひとりでここにいるから、ミズキさんを助けに行ってと言いたい。そんなことを頼みたくなってしまうというのは、絶対に間違っていると思う。でも。私じゃダメなのかもしれないと思うから……。
「だから、その約束がミズキをよけいさびしくしてるんじゃん」
あまりにもはっきり断言されて、反論できなかった。そう、それが、ずっと不安だったのだ。
「あいつ凄くプライド高いし情けかけられるの嫌うタイプだから、今はよくってもそのうちきっと、あんたのこと詰るようになるよ」
喉がきゅうっと絞まるような気持ちがした。浅倉くんはかるく頭を揺すって言い継いだ。
「そんなことさせないから安心して」
「でも」
「だから、オレがミズキにあんたのこと諦めさせられたら、それでもミズキがさびしくないなら、それでいいってことだろ」
言われてしまえば、そういう気もした。うなずくのを躊躇ったのは、どうやったらそんなことができるのかわからなかったせいだ。
それでも、浅倉くんのいうようにミズキさんが私といても寂しくて不幸だとするのなら、私はいないほうがいい。
「何するつもりなの?」
「話し合い」
浅倉くんは、が、とかるく靴の底でタイルをたたいた。
「あのさ、オレたちあんたと違って弱虫だから、実はちゃんとこの問題について話し合ったことないんだな。ミズキのケータイ、二日前からオレの電話着信拒否されてるし、オレも仕事の連絡だけですまして、店や家に無理やり繋げようとはしなかったし」
そこで言葉をとめて横を向いて笑った。ひどく荒んだ顔だった。
「知ってる? あいつケータイ二つ持ってて、私用のほうはあいつの家族以外、オレとあんたしか登録されてないんだぜ。おかしいだろ」
つまりは、私が現れる前は、ミズキさんにとって浅倉くん以外、彼を引き止めるものがなかったということだ。あんなに毎日一緒にいたくせに、それでも特別なのだと伝えずにはいられないくらい縋りついていた。
それなのに、初対面で名刺をくれず私の携帯電話を取り上げてアドレスを入力する離れ業をやりのけた。浅倉くんはそれを見て、何事か悟っただろう。帰り際すぐに告白されたのは、彼にとっては必然だったということか。
「オレたち腰抜けで、ほんとダメだよな。あんたのことお姫様扱いしてたくせに、いちばん勇敢なの、やっぱり何でかあんたなんだよね。いっつも思うけど、かっこいいとこ全部もってく」
「そんな」
「そうじゃない? 泣いてるミズキ慰めて、イライラするオレ宥めて、震えながらだって毅然としてるじゃん」
「……浅倉くんは、いつも私になんだか妙な幻想もってる気がするけど?」
呆れていうと、彼は肩をすくめただけだった。自分でもわかってる、というふうな顔だったので少し、ほっとした。
「まあ、なんでもいいけど。オレがミズキのことどうにかすればいいんでしょ?」
「どうにか、じゃなくて」
「あんたが奴を心配じゃなくなるようにすればいいってことだよね。それが叶えば、オレと一緒にいてくれるんだよね」
それでいいよね、と二度も確認されて、ようやく首をたてにふる。すると、
「じゃあ、こないだの続きをしよう」
晴々とした顔で言い渡された。
なんだそれ。
「まずはデートじゃないの?」
すぐさま反論すると彼は首をふり、
「オレ、今までミズキとやりあって一度も勝ったことない」
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