アンジェラ・イーニアス

「この扉の先が、陛下ならびに殿下の御座す謁見の間になります。貴方ならば問題は無いかと思いますが、どうかご無礼のなきように」


 そう言うと、アレクシスは軽く咳払いをしたのちに叫ぶかのような大声にて入室の言葉を口にした。


「騎士、アレクシス・ラトランド。国王の御命ぎょめいにより、兵士、アーロン・フレンザーをお連れしました!!」


 アレクシスが言い終わると同時に、見上げるほどに巨大なその扉がひとりでに開いた。恐らくは内に控えていた騎士が開けたのだろう。


 一礼をして入室するアレクシスに続き、アーロンも一礼の後に謁見の間へと足を踏み入れた。


 謁見の間はと言うと、壮大の一言である。


 いましがたアレクシスが上げた大声にも納得がいくほどの広さを誇るその部屋は、人が数百人入った程度では埋まるとも考えられぬほどに広く、その広さでありながらも随所に見られる豪華絢爛たる装飾は天井に居並ぶ幾つものシャンデリアの光によって、眩いほどに輝いていた。


 しかし、その様な部屋を歩きながらもアーロンは瞳一つ動かさず、ただアレクシスの背中を追うようにイーニアス王国の国章が刻まれた、赤いビロードの絨毯の上を歩いていた。


 アレクシスが足を止める、それに続くようにアーロンも足を止めた。


 次いで、アレクシスが左に一歩ずれる。


(‥‥‥!)


 見てしまう。これまでアレクシスの背中によって遮られ、見ずに済んでいた王族の‥‥‥王女の顔を‥‥‥見て‥‥‥。


(‥‥‥っ!!)


 見てしまった。


 正面、白髪交じりの金髪に、深刻な面持ちでアーロンを見下ろす、国王アーチボルド・イーニアス。そわそわとした様子で玉座に座っている。


 国王の左、父親譲りの金髪に、十年前の小憎らしい甘えの混じった顔とは違い、何処に出しても恥ずかしくない、アーロンからしてみれば憎らしい程に精悍な顔つきに成長した王子オーウェン・イーニアス。


 そして‥‥‥国王の右、国王とは似ても似つかぬ赤毛、アーロンを見る驚愕の表情。その容姿は二年前‥‥‥いや、アーロンから見れば、十年前からも変わってはいない。


 王女アンジェラ・イーニアス。


 アーロンがその身のすべてを懸けて、幸せにしようと誓った、アン・コレットその人であった。


「あ‥‥‥あぁ‥‥‥!?」


「む‥‥‥? どうしたのだアンジェラ?」


 王がアンの様子がおかしいことに気付き、その顔を見て、その視線がアーロンを見ていることを理解した。


「ふむ、兵士アーロンよ。王女が怯えておる。睨んでいるつもりは無いのかもしれぬが、其方そなたの顔は見る者によっては恐怖を与えるらしい。王女よりは目を離してくれ」


「はっ、これは無礼を致しました」


 極めて冷静に謝罪の言葉を返すアーロンだが、その全身からは汗が吹き出し、顔は青ざめて、足は震えていた。王女となったアンを見るのは入団試験のときと合わせ二度目ではあるが、それでも覚悟を決めずに赴いたのならば、彼とて今のアンのように取り乱していたかもしれなかった。


 アーロンは取り乱すアンを視界に入れないように、顔を多少俯かせながら片膝をついた。


「改めまして、兵士アーロン・フレンザー、国王の御命ぎょめいにより参上致しました」


「うむ、忙しいところを呼びつけて悪いが、其方そなたは今回の発火事件の犯人を捕らえたらと聞いているがそれは本当か?」


「はっ、確かに。情けなくも我が兵士団の者が今回の発火事件に与みしていました」


 アーロンの言葉に頭を抱える王。


「そうか‥‥‥。前から兵士団の入団条件を厳しくせねばとは思ってはいたのだがな」


「与していた‥‥‥と言ったな。ならば、首謀者が他にいるという事か?」


 王の言葉を遮るように、王子がアーロンへと尋ねた。


 アーロンの心中に一瞬、殺意と憎悪が渦巻いた。何しろアーロンにとっては彼こそが、己の生きる意味を奪い去ったと言っても過言ではない恨むべき宿敵なのだから。


 しかし、アーロンはそれを感じさせぬ語調にて答えた。ここで本心を出してしまえば、この2年間の総てが水泡に帰することになるのだからである。


「はい。私が捕らえた二人、その内の一人が西地区の抜け道にて、ローブ姿の老人と何やら話をしていたのを確認しております」


 嘘であった。しかしそのローブ姿の老人にあてはある。


「ならば、すぐにその男の捜索を始めなくてはならんな」


「‥‥‥真に無礼ながらその男の捜索、私ども兵士団に任せてはいただけませんか?」


 アーロンの言葉に驚いた様子の王だったが、王子はその気持ちを察したらしい。


「‥‥‥裏切り者を出したことへの贖罪か?」


 見当違いであった。しかしアーロンにとっては実に都合がいい解釈であるため、それに便乗することとした。


「はい。王国、ひいては国民に尽くすため兵士団に入ったにも関わらず、部下の監視不届きによって国へと災禍をもたらしてしまったとあっては、このアーロン、慚愧ざんきに堪えません」


 その場で考え付いた言葉であったが、それは王子の琴線に触れたらしく、彼は椅子から立ち上がりつつアーロンへと称賛を込めて言った。


「兵士でありながらも騎士の如き心構え! アーロン・フレンザーと申したな! 追跡の件は当面お前に任せようではないか! 父上、構いませんね」


「ふむ、分かった。それではアーロン・フレンザーよ。今回の追跡、其方そなたに任せようぞ」


 王子の言葉に押されるようにアーロンへ追跡を任せる王だったが、それに付け加えるように条件をつけた。


「ただし、一ヶ月の間に成果が出ないようであれば近衛騎士隊を参加させる」


 問題は無かった。アーロンには首謀者が‥‥‥首謀者に仕立て上げる人間がどこに居るのか、初めから分かっているのだから。


「はっ、御意に。必ずや首謀者を探し出して御目に掛けます」


「よし、それでは行け。退城までに、作戦などをアレクシスへと話しておくのだぞ」


「はっ、それでは」


 踵を返し、アレクシスと共に謁見の間より退出するアーロン。結局、謁見の間にアーロンがアンの顔を見たのは一度のみであった。

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