♪4 解禁しましょう
「何で父さんはテレビにもっと出ないの?」
「何で父さんは皆が知ってるような人のサポートしないの?」
「ドラムなんて太鼓をドンドン叩くだけじゃん! あんなの誰だって出来るよ!」
「ギターの方が恰好良いのに!」
悲痛な表情で咲の口から語られた
確かにドラムというのは裏方だ。メンバーの後方でどっしりと構え、正確にリズムを刻む。ベースも同じくリズム隊などと括られはするのだが、彼は自由に動き回ることが出来るし、目立とうと思えばいくらでもアピールは出来る。しかし、自分が出来ることといえば身体全体で演奏することと、スティックを回すことくらいである。それをせず、ただ淡々と己のパートを全うするタイプのドラマーももちろんいるのだが。
自分は身体も大きく黙っていても目立つ方だし、それにどちらかといえばかなりアピールしながら演奏する方なのだが、それでも場所が固定である以上限界があるし、第一自分はサポートドラマーなのだ。メインを食うほど目立って良いわけがない。
「絶対恰好良いのに、健次君のドラム」
至極残念そうに咲が呟く。
その言葉が単なる慰めじゃないことは健次郎もよくわかっている。彼女は自分の追っかけだったのだ。
目当ての3ピースバンドのライブ会場にて、彼女は健次郎に出会った。それまでサポートを務めていたドラマーがスケジュールの関係で出られず、彼の先輩である長田に白羽の矢が立ったのである。荒っぽいようで実は正確繊細な彼のバチさばきに、咲は――惚れた。
その後、彼女はというと、5年追っかけて来たそのバンドのファンをあっさりと止め、そのドラマー長田健次郎の熱狂的なファンになった。様々なアーティストのライブに足を運ぶ咲の姿は、友人達の目にはただのミーハーに映っていたが、それもこれもすべて彼がサポートを務めているのだから、彼女からすればこの行動には一貫性があるのだ。そうして追いかけ続け、気付けばこういう関係になっていたのである。
一番のファンである妻からの言葉に、その変わらぬ想いに胸を熱くする。
しかし、これはまた別の問題だ。
愛しい愛しい、それはもう目に入れても痛くないほどに愛しい我が子が自分を認めてくれていない。
その事実に健次郎は酷く打ちのめされた。
自分よりも――それはもちろん晶よりも小さな妻にもたれかかり、声を殺して泣いた。
自分の息子に認めてもらえないなんて。俺はもうダメだ。
「――と、いうわけだそうです」
STUDIO VANESSAのコントロールルームに
「オッさんってそんなにメンタル弱かったのかよ……」
「無理も無いですよ、自分の息子からそんな風に言われたら」
「俺はそんなことなかったからなぁ」
湖上はそう言いながら顎をさすり、ちらりと晶を見る。何せ、彼女は自分に憧れて楽器を始めた口だ。もしかしたら、そんな晶を見ていたから、自分の息子もそうなるのではないかと淡い期待をしてしまったのかもしれない。
「オッさんは勇人君に自分のライブとか見せたことないんですか?」
章灯は晶から無言で手渡されたミネラルウォーターを受け取り、サンキュ、と言ってから湖上に問い掛ける。晶は湖上にも1本手渡してから自分の分を取った。
「見せて……ねぇなぁ、そういえば。なんつーか、ホラ、子どもにロックは早いっつうかよぉ、ジョウソウキョウイク? だか何とかって言って、咲ちゃんの腹にいる時からクラシックとかばっかり聞かせてたからなぁ」
「咲さんがあまり良く思っていないってことですか?」
「違います!」
章灯の沈んだ声を聞いてそれを全力で否定したのは晶である。
「うぉっ、どうしたアキ。そんな声出して」
「すみません」
「アキが謝るこたぁねぇよ。咲ちゃんはなぁ、オッさんのドラムの腕に惚れて押しまくったくらいだから、むしろどんどん聞かせてぇって思ってるはずだ。止めてんのはオッさんの方よ」
「そうなんですか」
「まぁ、その辺は人んちの教育だからな、俺が口出すことじゃねぇし。でも、もう勇人も11だろ? そろそろ解禁したって良いと思うけどなぁ」
はぁー、という2つのため息が重なる。それは章灯と湖上のものだ。ため息を吐き終わり顔を上げた章灯は、ペットボトルの蓋に手をかけたまま押し黙っている晶の姿を目に留め、開けてほしいのかと手を伸ばしかけた。彼のその手が良く冷えたボトルに触れかかったその時である。
「――解禁しましょう」
凛とした、張りのある声だった。
「は?」
「アキ?」
男連中はその言葉に首を傾げる。不思議そうな顔で自分を見つめる男達の視線を受け止め、晶は大きく息を吸った。
「勇人君を招待するんです。来月のアニソンフェスに」
秘密の作戦を打ち明けるかのようにゆっくりとそう言って、彼女はニィっと笑った。
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