7/10 章灯の誕生日 2

 私の名前は矢島やしま睦美むつみ

 親戚のコネを使ってどうにか転職に成功した30歳女子だ。

 

 正直なところ、ここに就職したのは、『結婚』のためである。

 ここを紹介してくれた親戚のオジさんが、「テレビ局は出会いがたくさんある」と言っていたのだ。

 芸能人はもちろんだが、正直、それよりもおいしいのはアナウンサーだぞ、とも。


 自分でもそう思う。

 まだ1年目だから、なかなか華やかな表舞台には出させてもらえないのが不満だが、それでもここに配属されて良かったと心の底から思うのは――、


 彼がいるから。


 山海やまみ章灯しょうと

 『シャキッと!』でおなじみの朝の顔。

 男子アナランキングでも常に上位をキープしている日の出テレビウチのエースともいえる存在だ。


 まぁ、彼なら申し分ないかな、と思う。

 MCを務めるレギュラー番組を何本も持っているから収入もそこそこだろうし、見た目も良い。私に優しくしてくれるし、周囲からの信頼も厚い。


 それに――、

 彼はあの超人気ロックユニット『ORANGE ROD』のヴォーカルも兼任しているのである。

 おいしい、おいしすぎる。


 聞けば、いまだフリーらしい。にも拘らず、意外なことに彼を狙っている女性社員は少ない。これはチャンスだ。

 ただその数少ない女性社員というのは実質一人なのだが、これが厄介なのである。

 

 私の教育係、みぎわ明花さやか

 彼女もまた女子アナランキングで常に上位で、忌々しいことに、彼と同じ『シャキッと!』のMCである。

 局内でも彼女を悪く言う人はいない。

 だけど、私はこう思うのだ。


 汀先輩は下品ではしたない。

 

 男性社員に混ざって小汚ない居酒屋へ行き、翌日話題になるほどの量を飲み食いしたり。

 昼休みに一体何を食べてきたのか、ニンニクの臭いを必死にミントタブレットで誤魔化している時もある。

 それを山海先輩に指摘されてもアハハと笑って流す。

 その癖、一対一で飲みに行きましょうだなんて恥ずかし気もなく誘う。

 あまつさえ、好きだ好きだと公言しているのだ。

 女性としての慎みも何もあったもんじゃない。


 奥ゆかしき日本女性とは――、

 決して男性よりも前に出ず、常に半歩下がってついていき。

 好意であるとか、そういった他者への感情はほんのりと匂わせる程度にとどめるものである。

 そうすることで相手に察してもらい、向こうから申し出てくれた時に初めて首を縦に振るものである。


 こと現代社会においては多少古すぎる考えかもしれないが、私の観察によれば、彼は汀先輩のオープンすぎる好意を正直疎ましく思っている。ということは、だ、私のように奥ゆかしく、慎ましい女性が好みなのだろう。

 

 ポイントは、秘めたる思いをひた隠しにしている、ように『見せること』。

 本当に隠しきってしまっては意味がないのだ。

 隠しているようで実はちょっぴりバレている。

 その溢れてしまった思いこそがいじらしさとして彼の目に映ることだろう。


 だから、先輩達(とはいえ年下だが)が彼のバースデープレゼントを一緒に準備しようと誘ってきた時、私はそれを辞退した。自分で用意しますから、と言って。その他大勢になんて混ざってたまるもんですか。

 汀先輩から、彼が、毎年毎年誕生日の語呂合わせで納豆が贈られることを正直疎ましく思っていることも聞き出した。


 プレゼントは、周りが納豆をあげているのだから、高価なものは好ましくない。ここでブランドのハンカチでも贈ろうものなら悪目立ちしてしまう。大和撫子たるもの、空気も読めなくてはならないのだ。

 けれど、私の他は納豆か、それを加工したもの、あるいはそれをイメージしたキャラクターグッズの類なのである。それ以外、というだけでも充分にインパクトはあるだろう。


 そこで私が選んだのは、実家和歌山から取り寄せた高級カリカリ梅だ。

 ポイントは『カリカリ梅』という点である。

 一粒いくらの南高梅ではブランドハンカチと大差ないのだ。

 カリカリ梅界ではかなりの高級品だが、梅干しと比べて駄菓子感のあるカリ梅をチョイスすることで多少の『遊び』を出した形である。完璧だ。


 これを選んだ理由は、つい数週間前のこと、私が昼休みにやはり実家から送ってもらったカリカリ梅を食べていた時のことである。

 何と彼の方から声をかけて来たのである。

「いつも食べてるよね」と、ごく自然に、軽い感じで。


 しかし、会話を進めていくうち、彼は自分が秋田出身であるということまで教えてくれたのである。

 おまけに私が和歌山の出身であることを告げると、それはもう嬉しそうな声まで上げて。


 これは私に気があると見て間違いないだろう。

 お1つどうぞと勧めると、それが最後の1個であることに気付いて一度辞退したのも彼らしい優しさである。


 まぁ、無理やり渡したけど。


 たまにはちょっと強引なのも意外性があって良かったはず。


 山海先輩が私に気があるのは確実だとしても、聞くところによれば、彼はなかなかに奥手らしいのだ。

 私としてはロックユニット時のような勢いでドンとぶつかって来てくれて構わないのだけれど、そういう慎重なところも真面目な彼らしい。


 待っててください、先輩。


 私が告白しやすいような環境を整えてあげますからね。

 

 そう思って、私は意気揚々と出社したのである。

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