姑息なる忠義

 一瞬にして廊下を包み込んだ粉塵。


 アーロンが崩落させた天井の一部と、アレクシスの持つ盾が接触したことで起こった爆発によるものである。


 天井内に爆発物がある訳は無し。爆発の発生源は間違いなくアレクシスの盾であろう。


(まさか‥‥‥爆発物を仕込んでいたとはな‥‥‥)


 然しものアーロンもアレクシスの企図していたことを理解し、驚きを隠せない。


 アレクシスは、アーロンの持つ人外の如き身体能力と鋼をも断ち切る超常の剣技を高く評価し、恐らく己でも敵わないであろうと発言したと以前、紙面にて報じられたことがあった。


 故に、彼はランスの隠し機構による不意打ちに失敗した時点でアーロンを道連れに自爆するつもりであったのだろうと思われる。


 爆発物を仕込んだ盾にてアーロンの斬撃を受け、起爆、相打ち。盾を盾として扱っていなかったことからも、近接戦での起爆を狙っていたのだと考えられる。


「ッ!?」


 粉塵が晴れるのを待っていたアーロンの目に、その粉塵の中でゆらりと立ち上がる人影が映った。左半身の一部が欠損しているが、その影は間違いなくアレクシスのものであった。


(まさか、あの爆発の中で生きているとは‥‥‥しかしあの身体では‥‥‥)


 粉塵で詳しくは見えなくとも、アレクシスがもはや死に体であることが分かっているアーロンは剣をソードレストに納剣した。その時‥‥‥。


「ッ!?」


 粉塵の中より、鋼鉄の刃がアーロンへと向かって真っすぐに飛来してきたのだ。アーロンは咄嗟に足へとマナを集め、飛び退くが‥‥‥遅い。


 高速で飛来する刃から胴体を逃すことには成功したものの、全身を退避させることは出来ず、刃はアームプレートを貫通して彼の左二の腕を穿った。


「ぐぅぅぅぅぅッ!!」


 焼き尽くされるような激痛に苦悶の声を上げつつも、左腕を貫通し、そこで止まった刃に目を向ける。


 確認したところ、それは剣の刀身であるように思われた。柄は無く、刀身のみである。


「陛‥‥‥下の‥‥‥元へは‥‥‥行か‥‥‥せませ‥‥‥ん‥‥‥」


 掠れるような、普段の毅然とした態度からは想像も出来ぬほどにか細いアレクシスの声。しかしアーロンは俊敏の速さで剣を抜き、彼へと向き直る。


 だが彼の目に映ったのは、今まさに重力に引かれて地面に倒れ伏さんとするアレクシスの姿であった。


 彼の身体が地面に倒れ、金属音が鈍く響いた。装備しているプレートアーマーの立てた音であった。


「‥‥‥‥‥‥」


 腕の痛みに耐え、ただ無言にて、うつ伏せに倒れるアレクシスを瞬き一つせずに凝視するアーロン。更なる欺瞞を警戒しての行動である。


「‥‥‥事切れたか」


 ピクリとも動かぬ身体。カーペットに広がる血だまり。先の爆発によって跡形も無く吹き飛んだ左肩。残った右腕、その右手には刀身の無い剣の柄のみが握られていた。


 その惨憺たる亡骸を見下ろし、アーロンは一人思う。


 この誠実かつ生真面目な男が、隠し機構などを忍ばせていた理由、それは国王ひいては王族を守るために他ならない。


 ならば、彼にとって王族の守護はを殺してまでに果たすべき生きる意味であったのかと。アーロンは一人、腕の激痛も気にせずに考えるのであった。

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