第70話 俺と墓穴
日本語に「ら抜き言葉」があるように、なぞなぞにはタヌキ言葉というものがある。なぞなぞ本に以下の問題があった。
『タヌキが食べる。タヌキは何を食べたでしょう?』
答えは、ベル。
タヌキはベルを食うのかと突っ込みたいところだが、雫くらいの子どもが読むような本だからこれくらいでいいのだろう。
タヌキがありなら、ほかの言葉でも同じことができる。
「あやとり」で「あ・や、を取る」。
「居合抜き」で「い・あ、を抜く」。
バリエーションは一気に増える。これを使わない手はない。
また、タヌキ言葉は暗号でも使われているらしい。これもなぞなぞの本に雑学として書かれてあった。
暗号といえば、アナグラムだろう。『ラナグアム』を並べ替えると『アナグラム』になるといった具合に、文字の羅列を並べ替えると、正しい言葉になるというものだ。
この暗号という言葉で憎き徳斗の顔が浮かんだ。こういうのを神の啓示というのかもしれない。
生かすも殺すも俺次第だが、感覚的にわかる。
これはイケる。
「そういえば生田
何食わぬ顔で尋ねると、
「
すぐさま正樹が反応を見せ、続けざまに水門が、
「もっと人に興味を持ったほうがいいよ」
と物申してきたが、どちらの意見も無視してさしあげた。
「問題はこれから考えるとして、こういうのはどうだろう」
殴り書きした紙をテーブルに置くと一同が首を伸ばしてきた。
「まず、2つのステージを作る。どちらのステージの問題から解くかは自由だが、すべての問題を解くと、脱出する鍵のありかを知ることができるというわけだ。思いつきで書いただけだからあれだが、答えはこんな感じだ。ちょっと解いてみてくれ」
答えを解くというは日本語的にどうなのかと思わないでもないが、問題を解いて、ほっと一息ついたときに、本当の問題が襲ってくるというわけだ。自分でいうのもなんだが、人間の本質を知らなければ浮かばない発想だと思う。
第一ステージの答え
問1:糸
問2:靴下
問3:多糖類
問4:日本
問5:キツツキ
問6:携帯電話
※答えに『他意はない』。
第二ステージの答え
合言葉は『うじこうのてんこう』
正樹と水門はわいのわいのと騒ぎながら解いており、佐藤と霞ヶ丘はこそこそとしゃべりながら解き、聖和は腕を組んで黙然と考えている。
第二ステージの答えはすぐに出た。簡単なアナグラムだ。答えは、我らが母校、『天王寺高校』。
答えに詰まっているのは第一ステージのほうだった。
「そっか。縦読みだ」
水門はペンを手に持つや、漢字を仮名に直していった。佐藤たちも注視している。
問1:いと
問2:くつした
問3:たとうるい
問4:にほん
問5:きつつき
問6:けいたいでんわ
「頭文字を縦に読むと、『いくたにきけ』。つまり、生田くんに合言葉の『天王寺高校』といえということだよね?」
「ふむ。見事だ」
「だよね」
さすが水門だ。年上キラーの通り名は伊達ではないな。ロリコン気質のお姉さまが今の水門を見たら、まちがいなく鼻血と涎を流すだろう。
しかし、残念だ。次に俺のいう言葉で、水門の表情は落胆へと変わる。その表情をお姉さまが見たら、ハンカチを濡らすことになるだろう。そして恨みの矛先は俺に向けられ、俺はボコボコにされる。そうなるに違いないが、すべて俺の想像上の話だからどうでもいいことではある。
「違うぞ、水門くん。見事といったのは、見事に引っかかってくれたという意味だ」
「……え? あ、違うんだ……そっか、そうなんだ……」
なんだろう……。水門の切なげな顔を見たらズキンと胸が痛んだ。
もしかして、これが……恋?
んなわけあるか。
「すまん。でもそこがミソなんだ。注記になんとある?」
「答えに他意はないだけど……」
そのとき聖和が水門の書いた仮名文字を注視したまま、「むっ」と唸るや、目をぐぐっと開いていき、
「なるほど」
とつぶやいた。どうやら気づいたらしい。
そして、ミステリーオタクの佐藤も「ああ」と感嘆の声を漏らした。
「そういうことかあ」
「わかったの?」
と霞ヶ丘。
「うん。えっと……答えをいってもいいのかな?」
一同を見回した後でこっちを向いた。
正樹は論外として、水門と霞ヶ丘はどうだろう。もう少し時間をかければ解けると思うが……。遊んでる場合じゃないか。
「答え合わせといこうか。佐藤さん、任せた」
「任されました」
楽しそうにいって、ペンを持った。
「タヌキ言葉と同様に考えればいいんだよ」
そういってさらさらとペンを走らせた。
「『他意はない』は、『た』と『い』はない、ということだから、答えから、『た』と『い』を抜くと━━」
水門の書いた平仮名から、『た』と『い』を塗りつぶした。
問1:●と
問2:くつし●
問3:●とうる●
問4:にほん
問5:きつつき
問6:け●●●でんわ
正樹が目を剥き、首を伸ばしてきた。
「とくとにきけ……」
「うん。つまり合言葉をいう相手は生田くんではなく、根林徳斗くん……ということだよね?」
「ブラボー。正解だ」
正樹たちの感嘆の賛辞を浴び、佐藤は照れつつもわずかに背筋を伸ばした。動じないところが佐藤らしいと思う。
しかし。
なかなか好評のようだな。これなら……。
「どうだろう。俺としては、『生田に訊け』を不正解にするのではなく、ループさせたいと思ってるんだけど」
「ループって?」
と正樹。
「最初から問題を解きなおさせるんだよ。可能なら別の問題のほうがいいな。でも、答えは同じ。『生田に訊け』、合言葉は『天王寺高校』にする。最初とまったく同じ答えだったらおかしいと思って、もっと考えようとするだろ? そこで『他意はない』の真の意味に気づくという寸法だ」
「お、いいな、それ」
「だろ?」
「マジでいいアイデアだと思う。面白いし……。けど、生田って4組だぞ」
「……ん?」
「だから、生田ってうちの3組じゃなくて4組なの。文化祭で生田を借りるのは無理だと思うぞ」
「マジか……」
それは、致命的なミスだった。
その可能性は考えていなかった。
こいつらを見てみろよ。残念な子を見るような目をしてるじゃないか。
「ほんとに興味のないことには興味を持たないよね」
水門がどこかで聞いた覚えのあるセリフを口にした。はて、とどこで聞いたのか思い出そうとしたが、邪魔をするように水門がいった。
「高校に入って、もう4か月だよ? せめてクラスメイトの顔と名前くらい覚えようよ」
「仁は基本的に女子しか見てないもんなあ」
正樹くん、それは絶対にいってはいけないぞ……。特に今は……。
「黒尾くんにとって私は女子ではないってことなのかなあ?」
はい、来た。ここぞのタイミングを逃すことなく佐藤が食らいついてきやがった。
霞ヶ丘が佐藤と俺を交互に見た。
「つゆみちゃん、どうかしたの?」
「黒尾くんね、最初、私のこと覚えてなかったんだ」
いい笑顔でそういった。追い打ちをかけるように、「ね?」と確認を求めてきたが、その他の男子と同様になぞなぞ本を手に取り、視線を隠した。
「名前だけじゃないんだよ。顔も覚えてもらえてなかったんだよねえ」
知らん知らん。そんな昔のことは、俺は知らん。
もうやめてくれ。そんなことをいったら……。霞ヶ丘が切なげな眼を向けてきた。
「じゃあ、私のことも知らなかったの?」
やっぱりこうなったか。
霞ヶ丘の天然っぷりが憎い。
霞ヶ丘は入学当初からの有名人だった。学園のアイドル的存在だったのだ。ゴシップ大好きの聖和がいるのに俺が知らないわけがない。
しかし、この空気の中でいえるわけもなく……。今こそ佐藤に教わった、話題流しの技を使うときだ。
「よし。生田の件は俺が何とかするから、この問題を練りこむぞ」
だが、そううまくはいかなかった。
「後でお話ししようね?」
佐藤がいえば、
「私もどうなのか聞きたいな」
霞ヶ丘まで参加を申し出てきた。
佐藤のいう後でとは、問題を作成後ということだ。ならば、終わらせなければいい。
ということで、粘りに粘っているうちに雫が戻ってきて、入れ替わるように電車組の霞ヶ丘・水門が帰り、ついでに寝ていた正樹を連れて行ってもらい、あとは佐藤が帰るのを待つばかりなのに、いっこうに帰るそぶりを見せないから「泊っていくか?」と訊いたところ、
「明日も学校だよ?」
とのことだった。泊まる気がないことに安心して夕食作りに励むことができた。むろん、佐藤にも手伝わせている。ただ、会話が途切れると佐藤が何を言い出すかわかったものではないので、ひたらすにしゃべりつづけて大変だったのだが、働かせるだけ働かせたらもう用なしだ。聖和に送らせようとしたのだが……。
「僕が残っているから、佐藤さんを自宅まで送ってこい」
先手を打たれて万事休す。顎がつかれるまでしゃべり続け、佐藤のマンションの下まで送った。その別れ際……。
「もう十分かなあ」
佐藤はそうつぶやくと、マンションの前で振り返った。
「私のこと、もう忘れないでね?」
まだ根に持っていたらしいことが判明した。そして、俺がなぜしゃべりつづけていたのかも承知のようだった。
それは佐藤の仕掛けた、佐藤らしい、腹黒い罰だった。
━━。
「どうだ、面白いだろ?」
「すごいね。本当に一日で考えたの?」
翌朝、さっそく徳斗に問題を見せたところ好反応だった。
「これが俺の実力だ。ってわけで、4組と合同でリアル脱出ゲームをやろうよ。なあ、いいだろ? なあ」
座っている徳斗にしなだれかかって、肩を組んで頼んだ。
「ちょっと。何? なんでくっつくの?」
「なあ、徳斗ぉ。頼むよ。せっかく考えたんだからさあ。4組を引き入れようぜ」
「無理だよ。4組の出し物はもう決まってるんだから」
「でもまだ準備はしてないだろ? だったら話すだけ話してみてくれよ。なあ、いいだろ?」
「わかったから、離れてよ」
両手で押し返された。しかし、了承はもらった。後は交渉だが、徳斗にお任せだな。
「絶対だぞ。絶対くどきおとせよ」
「一応話してみるけど、約束はできないからね」
「おまえならできる。利を解け。得があると思わせるんだ。デメリットはいうなよ。メリットのみを押し出せ。そうすれば必ず落ちる」
「メリットって、たとえばどういうもの?」
「決まっている。この学校でリアル脱出ゲームをやるのは初だぞ。俺たちが第一号だ。ここで成功したら、間違いなく来年から伝統になる。リアル脱出ゲームをどのクラスがやるかで争うことになる。そういうことをやろうとしているんだ。そういってやれ」
「嘘はよくないと思うなあ」
「嘘ではない。俺が伝説にしてやる」
「そっか。じゃあ、問題200問お願いね」
「……なんだと?」
「だって、4組も参加するんだよね? 4組の問題も同じレベルにしないと伝説にはならないよ?」
「あっちで考えさせりゃいいじゃねえか」
「生田くんはひとりしかいないんだよ? 下手をしなくても、このままじゃ、参加する代わりにこの問題を譲れっていわれるよ? 僕ならそういうけど、黒尾くんだったらどう? 同じことをいうよね?」
「それはそうだけど……」
「僕が絶対に4組を誘うから、黒尾くんも絶対に約束は守ってよ。じゃ、さっそく先生にいってくるから、お願いね」
なんという機転だ。絶対という言葉が、己が身に返ってきやがった。
許すまじ、根林徳斗……。
その日も我が家で打倒徳斗集会は開かれた。その次の日も、さらに次の日も……。気づけば、1年の全クラスが参加することになっていた。しかし、順調だったのはそこまでだった。
「慣例に従い、文化祭の出し物はクラス単位でおこなうものとする」
生徒会から物言いが入り、それに1年生の全クラスが反発した。
こうして1年と生徒会の戦いは幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます