第20話【自由の鎖】誕生


 ケイを中心にする組織がここに誕生した。

 【自由の鎖アンチェイン】はこの世界に存在する、全ての奴隷を苦しみから解放する事を目的とする。

 これは、現状の世界に存在するルールを破壊する事である。

 立ちはだかる相手は、奴隷を虐げてきた全ての存在。


 「今この瞬間に全てを変えるのは無理だ。それは理解してくれ」

 

 神の如き力を持っていても、人の心を全て掌握する事は不可能だ。

 知恵を持つ生き物は、感情だけでは動かない。

 恐怖を植えつけても、死を突きつけても、屍と変えられても、譲る事が出来ない物はあるのだ。 


 「諦めるつもりはないが、今の俺達には力が足りない。力も・心も・地位も・名誉も・国もだ!大きな事を成し遂げるには、どうしても順番がある」


 英雄が生まれた瞬間に英雄ではないように。

 勇者がそう呼ばれるには、試練を乗り越えて強くなり、民衆達に認められなければ、勇者は勇者足り得ない。


 「世界を変えたければ、俺達は無視する事が出来ない、巨大な存在でなければならない!」


 理想を叶えるには血を流さなければならない。

 話し合いで解決出来る?そんな夢物語はこの世界には存在しないのだ。


 「屍を幾万幾億と積み重ねた先にあるのが、俺達が望む理想の形だ。しかし、俺達が頂点に立った時、今までの世界を握ってきた王や貴族達のような愚を犯してはならない!」


 平等が存在しないならば、人の感情では越えられない存在が君臨しなければならない。


 「俺達が作る世界に君臨するのは【法】であり秩序だ。感情を持った人であってはならない」


 天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。

 天は法であり、法に裁かれるのは人である。

 そして、俺達が作り上げる組織は、天が覇を唱え、人を裁く構造を維持し支える、大地たる【地】の役割である。


 「【天地人】の全てが揃って、ようやく理想が開ける!俺達が後の世に語られる時に、どのような名で呼ばれるかを決めるのは、俺達自身だ!」


 人は欲望を持つ、戦乱を収めるには力が必要だ。

 殺し合いという負の連鎖を生み出すシステムは、早々に断ち切らなければならない。

 

 「もしこの世界で争いを生み出すシステムを作り上げているのが、神と呼ばれる存在達ならば、俺は神を全て切って捨てる覚悟だ!」


 どんなに巨大な存在だろうと抗ってみせる。

 理由も無く踏みにじられる命があってはならない。

 生まれた瞬間から、夢も希望も摘み取られるなんて、そんな馬鹿げた話はだけは、絶対にあってはならないのだ。

 

 「今ここにいる同志が始まりだ!俺達は地を這いずる存在から始めて、やがて天に昇る」


 今は取るに足らない存在かもしれない。

 しかし、塵も積み上げて山と成し、山を連ねて山脈を形成し、大河を塞き止め、海を分断し、広大な大陸を作り上げるのだ。


 「天を握り、地を見渡した俺達は地に返り、もう一度世界を創造する!」


 言うのは簡単だが、行うは至難の難業だ。

 人の一生では無理かもしれないが、俺には時間を超越する手段がある。


 「この誓いの杯を、俺達の全てを賭けて戦いを始める契約とする」


 【聖杯】(ケイ) 「レアリティ MY」

 様々な願い、望みを叶える願望器として使われる神器。

 普通の器では受ける事が出来ない、何かを満たす事が出来る唯一の杯。

 この世に存在する複数の聖杯は、一つとして同じ物は存在しない。


 神に力を借りてケイが作り上げた聖杯は、誓いを立てた者達が本当の意味で一つの集団となる為の証を刻む神器である。

 満たされた内容物に誓いを溶かして飲む事で、永遠の刻印をその腕に刻む。

 裏切りは魂の消滅。揺らぎ無い決意は新たなる力を生む。


 誓いの証は、二重螺旋を描く【白と黒の鎖】



 【ネクタル】(ケイ) 「レアリティ SLG」

 アムブロシアを使用して作り上げられた神の飲み物。

 不老不死の魔力を秘めた果実から作られたネクタルを飲んだ者は、不老不死の存在となる。

 一つの目標の為だけに、神達に力を借りて作された。

 効果発動の条件付けまでして作り上げた、ケイだけが所有する固有アイテムである。

 ケイが作成したネクタルは、限定的な不老不死である代わりに、条件を満たす限りは極限の効果を発揮する。


 【聖杯】に溶かされた誓いを守る者へ【守護者】のスキルを与える。

 弱きを守り、導く守護者は戦いの場で、無限の生命力を発揮するだろう。


 「この杯を受けた者は不老不死となり、力を手にするが、同時に責任という枷を嵌める事となる。我等の進む道には退路など存在しない。裏切りは消滅を持って下される」


 しかし、誰一人として躊躇う者は居なかった。

 失う事を識る奴隷であるからこそ、満ち足りる豊かさの幸せを識るのだ。

 痛みを理解するからこそ、癒しを与えられる。

 底辺を刻み込まれているからこそ、頂点が成すべき義務を果たす事が出来るのだ。


 「ここに集った仲間を信頼し、裏切らず、称え、助け、認め合い。俺達は世界の果てを目指して進む。その先に未来が在るかは、俺達が作り上げる道だけが識るだろう」


 人は愚かだ。

 だが、愚かだからこそ先を求め、愚を悟り、学ぶ事が出来る。

 こちらの世界にはどんな障害が待ち受けているのか分からないが、俺達が小さな優しさを積み上げて、変化を齎してみせる。


 「結果は急がない。この世界を見守り、自分達の人生を楽しみながら生きて行こう!確かに高い目標は定めるが、俺達自身が幸せに生きる事が出来ないのに、誰かを導くなんて出来るはずが無い!」


 真剣だった雰囲気に水を差すようで悪いが、俺からの最初の使命は決まっている。


 「世界を導く使徒たる諸君に命ずる。まずは一生を幸せに生きなさい」


 ここに居る全員が不幸の連続だったのだ。

 高い理想を持って戦うには、心の中に闇が積もり過ぎている。


 「人の一生なんていうのは、ほんの一瞬の煌きの様な物だよ?俺達は、長い時間を掛けて、優しさを育み。幸せを広め。愛する事を教え導き。幸せになる方法を生み出さなければならない」


 カルト宗教みたいな事を言っているが、現代社会じゃないのだ。

 人間の心は、厳しい環境にあるほど余裕が無くなり、命を軽くする。

 豊かさは、満たされない心の中には生まれてこないのだ。


 「諸君、まずは王都から掌握しよう。肥えた豚共を駆逐して、貧しさに喘ぐ人々を救う必要があるね。内政基盤を固めてからじゃないと、大きなうねりは生み出せない」

 

 後の世に聖人と語られる使徒達は、人々に幸せを伝えながら生きていく。

 時には自分の我侭もぶつけ合い、ゆっくりと成長していった。

 歩み出しは緩やかだったが、民が王国の変化を感じ始めるのは、この誓いから10年の月日がたってからの事だった。


 後年見つかった貴重な書籍の中には、聖人達を導いた神の如き存在が、そこら中で引き起こすハプニングや暴走の計画が事細かに記されていた。

 この書籍を見た使徒達は、口を揃えて言うのだ。

 

 「あの方は、誰よりも偉大でしたが、誰よりも愚かでしたよ?あの方だから我々は放って置く事が出来なかったし、長い時間を飽きる事無く、楽しく生きる事が出来たのでしょう」と。


 本の題名にはこう書かれている


 「俺が考えた凄い異世界大戦略1巻~パンが無ければ作れば良いじゃない?~」と

 

 異世界の端っこで始まるこの物語は、理不尽を理不尽で打ち滅ぼし、無理無茶無謀を平気で塗り替えていく。

 挫けそうになったり、諦めそうになった者達に、彼はいつもこう言った。


 「諦めんなよ!諦めんなよ、お前!!どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ! 」

 

 彼は言うのだ、時間が無限ならば積み上げて積み上げて積み上げれば良いと。


 「言い訳してるんじゃないですか? できないこと、無理だって、 諦めてるんじゃないですか?

駄目だ駄目だ!あきらめちゃだめだ! できる!できる!絶対にできるんだから」


 この本気なのか冗談なのか分からない書籍が書かれ始めたのは、組織が結成された日からと聖人達は語る。

 途中で数えるのが面倒になるほどの書籍を書き上げた筆者だが、実行している時よりも、執筆している時が一番楽しそうだったと彼らは語る。

 


 この、やんちゃな子供の姿をした200歳児の暴走は、まだ始まったばかりなのだから。

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