第2部 地球と月のはてしない闘争

4章 アフリカ

第22話 第2部開始/陰謀の最後の鳴動

 宇宙へ飛んだ新崎のシャトルは〈コスモス〉を機外へ射出するなり、ふたたび大気圏に突入――アフリカ大陸へ降下した。


 現在の人類が持っている資源の残量やアクティブな技術から考えると、大気圏外の物体を撃墜する術が用意できなかった。【ギャンブリングアサルト】は〈コスモス〉の破壊を諦めると、アフリカ大陸へ逃亡した新崎を逮捕することが次の任務となった。


「アフリカの海は、やけに海賊が多いんだな」


 五光は〈リザードマン〉に乗って、アフリカの海賊と交戦していた。水陸両用の機体なので水中戦もお手の物である。恐竜みたいに野太い尻尾が振動すると海水がうねって推進力が発生――五光の〈リザードマン〉は潜水艇のように海水をかきわけて敵機に迫った。


 敵機――旅人みたいな格好をした〈ストレンジャー〉を水中用に改造して使っていた。どことなくスイマーがゴーグルと帽子をかぶって泳ぐ姿に似ていた。


『憲兵ごときが調子に乗るんじゃねぇ! こっちは6機もDSがいるんだぞ!』


 たしかに海賊は6機の〈ストレンジャー・マリーンタイプ〉で五光の〈リザードマン〉を包囲していた。


 普通のパイロットなら降伏するか玉砕覚悟で突貫するシチュエーションだろう。


 だが五光は普通ではなくなっていた。


「水中戦のコツは、動作に水の抵抗が加わることを計算して動くこと」


 五光は先輩隊員から教わったコツを復唱しながら、トリガーを押しこんだ。〈リザードマン〉は水中用ハープンガンを発砲。生体装甲を軽々と射抜く銛が電磁誘導で海中を進む。銃口と銛から泡を吹いたみたいに気泡が発生。銛は有線式コントロールも可能なので狙いは精確――敵機のコクピットを貫通。パイロットはDS用の巨大な銛に串刺しにされて即死した。


 さらに五光の攻撃は続く。〈リザードマン〉の尻尾にプラズマブレードを握らせると、右側面の敵機を水平に斬った。上半身と下半身の分かれ目から溶けたパイロットが流れ出す。


「敵パイロットの死亡を必ず確認すること。水中戦はコクピットに取り付かれることがよくある」


 先輩隊員から教わった二つ目のアドバイスを復唱しながら、対人用水中散弾を全身の鱗から発射――対DS戦法で〈リザードマン〉を奪おうとしていた海賊たちが穴だらけになって海面に浮いた。


 五光の攻撃は怒涛の勢いで続いた。普通に考えたら敵は6機もいるんだから誰かしら反撃できたはずだ。しかし九州の戦いを生き抜いた五光は驚異的な進化を遂げていた。動きに無駄がなく、すべての判断が適切。幽霊先輩ことスティレットが隣にいなくてもエースパイロットとして活動できるようになっていた。


『たった1機のDSにやられたとあっちゃ、海賊はやっていけないんだよ!』


 海賊は残っていた4機で五光の〈リザードマン〉に襲いかかった。


 しかしその動きは、四川の〈ソードダンサー〉の全包囲攻撃に比べたら、止まっているようなものだった。


「そろそろ〈リザードマン〉も手足のように使えるようになったな」


 五光は敵の動きを見極めると、追従システムで機体を操作――左手のナックルシールドを敵機のコクピットへぶつけてパイロットを潰した。


 残りの敵は3機。


 間髪いれず連続攻撃――右手で持ったプラズマブレードで脳天唐竹割り。


 残りの敵は2機。


 尻尾に持たせたプラズマブレードで股から頭部へ刃を滑らせて縦に切り離す。


 残りの敵は1機。


 背後から迫った最後の敵の突進をマタドールのごとくひらりと回避――左手に持ったハープンガンを敵機の背中に密着させて発砲。後ろからコクピットを貫いた。


 一瞬で4機のDSを撃破した。エバスの出力を上昇させて敵の生き残りがいないか確認する――完全なゼロ。


 五光は、ふーっと一息つくと、脳内の通信ユニットでアフリカ基地の作戦本部へ連絡した。


「こちら花札。アフリカ基地周辺の海賊を撃退した。これより帰還する」

『ええっ、味方の増援はまだ到着していませんが、本当に1人で全機撃破したんですか?』


 実をいうと、五光は哨戒任務中に海賊の大部隊と接触した。だから仲間の増援部隊が到着するまでひたすら逃げる作戦だった。しかし海賊が律儀に待ってくれるはずもなく戦闘に突入――1人で全機撃破した。


「記録映像を送信します。確認してください」


 五光は、脳内とDSの記録映像を本部へ送信した。


『確認しました。たしかに敵機は全滅。他にも複数の海賊の無力化を確認。たった1人でこの戦果……勲章モノですね』

「勲章より、ラーメン食いたいです」


 ラーメンという単語で新崎を思い出した。だが以前ような甘美な思い出ではなく、苦い思い出に変化していた。


『え、あ、いやそれは日本の特殊な食文化なので、アフリカ基地にはありません』

「そうですか。じゃあ海鮮丼かなぁ」

『それも日本食です』


 という通信担当の返信で、五光は日本食が恋しくなった。


 ●      ●      ●


 現在の【ギャンブリングアサルト】はアフリカ基地に所属していた。なんで他国の軍事基地に転属できたかといえば、宇宙を漂う〈コスモス〉が原因だ。


〈コスモス〉は地球の周回軌道に乗ると、謎のリンク機能を解放――地球上のテロリストたちに素早く精確な指示を与えた。二十一世紀の超大国だったアメリカが、人工衛星を使って軍隊を円滑に動かしていたのと同じ原理であった。


 二十二世紀には人工衛星を保有する勢力が存在しない――テロリストたちは強烈なアドバンテージを手に入れた。これまでテロリストが小さな派閥に分派していたのは、ひとえに協力する手段を持っていなかったからだ。しかし〈コスモス〉のリンク機能によってテロリストたちは一つの組織となり、緻密で執拗な攻撃を開始した。


 ターゲットはグローバル企業だ。


 いくら資金の豊富なグローバル企業といえど、周回軌道の敵を迎撃する術は確保しておらず、どんどん疲弊していった。いくつかの未来都市は破壊され、テロリストの前線基地になった。


 そんなテロリストたちの快進撃も途中で頓挫した。どれだけ緻密な連携ができたとしても、資金と資源の壁に阻まれたのだ。


 ふたたび三つ巴の戦いは硬直化して、各国政府にチャンスが回ってきた。


 漁夫の利を狙って、地球に残った国々の軍隊を連携させたのである。


 組織の名前は【カウンター・テロリスト&PMC】の略で【C/TAP】と名づけられた。


 そして【C/TAP】の本部はアフリカ大陸に設置されて【ギャンブリングアサルト】も転属となった。


 北九州での分子分解爆弾の起動から一ヶ月が経過していた。


「隊長。アフリカの料理、めちゃくちゃうまいですね。日本食も恋しいですけど、これだけうまけりゃ満足ですよ」


 五光はアフリカ基地の食堂で、新鮮な料理に舌鼓を打っていた。鶏肉や豚肉などの貴重な肉類が安価で食べられた。しかも【ソイレントグリーン】システムによる完全栄養ゼリーを食べなくとも、必須栄養素が満たせるほどメニューが豊富だった。


「かつての欧州や中東の資産家たちが、分子分解爆弾で国と資源を失って逃げこんだ先がアフリカだ。ここらは運よく分子分解爆弾が一度も使われてないから、あらゆる資源が豊富なままだな」


 御影は野菜スープを飲んでいた。名前のとおり野菜を煮込んだスープである。とてつもない高級品だ。各種野菜を煮込むことで完成する料理は、資源不足の時代だと札束のプールで泳ぐのに等しい行為である。それが平然とメニューに並んでいるんだから、アフリカ基地は豪勢であった。


「あぁ、だから海賊も数が多いんですか。豊富な資源を略奪したくて世界中から集まると」


 五光は磯臭くなった髪をタオルで拭いた。最近は一日に二回もパトロールに出撃していた。主な任務は逃亡中の新崎の逮捕ないし殺害だが、どこに隠れたかわからないのでパトロールをしながら捜索していた。


「霧島伍長は〈リザードマン〉をすっかり使いこなせるようになったな。東京の基地で新兵用の訓練メニューをこなしていた日々が嘘のようだ」


 御影が感慨深くうなずいた。


「元々訓練で使っていたから、慣れるのも早かったですよ。あれはいい機体ですね。とくに尻尾がいい」


 五光が〈グラウンドゼロ〉を使っていないのは、単純に機体が壊れていたからだ。ROTシステムの使いすぎで動力から間接パーツまで限界を超えてしまったので、工場での本格的なオーバーホールが必要になっていた。


 オーバーホール中はブラックボックスも機能が停止するらしく、スティレットは姿を消していた。


 御影が空っぽになった皿を退けて、五光に顔を近づけて小声で語った。


「大尉の権限で〈グラウンドゼロ〉のオーバーホールに立ち会ってきた。やっぱりなにか秘密があるな。たかがオーバーホールごときに将官クラスの監視がついた」

「将官って……完全に上層部の肝入りじゃないですか」


 五光も小声で返事をした。そして恐ろしさを感じていた。将官クラスが立ち会うほどの機体を、五光のような新兵に使わせる。その理由は、東京から九州まで連戦する日々でイヤというほど体感した。


 陰謀だ。


「動き方を間違えると、オレたちは政治犯として刑務所にいくことになる。この手の話は全部慎重にやらないとダメだ。艦長だって〈アゲハ〉を解任されて、今は閑職に飛ばされた」

 御影は唇にチャックをする仕草をした。

「データベースで調べたんですけど〈コスモス〉は花の名前です。どうやら花言葉だと宇宙を示すみたいなんですよ。もしかして機体の名前も意味が与えられているんじゃないですかね」

「そうなってくると〈グラウンドゼロ〉は爆心地だぞ」

「爆心地って地表にしか発生しないんじゃないですかね。そして物事の開始位置という意味にも受け取れますよ」

「……だから地球上でなにかをさせたいという推測が生まれるわけか」


 秘密の会話が途切れたところで、ブラジルからやってきた隊員が五光にコーラをおごった。


「さっきの海賊狩り見てたぜ。お前1人で6機もやっちまったろ。最高のグルーブだな」

「ありがとうございます」


 五光は素直に喜んでコーラを飲む。コーラも高級品なので、湯水のように飲めるアフリカ基地は極楽だった。


 そうやってコーラを楽しんでいると、他の国々の隊員たちも集まってきた。


「あんたら日本で有名な【ギャンブリングアサルト】だろ。あのトカゲみたいな水陸両用を使ってる」「尻尾が便利だよな」


 こうやって他国の人と会話していると、共通語であるエスペラント語の便利さを痛感した。もし言語が統一されていなかったら、これほど話は盛り上がらなかったんだろう。


 やがて雑談も終わって、五光と御影は食堂を出て基地の内部を歩いていく。


 世界共通の技術で作った設備だから、内装は東京の基地と変わらない。DSの生体装甲を再利用した壁があり、ターレットが設置されていた。ちょっとだけ地元のカラーが出るのは落書きだろうか。アフリカ民族の民謡やおとぎ話が描いてあった。


「さっきも話題になったが、霧島伍長はすっかり【ギャンブリングアサルト】の顔だな。DS戦だけなら誰よりも強いだろう」

「隊長にはまだ敵わないですよ」

「もう若くないからな。あれほどの集中力を生み出せる自信はない」

「もし俺に集中力があるとしたら、強さへの渇望かもしれません。弱いままじゃ、バックギャモンに顔向けできませんから」


 五光は、バックギャモンが愛用したレーザーショットガンを私室に飾っていた。誰もが使いたがらないゲテモノ武器だからこそ、彼の魂が宿っている気がした。


「部下が死ぬのは、いつまでたっても慣れないな」


 御影は達観しているようで悲しんでいる目をしていた。


「分子分解爆弾で肉体が消えるのって、どんな気持ちなんでしょうね」


 五光は頭や胸をさすった。痛みも感じないまま分子となって地層に染みこんでいく。死というより超常現象に近い気もする。


「死者の気持ちまではわからない。だが地層と一体化して、それが【ソイレントグリーンシステム】で生きている人間に再利用される。食物連鎖の中に人間が本当の意味で組み込まれたとしたら、マタギであるあいつは本望だったかもしれないぞ」

「となれば、バックギャモンは俺たちの中で生きているんですか。血肉となって」

「ああ。動物の肉も、植物の葉っぱも、人間の分子も、流転するんだ」

「流転といえば……俺の親のことだって謎ですよ」


 なぜ〈グラウンドゼロ〉の解体騒ぎが起きてしまったのか――すでに事情は聞いていた。


 五光の両親が偽物で、しかも政府のエージェントが親子を偽装していたことが発覚したからだ。息子として接してきた五光にしてみれば、あまりにも悲しい事実であった。だがたとえ偽装だったとしても、家族をやっていた時期だけは本当の家族だったと肯定したかった。


 子供っぽい感情なのだろうか?


 いいや、そんなことはないはずだ。


 五光は、もやもやした気持ちを言葉で吹き飛ばすことにした。


「親は偽物で、上層部には新型DSとワンセットで考えられてて、四川とは同じ顔だった。もしかしたら人間じゃなくてモノかなにかかもしれない。でも……たとえそうだったとしても、俺が俺であることは疑いようがないんですよ」


 五光が言葉と共に若い活力を放出すると、御影は人差し指を立てて言った。


「コギトエルゴスムみたいなものだな」

「聞きなれない言葉ですが、エスペラント以前の言語ですか?」

「ラテン語だ。エスペラント語に翻訳すると【我思うゆえに我はあり】。自分の出自から世界の法則性まで、あらゆるものを疑ったとしても、今の自分が思考することは疑いようがないっていう哲学だ」

「難しすぎますよ」

「たとえどんな過去があったとしても、お前が【ギャンブリングアサルト】で培っている技術は正真正銘の本物ということだ」


 とてもよくわかる解説だった。


 五光はレーザーショットガンのバッテリーをポケットから取り出すと、掌に載せた。


 間違いなく配属されたばかりのころと比べたら強くなった。


 将来は宇宙で鉱石発掘という希望も掴んだ。


 だったら、あとは前に進むだけなんだろう。


 脳内に秘匿通信が入った。


 五光だけではなく御影にも同じ秘匿通信が入った。


 送信元は元艦長である今村サイード大佐である。


『これから極秘会談がある。二人は宮下首相の護衛についてくれ』


 五光は首をかしげた。


『隊長はともかく、俺も行くんですか? DS戦と白兵戦ならそれなりにやれるようになりましたけど、要人警護はまだまだの腕前ですよ』

『だが首相直々の指名でね、霧島“軍曹”』

『軍曹って……呼び間違いじゃなさそうですね』

『本日付けで昇進だ。おめでとう』


 とたんに陰謀の臭いがしてきた。


 五光が不審に思っていると、御影が作戦内容に触れていく。


『極秘会談といいますが、武装はどこまで許容されていますか?』

『武装はいっさいなし。パワードスーツも禁止だ。それでは健闘を祈る』


 一方的に秘匿通信が終わった。


 五光は御影にたずねた。


「なんでわざわざ艦長を間に挟んだんですかね」

「おそらく艦長は〈アゲハ〉の艦長職に戻してもらう代わりに上層部と協力関係になったんだろう。オレも昇進だそうだ」


 なんと御影まで少佐に昇進していた。


「なんだかイヤな流れですね。昇進を餌になにかをやらせようとするなんて」


 五光は制服の肩の古い階級章を剥がした。


「もうこうなったら真正面からぶつかるしかないな。どのみち霧島軍曹は自分の出自を調べたくてしょうがないだろう?」


 御影も肩の古い階級章を剥がした。


「ええ。自分がなにものか知ったら、心置きなく宇宙へいけるというものです」

「決まりだな。だがしかし、武装なしで要人警護は怖いな。せめて拳銃を許可してくれればいいんだが」

「隠し持ったらまずいですか?」

「うーん……会場の近くにパワードスーツを含めた武装一式を隠しておこう。なにかあったら現地で装備すればいい」


 こうして五光と御影は、陰謀に真正面から挑むことになった。

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