♪31 Your weak point (終)

「お前だ――――っ!!」


 声を張ってあきらの鼻先に人差し指を突き付ける。ありがちな怖い話のオチで使われる、究極にベタな締めだ。


 普通なら悲鳴のひとつでも上げて身を竦めるはずの晶は、先程と変わらぬきょとんとした表情のままで首を傾げていた。


「……あれ?」

「はい?」

「びっくりしなかった?」

「あまり」

「そう……」

「それよりも、話がいまいち……」

「うえぇ、伝わってないのか?」

「え? はい」


 せっかくの演出も意味がなかったようである。そういえばこの手の脅かしはさっきさんざん見たではないか。それも一流の監督の演出で、一流の俳優が。勝てるわけなんてないのである。


 がくりと肩を落としつつ、章灯しょうとは観念したとばかりに言った。


「だからさ、俺の弱点はお前だなって」

「……はい?」

「もう存在そのものが反則級なんだよ。普段はツンツンしてる癖に嬉しいことがあると尻尾振りまくりでよぉ。最近じゃマジで尻尾の幻覚見えそうなんだからな。ステージの上だと性別とか吹っ飛ぶくらいめっちゃくちゃ恰好良くていまでも見惚れちまうし。なのに家に帰るとこれだもんなぁ」


 そう言って、シンプルな無地のカットソーの裾を摘んだ。


「これって言われましても、ただのシャツじゃないですか」

「ただのシャツじゃねぇもん。女物のシャツだもん」


 何だか拗ねたようにそう言い、摘んだ裾を軽く振った。ロイヤルブルーのそのカットソーは胸から下に切り替えがあり、裾にかけてほんの少しフレアになっている。襟もスクエアネックになっており、いつもはボタンを開けたシャツの隙間からしか拝めない華奢な鎖骨が、惜しげもなく晒されている。


「俺は、アキのためだって思ったら何でもしたくなっちまうし、アキに嫌われると思ったらすぐにヘタレちまうんだよなぁ。だから例えば、アキを盾にされちまったらどんな要求でも飲んじまうんだろうなって。――な? とんでもない弱点だ」


 へへへ、と力なく笑ってみせると、やっと晶は理解出来たらしく、身体中の血液を頭部に集めてしまったのかと思うほどに顔を赤らめた。ぐわんぐわんと左右に振れているところをみると、やはりかなりの量の血が流れ込んでいるのだろう、たぷんたぷんという音まで聞こえてくるようで、章灯はその危うげな頭部を支えるべく彼女の頬を両手で挟んだ。


「そんで多分、お前の弱点も俺だろ」


 そんな言葉も添えつつ。


 そしてその答えを紡げないでいる唇を塞いだ。どうせ待ったところでYESしか返ってこないことはわかりきっている。この口づけを受け入れた時点で、返事など無意味なのだ。


「声、出しても良いんだからな?」


 息継ぎのついでにそんなことを言ってみる。無論、ちょっとした意地悪ってやつである。晶は少し俯いて、視線をしばらく右へ左へと泳がせたあとで小さく首を振った。


「がっ……我慢します……から」

「ほぉ。そんじゃ、せいぜい限界まで頑張ってくれ。ただ、これだけは言っておく」

「……何ですか」


 何やら恨めしそうな顔で彼をにらみ、囁くような声でそう言う。既に声を出すことに抵抗を示しているのだろうか。


「声を出すまいと耐えてるのも、それはそれでかなりそそる」

「――っ?! 章灯さんっ?!」


 頭から湯気が出るという漫画的表現はきっとこういう状態を差すのだろうと思われるほどに顔を上気させた晶の身体を強く抱き締め、章灯は耳元で囁いた。


「愛してるよ、アキ」


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