第31話 五光と四川の友情/四川と子晴の愛情/そして世界は変革する
五光が敵陸上艦〈ヨロイカブト〉を潰したことで、アフリカの戦況は大きく変化した。PMCの戦線を維持していた巨大ムカデが消えたので、敵DS部隊の撤退が始まったのだ。
ただし、ただの撤退ではなかった。どうやら戦力の総数が減ったことや、絶大な制圧力を持つ陸上艦が消えたことが直接的な原因ではないらしい。
御影が、ぼそりと呟いた。
『おかしい。戦場に投入された戦力からして、撤退線をやるにも、もっと火力が飛び交っていいはずだ』
敵の撃つ弾丸の量が極端に減っていた。それも【ギャンブリングアサルト】という最前線に展開する一つの部隊が観測するだけで確信できるほど露骨に減っているのだ。
『もしかしてPMCの隊員たち……敵前逃亡してませんか?』
五光は、敵DSの動きを示すエバスの反応が、無秩序に外へ散らばっていくことに気づいた敵は持ち場を放棄して逃げ出しているとしか思えなかった。
『敵前逃亡か。こんな大事な作戦で、そんなことが……』
御影は驚きながらも、アフリカ基地の作戦本部へ問い合わせた。
『こちら本部です。どうやらPMCの隊員たちは無断で退却しているみたいですね。もはや戦線が維持できていません。唯一残っているのは敵特殊部隊【イモータル】だけです』
最後に残った敵は、四川が所属している特殊部隊であった。
なぜ、彼らだけ真面目に残っているんだろうか。他の部隊が次々と敵前逃亡しているなら、たとえ律儀に戦ったところで物量差で絶対に敗北してしまうのに。
その秘密を探るためにも、【ギャンブリングアサルト】のDS部隊は〈80センチカブトムシ砲〉の配備された小高い丘へやってきた。大小さまざまな岩石の連なった土地で、かつてはアフリカの少数部族が聖地として崇めていた場所だという。
たしかに神々しい雰囲気は感じる。太陽の日差しが岩石の合間を通り抜けると地面に神様みたいな虚像を描くのだ。
だがしかし、今は戦場であった。
御影の〈リザードマン〉が、神様みたいな虚像を踏み潰しながら、自走台車に手を伸ばした。155mm榴弾砲を両手で担ぐと、爬虫類の尻尾を地面に固定した。
『ブックメーカーから各員へ。これよりカブトムシの討伐を開始する。【イモータル】の連中が警護についているから、絶対に気を抜くなよ』
他の味方DS〈リザードマン〉も事前に決めてあったポジションに移動していく。
【ギャンブリングアサルト】と【イモータル】
DS乗りとしても歩兵としても成熟した二つの特殊部隊が、アフリカの聖地で激突する。
両者の腕前は完全に拮抗していた。
だからエバスに頼りきりの戦闘ができなかった。もしセンサーの反応ばかり追っていたら、素早く精確な敵の連携攻撃に追いつけなくなり、死角から攻撃を受けてしまうだろう。
この場に存在するすべてのDSが物陰に隠れて息を潜めた。
怖気づいたわけではなく、どちらにも隙がないのだ。
完璧な布陣と完璧な腕前――空気ごと停滞するような膠着状態に陥っていた。
いつ誰が発砲してもおかしくなかった。そして一発でも発砲すれば優れた戦士たちの殺し合いが始まる。必ず誰かが無機質な犠牲になって、必ず誰かが無意味な勝者となる。
まるで化学薬品が沸騰して成分が揮発するような緊張感が戦場の隅々まで行き渡ったところで、戦いの先端を切り開くものがあった。
〈80センチカブトムシ砲〉が公営都市へ砲撃する轟音だった。
● ● ●
〈80センチカブトムシ砲〉のコクピットにて、砲手001こと子晴が頭に手を当てて嘆いた。
「こんな戦いに、なんの意味があるのだ。こんな戦いに!」
追従システムから独立した砲撃レバーを左手で握り締めると、怒り任せにトリガーを押しこんだ。全長60メートルの胴体よりも長い砲身から、規格外の大口径砲弾が飛び出して、遠くの公営都市を削り取った。
無意味な破壊だった。自分たちの陣営のためではなく、自らの意思でもなく、脳に仕込まれた爆弾に脅されて都市部を破壊している。
もはや現場は――PMCという組織形態は見捨てられてしまった。
通信ユニットで作戦本部に連絡すると、エラーが返ってくる。
『接続先が存在しません。周波数を確認してください』
驚くことに上層部は作戦本部を撤去してしまった。まだ現場は最前線で戦っているにも関わらず。
おそらく作戦開始当初から現場を切り捨てるつもりで計画したんだろう。断言してもいいのだが、たとえメインターゲットである〈グラウンドゼロ〉の破壊と要人暗殺を達成しても現場は見捨てられた。
そんなこと現場で戦う兵士たちすべてが感づいた――他の部隊の隊員たちは、戦闘なんてさっさと放棄して遠くへ逃げてしまった。もはや帰る場所がなくなってしまったが、それでも無意味な戦いで命をすり減らすより百万倍マシであった。
【イモータル】も戦闘を放棄して逃げたかった。だが子晴の頭部に埋め込まれた爆薬のせいで、みんな撤退しなかった。もし撤退したら、デルフィンの怒りを買って、若い研究者の頭が吹っ飛ぶのではないかと心配しているのだ。
【イモータル】は、PMCにしては珍しく義理堅い隊員が集まっていた。
「私のために、みんなすまない……」
子晴の心に『自殺』の文字がよぎっていた。これまで利己的に生きてきたが、まさか土壇場になって他人に命を繋いでもらえるなんて思っていなかったからだ。
これまでは仲間という概念を胡散臭いと思っていた。理系の研究者なんて孤独だから他人との関わりがほとんどなかったのだ――なぜか気のあった四川を除いて。
だからこそデルフィンに弱点を突かれた。
修復された〈80センチカブトムシ砲〉には意図的な欠点が存在していた。出力のすべてを80センチ砲へ注ぎこんだので、隠し腕による拡散プラズマ粒子砲が使えなくなっていた――接近戦が出来なくなっていた。これだけ巨大なカブトムシが接近戦をこなせないなら、誰かに守ってもらうしかない――【イモータル】が護衛として着任する必要があった。
デルフィンは狙って〈80センチカブトムシ砲〉を改悪した――脳内の爆薬と合わせれば、有用な部隊をアフリカに貼り付けにできるからだ。
デルフィンに対する恨みは募ったし、それと同じぐらい仲間に感謝した――仲間という概念をありがたいと素直に思った。
もし彼らが義理堅くなかったら、子晴は見捨てられて【ギャンブリングアサルト】の連携攻撃で死んでいただろう。
そんな心配をするぐらいに【ギャンブリングアサルト】は化け物だった。
彼らは部隊としての錬度が桁違いに高かった。遮蔽物に隠れて、敵を探して、撃つ――これらの動作を完璧にこなす。連携プレイの精度も確かで、誰かのミスを必ず誰かがサポートした。まるでファンタジー小説のリザードマンの群れが、よってたかって冒険者を追い込むような恐怖すらあった。
それら流れの中心は、御影春義という地味な傑物にあった。
サラリーマンカットの見た目からして派手ではない。行動だって基本に忠実だ。だが危機に陥ると臨機応変に動ける。
リーダーになるために生まれたような男であった。
なんであんな有能な人材が、政府に留まっているんだろうか。どこかしらのグローバル企業から破格の条件でヘッドハンティグのお誘いがきたはずだ。でもそれらをすべて断ったんだろう。
きっと志があったのだ。政府の内側でないとやれないことがあると。
四川だってそうだ。彼は宇宙を志すようになった。
だったら自分にはなにかあるんだろうか? 子晴は頭脳こそ優れていたが、志はなかった。数学者になったのだって楽しかったからだ。
志。
羨ましい概念だ。
でも今の自分には志に負けない立派な感情があった。
愛である。
『子晴。健康状態に異変はないな?』
四川から通信が入った。彼はDSに乗ったまま岩場に隠れて調べ物をしていた。子晴の頭部から爆薬を取り除く術を発見できれば【イモータル】も撤退できるからだ。しかしDSから降りるわけにはいかなかった。デルフィンに裏切りや逃走と判断されたら子晴の頭が破裂するからだ。
『大丈夫だ。常にスキャンをかけているが、爆薬は安定している』
理系の学者である子晴は知っていた。爆薬は安定しているから爆薬なのだ。起爆するときは一瞬であり、途中経過を挟まない。だから起爆しそうな予兆もなければ、体調の異変なんて起きるはずもない。四川のいっていることは、爆薬の不安に怯える子晴を安心させるための気休めでしかなかった。
しかしそれでも嬉しかった。彼が心配してくれるだけで、いくらでも恐怖と戦えた。
『時限式じゃなければいいんだが……』
四川の声は深刻であった。もし時限式だったら――たとえデルフィンの命令通りに戦ったとしても、いつか必ず爆発する。その可能性はゼロではない。むしろ高いだろう。作戦本部を撤去してしまうようなやつらなのだから。
こうやって四川が、がんばって爆薬について調べている間も、また1人、また1人と【イモータル】のDSが破壊された。もちろん道連れに【ギャンブリングアサルト】のDSも破壊していたが、孤立無援で補給ラインが断たれているから圧倒的に不利であった。
誰かを撃破しようとも、誰かに撃破されようとも、この戦いは無意味だった。
『くそっ、通信が盗聴されてなければ……』
四川がデルフィンを呪うように嘆いた。もし通信が盗聴されていなかったら【ギャンブリングアサルト】に助けを求めたんだろう。彼は五光という敵のパイロットと志を共にしたから。
もはや子晴は適当に砲撃トリガーを押し込んで時間稼ぎすることしかできない――ただし砲撃で何人死んでいるかも、どれだけの建物が壊れているかもわからない。
傲慢なんだろうか? 自分ひとりが助かりたいがために、デルフィンの命令で破壊行動を行うことは。
だったらいっそのこと――自殺したほうがいいのではないか?
自殺という言葉が爆薬の埋め込まれた脳内を駆け巡ると、自分がどれだけ弱気になっているか気づく。
そんな心が折れそうな子晴の心を悟ったらしく、四川が決断した。
『ええい、こうなったら最後の手段だ。エバスの共振に頼るしかない』
四川は追従システムに足の動きを読み込ませると、強化改修された〈ソードダンサーライトニングL+〉を立ち上がらせた。
● ● ●
五光は〈Fグラウンドゼロ改〉のコクピットで、四川の気配を探していた。
発見次第、彼を説得するつもりだった。これだけ敵部隊が撤退してしまえば、たった一つの特殊部隊が戦線を維持できるはずがなかった。
はっきりいって無駄死だ。
宇宙への志を実現するためには、まず三つ巴の戦いを生き残る必要があった。
あらゆるセンターに目配せしていたら、エバスに大きな反応があった。
微弱な共振現象も確認。
岩場の窪みから、のっそりとDSが立ち上がった。
藍色のDSだ。騎士のように洗練されたフォルムが、夕暮れの日差しを反射していた。両肩と両膝の突起は装飾品のように自然な形で尖っていた。全体的に〈ソードダンサー〉の原型が残っている。
『五光。また会えたな』
四川の声が通信に流れた。やはり四川の機体であった。
『四川。こんな戦いに意味はない。もうやめよう』
五光は〈Fグラウンドゼロ改〉の武器を下ろして両手を広げた。
『こちらは〈ソードダンサーライトニング+だ〉よろしく頼む』
よろしく頼む――謎の言い回し。
四川の〈ソードダンサーL+〉は自走台車に手を伸ばしてプラズマランスを握った。穂先だけがプラズマ粒子で、本体のほとんどは生体金属だ。本体の部分は案外もろいためプラズマブレードと鍔迫り合いになろうものなら、根元から溶けて使い物にならなくなる。
かなり癖の強い武器であって、一般的には流通していなかった。
(なんか様子がヘンね。どうしてプラズマランスなんて持ち出したのかしら……?)
スティレットも違和感を覚えているようだ。
「もしかして【イモータル】だけ戦場に残ってる理由に繋がるのか?」
五光はスティレットに質問した。
(かもしれないわ。慎重に戦いましょう)
「よし、必ず四川を説得してみせる」
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉はプラズマブレードを握るとロングサイズに刀身を伸ばした。
『いざ、勝負』
四川の〈ソードダンサーL+〉はプラズマランスで突進した。さすがに【GRT社】のエースパイロットだけあって無駄のない動きだ。足腰のキレも鋭く、槍を握る手さばきも習熟していた。
だが、なぜか殺気を感じなかった。かといって手加減はしていない。
彼はなにかを訴えているんだろうか? 直接言葉にしてはいけないなにかを。
――突然エバスが激しく共鳴した。以前よりもさらに濃厚に。
四川の心が流れこんできた。
――『僕の大事な女性が人質に取られた。彼女の脳に爆薬が仕掛けられている。このことを口にするだけで起爆されてしまう。通信も盗聴されている。なんとかならないか?』
まさかのSOSサインであった。どうやら四川はエバスの共振を信じて戦うフリをしているようだ。だから手を抜けないのだ。もし手を抜いたら遠隔操作で起爆されるから。
だから五光もエバスの共振を信じて、心の中で返事をした。
――『爆薬なら最近詳しくなった。彼女の脳に仕掛けられた爆薬の起爆手段がわかれば対処方法が絞れるぞ』
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉はプラズマブレードを構えた――〈ソードダンサーL+〉のプラズマランスを足元へ受け流した。決して手加減はしない。もしこちらが手を抜いたら、デルフィンに内通していることがバレてしまうから。
やがてエバスの共振がまた激しくなった。
――『起爆手段だったら、ある程度わかってる。遠隔操作、それとデルフィンの心臓が止まったら、一緒に起爆するといっていた』
返事があった――両者のエバスが共振して意思の疎通が可能になっていた。
だが意思の疎通にかまけて戦うことを疎かにすれば、デルフィンに感づかれる。
五光は〈Fグラウンドゼロ改〉にプラズマライフルを撃たせながら、四川の心へ直接訴えた。
――『それは遠吠えパルス式だな。オオカミの遠吠えを応用して作ったやつだ。音で判断してかなり遠くまで信号を飛ばせる』
――『なら音を遮断する場所に入れば防げるのか?』
四川の〈ソードダンサーL+〉は、身軽な機体をひらりひらりと揺らしながらプラズマライフルを回避。お返しで両肩と両膝の刃物を射出――有線コントロールの全方位攻撃。
以前は、全包囲攻撃を撃退するためにスティレットの力が必要だった。
だが今の五光には全包囲攻撃が明確に見えていた。浮遊する剣の軌道を見極めると、無理な動きをせずに半身をよじるだけで回避してしまった。
スティレットが口笛を吹いた。
(すごいわ! もうDSを操縦する腕前だけなら御影春義を越えてる!)
という賞賛にリアクションする余裕は、五光にはなかった。ひたすら四川との意思の疎通に神経を注ぐ。エバスの共振が途切れないように。
――『あくまで遠吠えパルス式を使っているのは心臓との連動だけだ。物理スイッチを使った昔ながらの遠隔操作だったら、通常の電波が届く場所ならどこでも起爆できる』
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉は、プラズマライフルで全包囲攻撃の刃物を狙撃しながら、四川に訴えた。
――『もっと素早く安全に助ける方法はないのか?』
四川は全包囲攻撃を継続しながらプラズマライフルを連射した。どんなエースパイロットだって同時操作に限界がある。もしかしたら〈ソードダンサーL+〉にもスティレットみたいな補助システムがあるのかもしれない。
――『二十一世紀の遺物である核シェルターに入れればいい。あれだけ分厚い鉛の壁の内側だと、あらゆる電波が届かないから。ただし時限式だった場合は、どこに逃げようと時間との勝負になる』
五光は全包囲攻撃の飛翔する剣をプラズマライフルで撃墜――四川の撃ったプラズマライフルの弾丸はナックルシールドで防御した。
――『やっぱり時限式だった場合が最悪のパターンか。今のデルフィンは、現場を切り捨てようとしているからありえる話でね』
通常の爆薬の対処方法だけではわからないようだ。
五光は御影につないだ。
『隊長、時限式の爆薬を体内に仕掛けられた場合、どうやったら安全に隔離できますか?』
『急を要するなら、まずはコールドスリープ装置に入れてしまえばいい。爆薬は絶対零度じゃ起爆しないからな。あとでじっくり解体すればいい』
『その手があったのか! さすが隊長、博識ですね!』
あとはデルフィンに悟られないように、彼女を隔離すればいい。
だが具体的な方法が見当たらない。
するとスティレットが閃いた。
(せっかく昆虫の節足マニュピレータがあるし、プラズマブレード4本で外科手術よ。コクピット切り出して撃破した風に装えばいいでしょ?)
「幽霊先輩もさすがだな」
五光はスティレットとハイタッチした。もちろんすり抜けたが。
(へへーん、経験がモノをいうってね)
さっそくエバスの共振で四川に訴えた。
――『四川、これから吹っ飛ばされる演技をしてくれ。その隙にカブトムシのコクピットをくり貫く』
――『なるほど、コクピットを潰したように見せかけるのか。名案だな』
――『責任は俺が持つ。もし失敗したら煮るなり焼くなり好きにしてくれ』
――『五光を信じる。お前ならやれる。必ずだ』
● ● ●
もしデルフィンに演技だとバレたら〈80センチカブトムシ砲〉のパイロットは頭部が爆発して死んでしまうだろう。
さらにいえば演技が見抜かれなかったとしても、五光とスティレットがプラズマブレードによるくり貫きを失敗すればパイロットを焼き殺してしまう。
五光は自分とスティレットの腕前は心配していなかったが【ギャンブリングアサルト】と【イモータル】の隊員たちが干渉することで手元が狂うことを心配していた。
かといって通信で演技について説明したら【イモータル】の隊員の通信内容がデルフィンに盗聴されてしまう。
二つの特殊部隊の察知能力に期待するしかない。
神経をこよりのように収束した五光は、迫真の演技を開始した。
まずは〈ソードダンサーL+〉と激しい接近戦をしながら〈80センチカブトムシ砲〉へ近づいていく。あくまでさりげなくだ。大幅な距離を移動したら意図がバレてしまうだろう。まるで社交ダンスを踊るような足取りで、少しずつ少しずつ近づいていく。
やがて巨大カブトムシの脚部パーツが見えるところまで近づいた。
だが【イモータル】の隊員が操るDSが演技の道を遮った。
『そうはさせるか!』
彼の心が伝わった。爆薬を頭に埋め込まれた仲間を守ろうとしていた。必死な思いだからこそ、彼らの機体のエバスにも共振現象を起こした。
――『演技だと!? この声は信じていいのか!?』
共振現象は次々と広がって、その場に存在する両軍の特殊部隊たちに五光と四川の言葉が伝わっていく。まるで人と人の心が魔法で繋がるような温かさがあった。
これだけ密談が共有できたなら、必ず成功する。
確信を持った五光は次の演技に映った。
「ちょっと痛いぞ」
ナックルシールドで〈ソードダンサーL+〉を殴り飛ばして強引に距離を引き離した。
演技がバレていないかどうか通信状態で調べる――まだバレていない。
あとは五光のDS乗りとしての腕前が試される。
失敗したらパイロットは死ぬし四川は仲間になってくれないかもしれない。
だが成功すれば宇宙への道が繋がる。
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉は余計な武装を捨てて身軽になると、両手と節足マニュピレーターにプラズマブレードを握った。
四本のプラズマ粒子の刀身が生体装甲と地面を眩く照らした。
両手は五光の制御、節足マニュピレーターはスティレットの制御だ。
「幽霊先輩、俺たちの連携が試されるな」
(大丈夫よ、相性ばっちりだもの)
「準備はいいな? いくぞ、ROTシステム・オーバードライブ!」
〈Fグラウンドゼロ改〉に強化改修されてから初のROTシステムの起動――動力のリミッターが解除されて、メインカメラが金色に輝く。
尻尾の電磁バリア発生装置が追加の動力源として変換された――〈Fグラウンドゼロ改〉は通常のDS2つ分の動力で動くモンスターマシンとなった。
発熱量も2倍になったので、さらなる放熱と冷却が必要になった――機体の各所に隠れていた放熱板が跳ね上がって機体内部にこもった熱を外へ逃がした。燃えるように加熱するパーツへおびただしい冷却剤が吹き付けられると、体中の隙間から真っ白な水蒸気が噴き出した。
敵は本機をキメラと呼称したが、あながち間違いではなかった。放熱のためにハイイロクマのフェイスパーツまでオープンして、しかもそこから水蒸気が漏れるものだから、伝承に登場する魔獣のような雰囲気になっていたのだ。
(よし、さっきよりもダイレクトに節足マニュピレーターを感じる! これなら生きてるときと同じ感覚で動かせる!)
スティレットの姿は配色が増えていた。いつもの幽霊みたいな儚さが薄れて、まるで生きている女性のように色鮮やかであった。ROTシステムの起動によってブラックボックスが活性化したので生前の姿に近づいたのだ。
「飛ぶぞ!」
コウモリの翼をはためかせて反重力システムを起動――〈Fグラウンドゼロ改〉は暁の空に飛び立った。ROTシステムを使っているから飛行速度が跳ね上がっていた。風よりも早く〈80センチカブトムシ砲〉の懐へ侵入。以前は隠し腕の拡散プラズマ粒子砲で迎撃されたが、まったく動きがなかった――もっとも隠し腕が健在だったとしてもパイロットの反応が間に合わないだろうが。
(いきなりコクピットを狙わないで、演技だって見抜かれるかもしれない!)
「だったら都市部への攻撃を先に止める!」
飛び上がる勢いを維持したまま80センチ砲の長大な砲身をプラズマブレードで斬った。
ずるりと砲身が斜めにズレると、重力に導かれて地面へ落ちていく。
真っ赤に溶けた切り口から、砲手001こと子晴の心の声が伝わってくる。カブトムシは人型ではないからエバスは積んでいないはずなのに、なぜか彼女の声が届いた。
――『四川にようやく女扱いしてもらえたのに、こんなところで死にたくない!』
恋する女の悲痛な叫びであった。痛々しいほどに生存を渇望する声でもあった。だが自殺という選択肢がちらついていた。彼女は仲間たちに申し訳ないとも思っているようだ。
――『必ず助ける。身体を操縦シートに固定して絶対に動くなよ』
はたしてエバスを積んでいない機体にエバスの共振は届くのか? うまくいえないのだが、エバスに関係なく心の声に触れてしまうのが、〈グラウンドゼロ〉の――そして宇宙を飛んでいる〈コスモス〉の力だと思った。
――『固定した。さっさとやってくれ!』
届いた。エバスを積んでいない機体に、心の声が。
五光は追従システムの感度を最大に設定すると、プラズマブレードの操り方を意識した。
この身体には、いくつもの経験が流れこんでいる。そこには校長先生こと新崎のものも入っている。だが技術に貴賎なし。あらゆる経験を総動員してコクピットのみを切り抜くのだ。
「斬るぞ! 幽霊先輩!」
(プラズマブレード4刀流! いっけええええええええええええ!)
2本の腕と2本の節足マニュピレータが、直線的な4つの剣閃を描いた。
一撃目でコクピットの前方部分へ、二撃目でコクピット後方部分へ、プラズマ粒子の刃物を滑らせた。
手ごたえあり。コクピットだけを削りだした――はずだ。少なくともパイロットを焼き切った感触はなかった。だがまだ詳細を確認できない。もしコクピットの様子を確かめようものなら、デルフィンに意図を気づかれて遠隔操作のスイッチを押されてしまうだろう。
とにかくコクピットと本体を接続する制御系を綺麗に切断したので〈80センチカブトムシ砲〉は巨体を制御できなくなり、無造作に倒れた。
五光がROTシステムを停止したところで、御影がこそこそ動きだした。
密かにDSを降りて自走台車を脳波で呼び寄せる。そしてくり貫いたコクピットブロックを作業アームで載せると、誰にも見つからないように基地へ運転していく。これならデルフィンに発見されることはないだろう。いたせりつくせりの隊長であった。どうやったらあんな実直で器用な人間ができあがるんだろうか。
なんにせよ、あとはコクピットブロックの子晴がコールドスリープで凍結されるまで戦うフリをするだけだ。
● ● ●
五光の〈グラウンドゼロ改〉は、もう一度〈ソードダンサーL+〉と対峙した。
なぜか〈ソードダンサーL+〉の内部に女性の存在を感じた。
親世代の年齢の女性だった。
どこか懐かしい香りがする。洗濯物とお料理の香り。
まやもた2つの機体のエバスが共鳴すると、五光は信じられない存在を嗅ぎ取った。
「母さん……?」
テロに巻きこまれて死んだはずの母親を感じていたようだ。
なぜ四川の使っている機体から感じるのだろうか。あれはPMC製のはずなのに。
五光は共振現象で四川に話しかけた。
――『その機体、型式番号はなんだ?』
――『S003だが、それがどうした?』
――『コスモスはS001、グラウンドゼロはS002だ。ならソードダンサーは三号機だったのか』
――『すべては計画だったんだな。となると、あの秘書め、さては宮下首相と新崎大佐と協力関係にあるスパイだな』
秘書とはなんのことだと聞こうとしたら、いきなり〈Fグラウンドゼロ改〉と〈ソードダンサーL+〉が楽器みたいに共鳴した。エバスではなく本体が共鳴していた。機体は完全にコントロールを失って、反重力システムが暴走。2つの機体は気球のように空へ浮かび上がっていく。
「機体のコントロールがきかない!? なにが起きてるんだ!?」
五光は追従システムに手足の動きを読み込ませたが、なんの反応もなかった。
(あたしの制御も無視されてる、なんなのこれ!)
スティレットも目を白黒させていた。
「なにがおきてるんだ! ええい、あの秘書め、あとで見つけたらなにがなんでも秘密を吐かせてやるからな!」
四川は追従システムから手足を外すと、観念したように体重を操縦シートに預けた。
ある程度高度が上昇したところで、宇宙から一号機〈コスモス〉のブラックボックスであるアインの声が聞こえた。
(始まります。エバスの逆操作が。世界の変革が)
彼女は淡々と事実を告げた。
「結局、俺たちにはなにも教えてくれないまま、なにかを始めようっていうんだな」
五光も追従システムから手足を外すと、宇宙を見上げた。
(これから革命がはじまります。それが終われば、あなたたちは本当の意味で自由です)
なぜかアインの声は晴れやかだった。自由になるのは本当なんだろう。
だが四川が苛立った声をぶつけた。
「もったいぶった言い回しは嫌いだ。さっさと真実をいえ」
(Sシリーズの共鳴は、世界に声を届けます)
一号機〈コスモス〉/二号機〈グラウンドゼロ〉/三号機〈ソードダンサー〉――三機の姉妹機が空気を発熱させるほどに共鳴すると、地球全体に音が満ちていく。
人々の心が機体に流れこみ、そして人々の心は相互に接続されていく。
五光は頭を抑えた。
「なんだこれは。人間の感情が、ごちゃごちゃに入ってくるぞ」
スティレットも叫んだ。
(サイテー! 男っていつもこんなことばっかり考えてるの!?)
「なんでこんな猥雑なことまで入ってくるんだ。感情の洪水みたいなもんだろ」
(無差別に心を拾ってるんじゃないの、残った20億の人々の心がさ)
ぴたりと人々の声が止まる。
とある人物の演説が、二つの機体のエバスを通して人々に直接届けられた。
『私はアフリカ連合のアベベ大統領だ。地球で暮らすみなさんに朗報がある。地球統合政府の発足だ。
グローバル企業が独自の生活圏を持つまで肥大化した理由は、二十一世紀の指導者たちがタックスヘイブンを見逃したからに他ならない。一つの国がタックスヘイブンを潰しても、次のどこかの国が税金逃れの土地となる。つまり彼らは肥え太ったのである。
だから彼らの兵糧――すなわち徴税逃れを断つ必要がある。
それこそが国境をなくして地球統合政府を作ることだ。そうすればタックスヘイブンは原理的に作れなくなる。なぜなら地球全土が一つの領土なので、徴税から逃げようにも逃げる場所が消滅するからだ。
さらにすべての国の軍隊を統合することで、山賊のごとく振る舞うPMCにも容易く抵抗できる。まずはアフリカに【C/TAP】を設置して、前哨戦をやった。成果は上々だ。我々は軍隊の統合に成功した時点で、事実上地球統合政府を完成させていたのだ。
そこでテロリスト諸君にも朗報だ。我々には恩赦の準備がある。いいかね、恩赦の準備がある。今までの罪を忘れて地球統合政府の市民として一緒に暮らそうではないか』
演説が終了した。
すると機体に人々の心が濁流のように流れこんできた。
ほとんどが賛成の声だ。もちろん一部には反対があったが、それは未来都市やテロリストの一部だった。
もう地球統合政府の流れは止まらないだろう。
まさにグローバル企業の兵糧を攻めだのだ。そしてデルフィンはこの流れを予測していたから〈グラウンドゼロ〉破壊と要人暗殺を企んだのだろう。
だが〈ソードダンサー〉が三号機であることまで見抜けなかった――〈ソードダンサー〉も人々の心へ直接演説を届けるシステムだと見抜けなかった。
その答えを四川が口にした。
「なぜなら秘書がスパイだったから、情報の隠蔽が行われていたんだな。絶対にデルフィンに気づかれないように。なんて用意周到な連中だ。この計画を考えたやつらは」
二つの機体はコントロールを取り戻した。反重力システムを制御して、ゆっくりと地面へ降りていく。
「地球の戦いが、終結していく」
五光はメインカメラとサブカメラで戦場の様子を見ていた。
もはや【イモータル】も抵抗をやめていた。まだ子晴のコールドスリープの報告は入っていないが、デルフィンがそれどころじゃないのが手に取るようにわかったからだ。
四川が空を指差した。
「五光。空を見ろ。未来都市のメガフロートが宇宙へ飛んでいく」
【GRT社】だけではなく、あらゆるグローバル企業のメガフロート型未来都市が、完成型の反重力システムで大気圏を離脱していく。都市の底面から海水と土埃を振り落としながら、真空の世界へ踏みこもうとしていた。
五光は呆然としながら、冷静につぶやいた。
「デルフィンが宇宙に出てしまえば、遠隔操作の電波も届かないか。たしかに【イモータル】も降伏する」
四川は自虐気味にいった。
「僕たちは切り捨てられたのさ。未来都市にはパイロットが誰もいなくなったんだ」
スティレットが首をかしげた。
(でもなんで宇宙に行くのかしら?)
すると宮下首相が、個人通信で解説してくれた。
『地球では納税逃れができない。だから企業の支点だけを地球へ置いたままにして、本社を月へ移転させる。つまりやつらは月をタックスヘイブンにした。だが地球と異なる空間で暮らすには大量の資源が必要だから、不要な部下を地球へ捨てていった』
おそらく合理的なんだろう。だが短期利益ばかり最大化していて、長期利益を棄損しているとしか思えなかった。
月とグローバル企業のことはさておき、五光は宮下首相に質問した。
『あなたがた計画の発案者たちは、俺たちのなんなんです?』
『新崎大佐が、君たちにすべてを教えてくれる』
沈静化した戦場に自走台車が接近した――運転手は新崎だった。
「五光、四川。一緒に始まりの地へいこう。すべてを教える。ああそれと、もう機体からブラックボックスを外していいぞ。すべての計画が終わったので、取り外したところで脳の破壊は発生しない」
五光と四川が、自分たちの存在を知るために機体を降りたところで、アフリカ基地から一報が入った。
子晴はコールドスリープについた。ただし爆弾の解体方法がわからないので、しばらく冷凍したままになるそうだ。
四川はため息をついた。
「僕が爆弾解体を覚えるしかないようだ」
「俺が教えるさ。時間はたっぷりあるんだろうし」
「ありがたいもんだ。だが今は自分たちの存在を知ることが優先だ」
五光と四川は、新崎に導かれてアフリカの奥地へ向かった。
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