♪11 結果オーライ

 煌々とした蛍光灯の下で、抱き合っている。もちろん、ただただ抱き合うだけではない。何度も唇を重ね合わせ、舌を絡ませていた。この2人にしてはかなり長いことそうしている。


 仕掛けてきたのは、アキの方だ。


 行かないでと懇願され、少し落ち着かせるつもりで軽く抱き締めた。あきらはまた章灯しょうとの胸筋に顔を埋め、今度は優しく頬を擦り付けた。それが何だかくすぐったくて彼女の髪に指を通しながら頭を撫で、さりげなく上を向かせる。眩しそうな顔をして章灯を見つめていた晶は、何かを言いかけて――止めた。そしてその代わりにとでもいうように、閉じきっていないその唇を章灯の唇に押し当ててきたのだった。


 俺はどうしてアキに流されているんだ。


 このまま流されれば行きつくところは1つだ。

 晶の方から仕掛けて来たとはいえ、彼女がその先の展開まで望んでいるのかはわからない。仮に望んでいたとしても、その動機はきっと好ましいものではない。


 ――嫌なことを忘れたい。

 

 酒を飲み俺に抱かれ、それですっきり忘れられるというのならそれでも良いだろう。

 でもきっとそんなにうまくいくもんじゃない。大体の場合、そんなことで簡単に記憶は消えない。

 その上、俺を都合よく使ってしまったと、アキなら絶対に後悔する。

 

「……アキ、電気消すぞ」


 息継ぎのために唇が離れたのを見計らってそう告げる。薄目を開けた晶はまだ嫌そうな顔をしていた。


「アキが明るいままでも良いって言うなら点けたままするけど」


 さらりとそう言って、反応を伺う。案の定、この後の展開は予測出来ていたようで、普段ならここで「するって、何をですか」と聞き返してきそうなものだったが、そんなこともなく、ただ目を伏せただけだった。


「ほぉ、返事が無いってことは、明るいままでオッケーってことだな。うんうん、俺は全然構わない。むしろ嬉しい。さぁて、アキの身体を隅々ま」

「消してください」


 食い気味の返答に苦笑し、額に軽く口付けしてから章灯はベッドを下りた。そしてスイッチを切り、再びベッドへと戻る。枕元の小さなランプを点けると、オレンジ色の柔らかな光が呆けたような表情の晶を照らす。


 章灯は晶の胸の辺りに腰掛け、あえて顔を見ないようにしながら彼女の頭を撫でた。


「アキ、何かあったのか?」


 何かがあったのは長田おさだから聞いている。だけど晶は彼が家に来たことを知らないのだ。当然、自分の身に何が起こったのかも知らないと思っているだろう。


 晶はしばらくの間無言を貫き、ただただ撫でられるがままになっていた。


「……私は嘘つきなんです」


 予想していなかった切り出しではあったが、章灯は黙って次の言葉を待った。


「それに、我が儘です」


 そう言われると確かにそうかもしれない。晶の音楽に対する強いこだわりは、確かに『我が儘』の範疇に収まるものも多々あった。しかしこれはそれを示しているわけではないだろう。


「コガさんは自由でいて良いはずなんです。……なのに、私は」


 そこまで言うと晶は声を詰まらせた。頭の上に乗せていた手に振動が伝わり、彼女が懸命に泣くのを堪えていることに気付く。


「泣けよ、アキ」


 いつもならきっと「泣くな」と言っていただろう。晶も驚いたのか一瞬震えがぴたりと止まった。そして再び震え出す。声は必死に押し殺していたが、時折苦しそうな声が聞こえた。章灯はティッシュ箱を彼女の顔の前に置いてやり、あとはひたすら黙って頭を撫で続けた。


 10分以上はそうしていただろうか、やがて震えは治まり、定期的に聞こえてきたティッシュを引き抜く音も聞こえなくなった。やっと泣き止んだか。それとも泣きつかれて寝ちまったかな。そう思ってちらりと見ると、晶はすまなそうに頭を下げた。


「……すっきりしたか? 我慢すんな、俺の前で。何のために俺がいると思ってるんだ」

「何の……ためって……」

「こういう時にアキを甘やかすために決まってんだろ」

「甘やかすって……子どもじゃないんですから」

「子どもだね。俺より6つも年下なんだからな」

「……たった6つです。もう成人しています」

「成人してるとか関係ねぇよ。大人っつーのはなぁ、ちゃんと限界を考えて飲むもんだ」


 皮肉たっぷりにそう言って晶の顔を覗き込むと、彼女は気まずそうに目を伏せた。


「まぁでも、久し振りにアキからキスしてもらえたし。結果オーライよ」


 章灯が大袈裟に笑ってみせると、急に恥ずかしくなったのか腰にかけていたタオルケットを顔まで引き上げた。


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