♪3 ドリルとショート

「アキ、大丈夫か?」


 京一郎きょういちろうから完全に気の進まないプロデュース業を命じられたあきらは、それからかれこれ一週間ほど、毎日時間を見つけては眉間に深いしわを刻みつつ『パラダイス!』のDVDを鑑賞していた。

 端から見ても苦行としか思えないようなその光景に、章灯しょうとはコーヒーとチョコレートでどうにか彼女の表情を和らげようと試みる。


「大丈夫じゃないです」


 章灯のためならぽんぽんと書き上げられるというのに、自分が認めた『声』の持ち主以外の楽曲となると途端にペースが落ちるのである。少しでもヒントになれば、と近くのレンタルDVD店で片っ端から借りて来たのだが、普段から、キラキラしたアイドルとは無縁の生活を送っている晶にとっては有害な刺激物でしかない。晶は俯いて目頭を抑えた。


「確かにこれはきっついよなぁ……」


 甘ったるそうなスイーツのオブジェに囲まれながら、濃いピンク、ピンク、薄いピンクと、ただひたすらに濃淡の違うピンクで構成された衣装を身につけた5人の少女達が歌い、踊っている。それぞれが異なる髪型をしていて良かったと晶は思った。髪型のような記号的な差異がなければ、自分とは限りなく無縁の世界の住人達を見分けることは不可能なのである。カメラは明るい茶髪を耳の上で2つに結わい、まるでドリルのようにくるくると巻いていた。


「すごい髪だな」


 章灯が独り言のようにぽつりとそう言った時、晶は無意識のうちに自身のさっぱりとしたショートヘアの黒髪に触れていた。章灯はそれに気付き、彼女の手を、その下にある髪ごと包み込むようにして軽く握った。


「俺はお前の髪の方が好きだけど」


 こんな台詞、目ェ見て言えるか、と、あえて視線はテレビ画面に固定したままにした。


「あ……りがとう、ございます……」


 かなり素っ気なく言ったつもりだったのだが、案の定、晶の方ではそれでもかなり『来た』らしく、耳まで真っ赤になってしまっている。その上視線を重ねたりなんてしたら、鼻血を噴き出していたかもしれない。


「し……、しかし、アレだな、ホラ、カメラちゃんのもそうだけど、俺らの方もやらなきゃだし、大変だよなぁ」


 何だかおかしな空気になってしまったのを吹き飛ばすべく、わざとおどけた口調でそう切り出してみる。本業であるロックユニット『ORANGE ROD』はまたアニメのタイアップが確定していたのである。


「今回はゴールデン枠だからなぁ、真面目な歌詞にしないとなぁ。こっちも締め切り結構近いぜ? 頼むぞ、アキ」


 ハハハと笑って晶を見ると、ポカンと口を開けた状態でゆっくりと首を回し、章灯と視線を合わせた。


 そして、すぐに――、

 逸らした。


「……おい、ちょっと待て」


 身体ごと晶の方を向き、華奢な肩に手を乗せる。彼女は、蚊の鳴くような声で「すみません」と言い、上目遣いに章灯を見た。


「……忘れてたのか、もしかして」


 努めて優しく問い掛けると、彼女はすまなそうにこくんと頷いた。


「マジかぁ……」


 まさか、アキに忘れられる日が来ちまうなんてなぁ……とがくりと肩を落とす。優先順位はいつだって最上位だと思っていた。だってアキは俺の声に惚れぬいているのだから。


 自惚れてたのかな、俺。


 すっかり自信喪失していると、晶は勢いよくぶんぶんと首を横に振った。


「ちっ、違うんです! 章灯さん!」

「なっ、何が違うんだ……?」

「あのっ、出来てるんです! 実は!」

「はぁ……?」


……忘れてました……」


 そう言って、晶は両手で顔を覆った。指の隙間から漏れてくる「すみません」を聞き届けてから、章灯は安堵の息を吐き、彼女の身体を包み込んだ。


「ちなみに、出来たのはいつだ?」

「い……っ週間……前……です……」


 どうやらカメラの件で一気に吹っ飛んでしまったらしい。章灯は晶に気取られないように苦笑した。


「さぁて、どうしてやろうか、コノヤロウ」


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