♪9 もっとあるだろ

 結局長田おさだはコーラを5分の1ほど残し、「こんだけ置いてっても仕方ねぇから、帰りの道中で飲むわ」と言って、そのペットボトルをちゃぷちゃぷと振りながら出て行った。


「アキのこと頼むな」


 という、最重要任務を章灯しょうとに託して。

 一応彼氏として「頑張ります」と返したものの、正直あまり自信はなかった。


 だってこれはアキの家族の問題だから。果たして俺が立ち入って良いものなのだろうか。


 おまけにこの場合、『家族』とは言っても少々――いや、かなり特殊だ。何せコガさんとアキは血が繋がっていない。


 この『家族』は郁さんも含めて3人。

 この3人を繋いでいたのは、最初は『皐月』という女性の存在。そしてそれは彼女がいなくなった後も3人をきつく繋いでいたはずだ。時間が経ち、もうそれに頼らずとも『家族』の形を保てるようになっても、それを脅かすような事件はきっと何度もあっただろう。それを乗り越え、今日までやって来たのだ。その度に絆を深めて。


 そうして少しずつ少しずつ細い線で描いて来た家族の輪郭は、『血』というもっともわかりやすく盤石なものの出現によって、外側から削り取られようとしているのだ。


「アキ、起きろよ。ちゃんとベッドで寝ようぜ」


 無駄かなとは思いつつも、一応身体を揺すってみる。これで起きれば占めたものだし、起きなければ抱えて連れて行くだけだ。


 起きるか起きないか。いつものあきらだったら確実に起きないであろう状況であったにも関わらず、彼女はうっすらと目を開けた。瞳は充血していて潤んでいる。赤いのは目だけではなく、頬も、そして半開きになっていた唇もだった。


「喉……」


 掠れた声でそれだけ言い、どうにか身体を起こそうとするのだが、腕に上手く力が入らないようだった。


「待ってろ、いま水持ってくる」


 彼女の背中に手を差し入れ起こすのを手伝い、章灯はそう言ってキッチンへと向かった。冷蔵庫からペットボトルを出し、グラスに注ぎながらちらりと様子を伺っていると、晶は呆けたように座っており、時折キョロキョロと辺りを見回していた。


 ――もしかして俺を探しているのだろうか。


 まさかな、とちょっと笑ってから、グラスを持って再びリビングに戻る。


「ほら、飲め。これ飲んだらトイレ行って寝るぞ――……おおぉ?」


 グラスを差し出した手を、ぐい、と引っ張られた。8分目程度にまで注いでいた水はほんの少しだけソファに零れてしまったが、そんなことはどうでもいい。どうせ水なのだ。放っておけば乾く。それよりもいまは――、


「どうした、アキ?」


 章灯の手を引っ張ったのは、自分の方へ来てほしいという思いからか、はたまた、自分から飛び込もうと腕を借りたかったのか。


 もしかしたら後者だったのかもしれないが、不意打ちだっただめに章灯は情けなくもバランスを崩してしまった。グラスを持ったままの右手を背もたれに突き、何とか身体を支えているという状態である。壁ドンならぬ、ソファドンの体勢だ。ソファドンというと何だか音階のようである。とりあえず、右手のグラスを左手で回収し、これ以上零さぬよう慎重に後ろにあるテーブルへ置いた。なるべく体勢を崩さないように、身体中のいろんな筋肉を駆使して。


 だって、いま、胸の中には晶がいるのだ。

 そして彼女は一体どうしたことか、章灯の胸筋に頬をこすり続けている。


「アキ?」


 これは甘えているという解釈で良いのだろうか。

 

 ……いやいや、もっとあるだろ。背中に手を回すとか、キスをねだるとか、さぁ。

 

 

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