♪5 変わらない結末

「……彼らはいまでもあの場所で無念さを訴え続けているのでしょうか――」


 救いも何も無い締め方で最初のドラマが終わり、画面が切り替わる。しん、と嫌な沈黙が流れるスタジオが映され、あきらはごくりと唾を飲んだ。


 良かった。とりあえず、章灯しょうとさんいた。


 この場に湖上こがみがいたら、MCなんだから当たり前だろと笑い飛ばされそうなことを考えながら、晶はすっかり冷めたコーヒーを飲んだ。


 そんな心臓に悪い画面の切り替わりを数度体験し、番組はエンディングを迎えた。


 興味本位でそういったところに立ち入らないように、であるとか、もしもの時は御祓いに行くようにだとか、直立不動の姿勢で章灯はそんなことを述べた。晶は何だかもうぐったりとしていて、彼の右横を流れるスタッフロールだけをぼんやりと眺めていた。CMの合間に作った2杯目のコーヒーはまだ半分ほど残っている。テレビ番組を見てこんなに疲れたのは初めてだった。しかし――、


「章灯さん、本当に頑張ったなぁ」


「絶対に大丈夫だから、俺に任せろ」

「何とかする、絶対に。テレビの前ではこんな情けない姿は絶対に見せねぇ。だから、安心しろって」


 その約束を彼は守りきったのだ。


 あんなに――人の膝に顔を埋め、丸まって震えるほど――怖いのが苦手な、あの章灯さんが。


 別にちょっとくらい乱れたところを見せたって大丈夫な番組内容だった。事実、出演者達――それは主に女性陣だったが――も泣きながらぎゃあぎゃあと騒いでいたし、大御所歌手にしてもちょいちょい奇声を発していたのである。アドリブに強い彼だからこそ、そういった中でも上手くフォローし、時に笑いが零れるような内容になっていたのだった。特にシリアスさのみを求められていたとは思えない。


 それでも彼は終始毅然とした態度でそこにいた。時折顔を歪ませながらも真剣な眼差しでVTRを見つめる様は、むしろ余裕たっぷりの頼れる大人の男性として映っていただろう。それはそれで彼の好感度がまた上がるだけなのだが。


 そのことにいまさら気付いた晶は、彼がこれに出演した時点で、どんな結末でも変わらなかったんじゃないかと思った。


 結局のところ、ファンというのはギャップはギャップで好物だったりするし、平常通りなら通りでその変わらぬ良さにときめく。そして、別にファンじゃなかったとしても、彼を知るものならば同じことは起こりうるのである。自分の夫をそう評するのはやや気恥ずかしいが、それだけ魅力のある人間なのだ、山海やまみ章灯という人は。


 晶はソファの上で仰向けになり、ライトの眩しさに目を細めた。


「馬鹿だな、私は」


 そう呟いて、少し笑った。


「ただいま……」


 またしてもぐったりとした章灯が帰宅したのはそれから1時間後のことである。どうやら、ついうとうとしてしまったらしい晶は、その声で飛び起きた。


「悪い、寝てたか」

「いっ、いえ!」

「飯食った?」

「はい、私は。章灯さんは食べて来ましたか? それとも……」


 何か作りましょうか、と小声で続けた。冷蔵庫には買ってきたばかりの夏野菜がぎっしりつまっているし、乾麺等のストックもある。

 身体を起こし、珍しく早口で畳み掛ける晶に、章灯は少しばかり虚を衝かれたような顔をした。


「ん――……軽く食べたんだけど……、もしアキが作ってくれるなら」

「無理にとは言いませんけど……。軽めのが良いですか?」

「そうだなぁ……肉って何かある?」


 探りを入れるようなトーンでの問い掛けに、晶は勢い良く立ち上がった。ついにこの日が来た、と。


「あ……っ、あります! ローストビーフ! 作ったのは一昨日なんですけど。でっ、でも、大丈夫です! チルドに入れてましたから!」


 章灯の気が変わらないうちにと、晶は早足で台所に向かう。

 先日、行きつけのスーパーで『全国牛肉フェア』なる特売イベントが開催されており、全国各地のブランド牛が並べられていたのである。あっさり軽めの献立に必要のない食材だと、彼女は後ろ髪引かれる思いで通りすぎようとしたのだが――、


 十勝和牛、米沢牛、由利牛、武州和牛、葉山牛、村上牛、信州牛、松阪牛、大和牛、熊野牛、皇牛、千屋牛、土佐牛、いしづち牛、小倉牛、宮崎牛、石垣牛。


 良くもまぁこんなにも全国津々浦々のブランド牛を集めたものである。晶はここの精肉担当の執念と情熱に半ば感動しながら、美しい赤と白のコントラストを眺めた。


「……ん?」


 何気なく通過した『北海道・東北エリア』にどこかで見たことのある単語が目に入って、晶はゆっくりと後退した。


 去年のライブツアーで仙台に行った時、せっかくだからと牛タンを食べようと店に向かったのは良いものの、あまりの長蛇の列に湖上が待ちたくないと駄々をこね、やむ無く二軒隣のしゃぶしゃぶ屋に入った時のことだった。秋田県出身だという女将が切り盛りするそのしゃぶしゃぶ屋『千秋せんしゅう』では、東北各地のブランド牛を取り扱っており、章灯もまた秋田の出身だと言うと、彼女はまぁまぁと顔をほころばせ、それなら、と言いながらメニューを差し出したのである。


「秋田市ではありませんけど」


 少し申し訳なさそうに笑いながらメニューを開き、指差したのは『由利牛』だった。その時の章灯の少年のような笑顔を、彼女は何度でも思い出すことが出来る。


 もしかしたら、これだったら、そんな淡い期待を胸にモモのブロックを購入したのだった。

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