第29話 秘密は尻尾にあり

 敵陸上艦の風体を見て、スティレットがウゲっと汚い声をもらした。


(やっぱムカデ級は生理的にキツイ見た目ね。本物のムカデと同じぐらいゲジゲジだし)


 PMCが愛用するムカデ級は名前のとおり巨大なムカデだ。たとえホバーで飛行していても、紫色の毒々しい甲殻と百本の節足がえげつない動きをしていた。もしご家庭でムカデに噛まれた経験のある人が見たら気絶するかもしれない。


「それも狙いの一つらしいな。暴徒鎮圧の威圧と一緒で」


 五光はムカデ級が生まれた街に係留する風景を想像した。あんな恐ろしい見た目の陸上艦が地元で睨みをきかせたら逆らう気持ちが萎えてしまうだろう。


(逆に憲兵のイモムシ級は可愛らしいから市民にも評判良いのよね。まぁ、そういう戦略なんだろうけど)


 スティレットが掌に立体映像を追加した。可愛らしいイモムシが葉っぱを傘にして雨宿りする絵だった。これは憲兵の広報が発信するイメージ映像であった。政府は税金を徴収してナンボなので、市民に嫌われないように可愛らしいイモムシの外見を陸上艦に採用していた。


「さて、イメージの悪いムカデ退治といこうか」


 五光の〈Fグラウンドゼロ改〉が敵陸上艦ムカデ級〈ヨロイムシャ〉へ接近していく。


 対空圏内に入ったところで〈ヨロイムシャ〉のブリッジが動いた。


「艦長。例のキメラが本艦に接近しています。単機で電磁バリアを突破する術を持っているんでしょうか?」「持っていることを前提に動け。普通に赤外線誘導で〈アゲハ〉にアンチ電磁バリアミサイルを撃たせるつもりかもしれない。なにがなんでも近づけさせるな」「了解。各銃座はキメラを近づけさせるな。ひたすら弾幕を張れ。弾を撃ちすぎて赤字になってもかまわない」


〈ヨロイムシャ〉のムカデそっくりな全身に膨大な数の機銃が生えていた――機銃は毒虫が毒液を噴霧するように対DS用大口径弾を撒き散らした。多数の火線が戦場の空へと伸びる。もし山が発光して土の隙間から光が漏れたらこんな感じだろう。


 これでは接近するのすら難しい。


「幽霊先輩、いつが使いどころかな、尻尾の秘密兵器は」


 五光は機体の尻尾を意識した。


 なぜ艦長は〈Fグラウンドゼロ改〉に〈ヨロイムシャ〉を単機で潰すことを頼んだのか?


 尻尾に搭載された秘密兵器なら可能だからだ。コクピットのコンソールパネルに秘密兵器に関する注意書きが貼ってあった。


『もし秘密兵器を利用するなら、進行方向に友軍がいないことを確認すること』


 友軍を巻き込む可能性のある兵器だ。ただし使用時間が限りなく短いから使いどころが難しい。


(〈ヨロイムシャ〉のブリッジがどこにあるのか見極めないと使っちゃダメよ。連発はできないんだから)


 スティレットがデータベースを検索して、ムカデ級の構造を調べていく。


「早く見つけてくれよ。〈ヨロイムシャ〉に画像認識のロックオンでミサイルを撃たれるぞ。陸上艦の画像認識システムはDSの比じゃないんだ。音速移動ぐらいじゃ焼け石に水だ」


 五光は〈Fグランドゼロ改〉の高度を下げると、ホバー状態に移行してスキーで滑るように無人の道路を滑空していく。高高度を維持したままだと高性能な画像認識システムにあっさりロックオンされてしまうから、建物と瓦礫を遮蔽物にした。


(わかってるわよ。でもさ〈ヨロイムシャ〉は最新型だから、データがほとんどないの。通常のムカデ級と同じ構造でブリッジを作ってあるかどうか危ういわ。〈アゲハ〉だって通常のイモムシ級と違う構造なんだし)


「敵が〈アゲハ〉の情報をほとんど持ってないのと同じく、こっちも最新艦のデータがないのか……」


 立ち止まらないように道路を滑空していたら〈ヨロイムシャ〉を護衛する敵DS部隊が待ち伏せしていた。使っているDSはPMCが好んで使う〈エストック〉を玄人好みにカスタムしたもの――〈エストックC〉であった。


『なんて速さで地上を移動するんだキメラは。建造物に衝突事故を起こすのが怖くないのか』


 PMCの隊員が舌打ちしながら〈エストックC〉のプラズマライフルを連射した。他の機体も一斉に発砲開始。適度に間隔を開いた制圧射撃であった。


「こいつら今まで戦った部隊と一味違うぞ」


 五光は腹の底に力を入れた――〈Fグラウンドゼロ改〉は、ひらりと身をよじらせてアイススケートのアクセルみたいに回転――隣の車線へ移動――腰を低くしてプラズマブレードとナックルシールドを構えた。


 反重力システムで地面の表面を音速で疾走――ソニックウェーブが公営都市の窓ガラスを木っ端微塵に砕いていく。


『キメラは早い! 全機散会してひたすら動け! 立ち止まったらカモにされるぞ!』


〈エストックC〉で構成された敵部隊は〈Fグラウンドゼロ改〉に間合いを詰められる前に散開してしまった。さすがに陸上艦に配属されるだけあって強敵だ。


 五光は彼らの動きから気づいたことがあった。さきほどスポーツスタジアムで要人暗殺を狙った部隊は彼らだ。空中戦をやったらやつらは歯ごたえがなかったが、あれは錬度が低かっただけである。


 目の前の敵に関して、アフリカ基地から情報を取得した。


『交戦中の部隊は【GRT社】が誇る特殊部隊【イモータル】です』


 スティレットが変な声を出した。


(【イモータル】って、いろんな企業のエースパイロットをヘッドハンティングで集めた特殊部隊でしょ。そっか【GRT社)の所属だっけか)

「そして……四川の所属部隊だな」


 五光はエバスの反応をつぶさに調べた。


〈ソードダンサー〉らしき反応は今のところない。もしかしたら〈80センチカブトムシ砲〉の護衛に回っているのかもしれない。


 なんにせよ、交戦は避けられないようだ。


 だが多勢に無勢だ。もし秘密兵器を敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉に当てられたとしても、その後の隙を【イモータル】に突かれるかもしれない。


 仲間がほしい。強力な仲間が。


『いくらワンオフの機体だって、やれることとやれないことがあるだろう』


 後方の戦線から御影率いる【ギャンブリングアサルト】の〈リザードマン〉部隊が登場した。


『さすが隊長。いいタイミングですよ』


 五光は小躍りした。やっぱり頼りがいのある仲間ほど嬉しいものはない。


『ずいぶんゴテゴテした機体だな。そんなに重くて飛べるのか』

『反重力システムがあればどうにかなりますよ』


 五光は尻尾でプラズマブレードを握ると、物陰から奇襲を企てた敵DSを水平に両断した。


『やっぱ尻尾は便利だな』


 御影の〈リザードマン〉も尻尾でプラズマブレードを操って、奇襲を企てた敵機を両断した。


 それらの動きを観察して、スティレットがうなずいた。


(尻尾を使った戦闘は御影春義のコピー。敵の気配を探る嗅覚はバックギャモンから。DSを使った基本戦闘はあたしから。空中戦は四川。格闘戦が新崎大佐。たぶんROTシステムって補助輪だったのよ。本来の学習システムは五光くんの脳にあるんだと思う。でなきゃ異常な速度で成長していくことに説明がつかないから)

「そんなことより〈ヨロイムシャ〉のブリッジを――」


 五光がスティレットの余計な解析に文句を言おうとしたら――――記憶の奥底から摩訶不思議な映像がフラッシュバックした。


 なにかの研究所だ。無機質な壁と、培養液の詰まったガラスケースが、陽炎の向こう側に浮かんでいた。研究所なんてインテリな施設に入ったことがないのに、なぜかここを知っていた。


(なにをぼーっとしてるの! まだ新兵気取りなわけ!)


 スティレットの罵声で意識が現実に戻った。


 いつのまにか機体は敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉の射程圏内に入っていた。ムカデの全身に生えた機銃が〈Fグラウンドゼロ改〉に向いていた。


「くそっ、さっきの記憶はなんだ!」


 怒鳴りながら反重力システムを最大出力へ――〈ヨロイムシャ〉の機銃攻撃を緊急回避した。だが落差の激しすぎる旋回をやったので内蔵が殴られたように傷んだ。口の端から血が垂れて眼球が真っ赤に染まる。


(まだ生きてるわね、五光くん!?)

「生きてる! 死んでたまるか!」


 必死にバックステップとコウモリの翼を組み合わせて、機銃の射程圏内から退避した。転がるように逃げていくと、味方のDS部隊と合流した。


 壊れたビルの裏側に隠れていた御影の〈リザードマン〉が、敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉の背中あたりを指差した。


『敵の有線ドローンの軌道や、機銃の動かし方から逆算すると、ムカデの背中に戦闘ブリッジがあることがわかる。あとは通信を逆探知すれば、さらに精確な位置を割り出せる――データは花札に送信済みだ。あとは任せる』


 さすがに【ギャンブリングアサルト】を率いる男は頭脳明晰であった。


 五光は隊長に感謝しつつ、ふたたび反重力システムで上空へ飛び上がった。


『こちら花札。電磁バリアを使用する。友軍は機体の進行方向に入らないでくださいよ!』


 ハイイログマのお尻から生えた爬虫類の尻尾が、高周波を発しながら振動――〈Fグラウンドゼロ改〉は電磁バリアに包まれた。


 DSに電磁バリアを搭載することは、これまで技術的に不可能だった。だがついに達成したのだ。


 ただし使用には条件がつく――短時間だけで、連発は不可能。


 短時間で連発できないとあれば、防御手段としては致命的だろう。


 だが攻撃手段として優れていることは〈ヨロイムシャ〉が証明していた。


 電磁バリアを構成するナノマシンを、防御ではなく攻撃に使うのだ。


 反重力システムで浮遊して、電磁バリアで体当たり――〈ヨロイムシャ〉が公営都市を平らにしたのと同じ発想であった。


(やっぱ政府側の人間も、PMCと同じ発想を持ってるわよね。どんな技術も軍事転用して、敵勢力を殺すために使われるんだもの)


 スティレットが寂しい目をした。


 五光も同じく心の奥底に毒素を溜め込んでいた。


 ナノマシンを防御ではなく攻撃に使う発想は、局所的な分子分解爆弾ともいえた。

 その事実から連想するのは、バックギャモンが九州で消滅した日だ。彼を殺した兵器を使うとなれば心が痛くなる。


 だが敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉を止めないと、公営都市が無差別に踏み潰されてしまう。


 五光は心を鬼にした。


「今だけさ。この戦いが終わったら、俺は宇宙の海を旅する航海士だ」


 追従システムを通して脳波でコウモリの翼に命令を送った――反重力システムで全速前進。愚直なまでの一直線で加速していく。電磁バリアの防御力に身を預けて回避運動は捨てた。電磁バリアを使えるのは短時間だけなのでスピード勝負だ。


 ついに〈Fグラウンドゼロ改〉は音速の3倍に到達。あらゆる計測機器は、超音速が生み出す誤差の修正に追われて小刻みに数字を吐き出した。


 敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉のブリッジは阿鼻叫喚となった。


 観測手が甲高い声で報告した。


「艦長! 電磁バリアです! キメラは電磁バリアで体当たりしてきます!」


 艦長が目を大きく見開いた。


「バカな! DSが単機で電磁バリアを突破するというのか!」


 衝撃音――敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉の電磁バリアに〈Fグラウンドゼロ改〉が衝突――電磁バリア同士が干渉して化学反応の熱と光が発生――中和された。


 ちょうどDSが1機だけ通れる穴が空いた。


「まったく、人類は兵器を作る技術ばっかり向上していくんだ」


 五光は追従システムに通した両手でかきわける動作をした――〈Fグラウンドゼロ改〉も同じ動きをして敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉の電磁バリアをかきわけて内部へ侵入した。


 敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉の艦長が、キャプテンシートから転げ落ちるように走り出した。


「キメラの狙いはブリッジだ! みんな急いで逃げろ!」

「本艦の回避運動は取らなくていいのですか!?」

「空飛ぶDSの機動性に勝てるはずないだろう!」


 ブリッジのメンバーは戸惑いながらも、艦長と一緒にブリッジから逃げ出そうとした。そこへ〈Fグラウンドゼロ改〉の全長5メートルの身体が突っこんだ。〈ヨロイムシャ〉のブリッジとメンバーは神様の啓示みたいに発光――分子レベルに分解されて消えた。


 ●      ●      ●


 ブリッジが消滅すると〈Fグラウンドゼロ改〉の電磁バリアが消えた。発生装置である尻尾が真っ赤に灼熱して溶けだした。もはや使い物にならない。


 五光は機体から尻尾を切り離した。


 溶けた尻尾が消滅したブリッジ跡に転がった。


 高度な機械を詰め込んであったブリッジは、綺麗に消滅して平らになっていた。物理的なエネルギーで壊れたのではなく、ナノマシンによって分解されたのだ。物質や人間の区別なく。


「俺が……分子分解をやったのか。バックギャモンの意思を継いだ俺が……」


 五光は吐き気を感じていた。覚悟していたが、想定していた以上に嫌悪感が膨らんだ。


(大丈夫よ、誰も責めないわ)


 スティレットが五光に寄り添って慰めた。


「くそっ、女に慰めてもらわないとまともに使えない兵器かよ」


 五光は、女の慰めによって萎えていた気持ちが癒されていくことを、情けないと感じた。


 人間の感情は、こんなにも単純なのか? 分子分解をやって、バックギャモンの意思を汚して、宇宙への志を遠ざけて――なのに身近な女に慰めてもらうと元気になってしまうとは。


 御影から通信が入った。


『ブックメーカーから花札へ。ブリッジの破壊を確認した。よくやったな』


 御影の通信に載った声は優しかった。どうやら五光の気持ちを察しているようだ。


 だからこそ五光は惨めになった。一人前の戦士になったつもりが、ちょっとしたことで半人前であることを晒してしまう。DSを操縦する腕前ばかり発達して、心の成長が追いついていないらしい。


 五光はパワードスーツのヘルメットを外して顔の皮膚を軽く叩いた。情けない顔で隊長と通信したくなかった。隊長は一人前の戦士なのだから、半人前の子供と会話したくないだろう。


 だが中々心の乱れがおさまらないので、コクピットの格納ラッチから清潔なタオルを取り出して、ダックスフントの顔を丹念に拭いた。摩擦熱で暑くなるぐらい拭いたら、ようやく心の調子が整った。


『花札です。まだ戦えます。次のターゲットを狙いに行きましょう』


 どうにか体裁を整えた声であった。


『ああ。陸上艦を潰してしまえば、次のターゲットを狙うのも楽になるだろう』

『了解。花札は部隊に合流します』


 消滅したブリッジから顔を出すと、地上で仲間たちの〈リザードマン〉が待っていた。


 彼らは手を振っていた。それがまるで分子分解をやったことを受け入れてもらったみたいだから、五光は心底安心した。


 仲間たちのところへジャンプで降りると〈Fグラウンドゼロ改〉専用の自走台車が待機していた。


 予備の尻尾を載せてあった。


(説明書によれば、尻尾一本でDSが24機作れるそうよ)


 スティレットがお茶らけた声で説明した。


「それだけの威力だろうな、こいつは」


 予備の尻尾を掴んで機体の尾てい骨に装着――脳裏に浮かんだのは尻尾の使い道だ。プラズマブレードを握る便利な尻尾としてなら使いたい。だが電磁バリアはなるべく使いたくなかった。


 五光が迷っていると、御影がこっそり教えてくれた。


『それだけ高価な兵器なら、自分の判断だけでは使えない。ここぞというところ以外では便利な尻尾として考えたほうがいいぞ』


 上官の言葉で心の重圧が軽くなった。


 これからは普通の尻尾として使えばいいのだ。気持ちを切り替えて次のターゲットを考える。


(さて、次はカブトムシとのリターンマッチね)


 スティレットがアフリカ基地の北側を見つめた。


〈ヨロイムシャ〉所属の特殊部隊【イモータル】だが、ブリッジが潰れた時点で撤退したそうだ。逃げた方角からして〈80センチカブトムシ砲〉と合流したんだろう。グローバル企業にとっては北側の防衛ラインが損益分岐点になっていた。


「あっちもパワーアップしてるだろうし、なによりも四川がいるだろうな」


 五光は四川との戦いの予感に胃袋が重くなった。


 四川は【イモータル】の所属だが〈ヨロイムシャ〉の護衛をやっていなかった。ならば〈80センチカブトムシ砲〉の護衛をやっているんだろう。


 彼との戦いを避けたいが、避けるのが難しそうだ。


 そして悲しいことに宮下首相を始めとした計画の立案者たちの思惑通りであった。


「うまくやってやる。俺はこの戦いに勝利して、四川と一緒に宇宙へいくんだ」

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