師弟

「‥‥‥」


 アーロンが己の手先へと意識を集中させる。そしてそこに空想するは、ランプに灯された、ゆらゆらと揺らめく灯火。


「‥‥‥ダメだぁ」


 またも炎が発現せず落胆するアーロン。今日だけで五十回以上は試行しているが、成功する兆しは見えてはこなかった。


「なんだ、まだ試行しているのか?」


 書斎よりルーカスが顔を出して、アーロンへ声を掛けた。


「うん‥‥‥。ところでルーカスさん。魔法を使うのに、何かコツとかってないの?」


 その語勢によらず、かなり落ち込んだ表情を見せるアーロン。


「愚か者め。向上心無きものに、結果は訪れんぞ」


 落ち込むアーロンに対して、それはなかなかに厳しい言葉であった。だが……。


「魔法を扱うコツ‥‥‥コツか‥‥‥」


 腕を組み、コツとやらについて考えるルーカスであった。彼にしてみれば、特に意識をせずに発動させることが出来るだけに、出来ぬ者への教え方が分からぬようである。


「信じ込む‥‥‥いや、どれ程思い込むことが出来るかというところだな」


 言葉を選びつつ言うルーカス、対してアーロンは釈然としない様子である。


「思い込むって‥‥‥もうやってるんだけど‥‥‥」


「いや、自分を騙すようにということだ。例えば、魔法を学ばずして育った大人が、どれ程にマナを吸い込み、己の手先へと氷塊が現出する様を思い描こうと、これまでに生きてきた経験、もしくは常識がそれを邪魔して魔法は不発に終わるのだ」


 それを聞いてもアーロンは納得が出来ないようであったが、ルーカスはそのままに話を続ける。


「やはり、己でさえも分からん心の深層では、そんなことが起こる訳が無いという意識があり魔法の発動を邪魔するのだろうな」


「ああ、なるほど」


 アーロンは、ルーカスの言わんとすることがようやく理解できた。


(そりゃあ、手から火が出るなんて有り得ないしなぁ。まぁルーカスさんはぽんぽん出すけど)


「俺から言えるのはそれだけだな」


「話は変わるけど、ルーカスさん。一つ良い?」


「む、なんだ? 俺に助言出来ることならば何でも答えてやろう」


 ルーカスは元来、探求心を持つ若者を好む。当然、努力と探求を怠らないアーロンは彼から見れば実に好ましい若者である。


「ルーカスさんって何歳? その外見で、一人称が俺ってだいぶ違和感があるんだけど」


「‥‥‥む、そうか?」


 しかし、当の質問は、努力とも探求とも一切関係が無いものであった。

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