♪4 楽屋にて

「しかし、対決っていってもどうやって……」


 あきらを伴ってカメラの前へ戻り、言い出しっぺである『リンコー』を見ると、なぜか彼は勝ち誇ったような顔で言った。


「視聴者アンケートがあるじゃないですか」


 視聴者アンケートとはテレビのリモコンを使って投票をしてもらうという視聴者参加型のコーナーである。その時のテーマによって3~4つの項目があり、視聴者は自分に該当するものを選ぶ。そして集計の結果、それが最も多い答えだった場合、ポイントがもらえ、たまったポイントは豪華景品の応募券と交換出来るという仕組みである。


「おぉ、ええやんか! やったれ、やったれ。スタッフさん、すぐ準備出来るやろ? AとBだけあればええんやから」


 底抜けに明るい竹田の発言に、他のコメンテーターやスタッフ達も徐々に乗り出す。


 どうして今日に限ってストッパー役の松ヶ谷さんが休みなんだ!


 結局、アンケートの準備が出来るまで次に予定していたコーナーを前倒しすることにし、打ち合わせとして、章灯しょうとと晶は楽屋待機となった。


「何かごめんな、アキ。大変なことになっちまって……」

「良いんですよ。もうこうなってしまったら、やるだけです」


 晶の方ではすっかり腹を括ったらしい。持参していたギターを抱え課題曲の確認をしている。


「しかし対決ったってよぉ、こっちはオリジナルだぞ? 負ける要素なんざねぇだろ」


 湖上こがみはソファにだらしなく座り、缶コーヒーに口をつけた。


「いーや、わっかんねぇぞ? 下剋上ってこともある」

「おいおいオッさんよ、アキだぞ? 天才高校生だか何だか知らねぇがな、天才ならこっちのが先なんだよ」

「そりゃあそうだな」


 煽った割に妙にすとんと納得した長田おさだは顎を擦りながらちらりと章灯を見た。それに合わせて湖上もまたニヤニヤと笑いながら章灯を見つめる。


「なっ……何すか」

「お前は、大丈夫、だよな?」

「大丈夫って……。大丈夫ですよ」


 俺だってプロだ。プロだけど、アキみたいな天才じゃないのはわかってる。でも、これまで第一線でやってきたという自負だってあるんだ。負けるかよ。


「章灯さんは大丈夫ですよ」


 ヴォリュームにそぐわない力強い声が聞こえる。声の主はもちろん晶である。視線を合わせると晶はほんの少し笑った。微笑むとはまた違う、何となく陰りのある笑みだった。


 疲れているんだろうか。やっぱりこんな朝早くから活動するってのはなぁ。


「アキ、大丈夫か?」


 とっくに別の話題で盛り上がっている二人に気付かれないよう、小声で晶に問い掛ける。


「何がですか?」


 それに返す晶の声もまた消えてしまいそうなほど小さかった。


「いや、何かしんどそうだからさ」

「いえ、そういうわけでは」

「そうか? それなら良いんだけど」


 もうそろそろ時間だ。そう思い、ミネラルウォーターで喉を潤してから立ち上がる。


「そろそろ行くか」

「――あの、章灯さん……」

山海やまみさん、AKIさん、そろそろお願いしまーす!」


 何かを伝えようとした晶の声は、勢いよく開けられたドアから飛び出した、元気が取り柄の新人ADの声にかき消されてしまった。


「んじゃ、俺らも行こうぜ。『天才』とやらをとくと拝ませてもらわなきゃなぁ」

「そうだそうだ」


 湖上と長田は、主役よりも先にドカドカと足音を鳴らして楽屋を出ていった。「頑張れよ」その言葉を残して。


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