♪2 MoG
「アキ、会えるぞ!」
――まぁ、靴がある時点でわかってたけどさ。
「会えるって、何がですか?」
いつもの赤いエプロン姿の
「なーにウキウキしちゃってんのかねぇ、俺の『息子』は」
「息子って……コガさん……」
「ん? 間違っちゃいねぇだろ? お前の旦那なんだからよぉ」
「だっ……」
旦那、という言葉を吐き出せず、晶は口ごもる。もう新婚の時期は過ぎたはずなのだが、慣れないのだ、その肩書きに。
手早くうがい手洗いを済ませた章灯は、リビングに戻ってもまだやや興奮気味であった。
「アキ! さっきの話だけど――」
「何だっけな。『会える』って話だったか」
「だな。んで? 誰に会えるんだ?」
身を乗り出してきたのはむさ苦しい野郎二人のみで、肝心の晶の方はいつもと変わらぬポーカーフェイスである。
「高校生ですよ、例の、天才高校生!」
湖上と長田の顔を見ながら、ゆっくりとそう言い、最後に晶の方を見る。ぴたりと視線が重なった時、彼女の目は一瞬大きく開いた。薄い涙の膜でうるうると輝くその瞳に見とれてしまいそうになるのをぐっとこらえる。
「来週の『
『MUSIC TOPIC』は章灯がメインMCを務める朝の情報番組『シャキッと!』の中のコーナーで、その時旬なアーティストに生演奏をしてもらう(最も、口パクの者もいるのだが)という内容である。
「おぉ! あれか、ナントカっつークソ生意気高校生! オッさんも動画見たよな?」
「ナントカって……。
「そんなに生意気なんですか?」
「まぁよっぽど腕に自信があるんだろうぜ。何せ『Man of Genius』の頭文字で『MoG』だからな」
こえぇよなぁ、若さって、と言って湖上はギネスを飲み干した。
動画投稿サイト『My Train』で話題になっている天才高校生『MoG』へ『MUSIC TOPIC』への出演依頼をしたのは、章灯がその存在を知った2日後のことである。
会議に出席した章灯は『MoG』がソロギタリストではなく、トリプルギターのユニットであることをその時初めて知った。しかも彼らは同じ高校のクラスメイトであるという。よくもまぁギターの天才ばかりが集まったものだ。
メンバーはヴォーカルも担当する『うえま』こと上田真菜と、『リンコー』こと林光太郎。そして喜多川健人。ちなみに彼は『健人』のままらしい。
女の子が混ざっているのに『Man』で良いのか、と嘲る声が聞こえた。年配の音響担当である。
「この『Man』は『Human』から取っているみたいですよ。まぁ、女の子は後から入ったみたいだから、後付けなんでしょうけど」
苦笑しながら若いカメラマンが補足する。随分と詳しい。ファンなのだろうか。
とにかく、その天才達に出演の打診をしたところ、二つ返事でOKをもらえたと、まぁそういうことなのだった。
「せっかくだからさ、スタジオに見に来いよ」
そう提案すると、晶は何やら複雑な面持ちである。
「でも……」
「良いじゃねぇか。アキ、俺らも行くからさ。それなら良いだろ?」
「ら、って何だよ! 勝手に決めんなよ、コガ!」
「なーんだよぅ、オッさん。予定あんのか? おい、章灯、来週のいつだ?」
「金曜です。オッさん、別に無理にとは……」
そもそも来てくれとは言ってないんだけど……。
「金曜か……。いや、たーまーたーまー空いてる。空いてるから、俺も行くかー。仕方ねぇーなぁー。たまたま空いてるんだもんなぁー」
必要以上に大きな声で晶の方をチラチラと見ながらそう言う長田を見て、章灯は気付いた。あぁ、ここまでが芝居なのか、と。ただ、致命的に演技が下手だというだけで。
「コガさんとオッさんが行くなら……」
見事、こんなしょぼい餌でも目当ての魚の方はまんまと喰らい付いた。
二人も来るとなって、晶は少しホッとしたような顔をした。いくら章灯がいるとはいっても彼は番組進行側である。極度の人見知りである晶がたった1人で見学というのはかなりのハードルだったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます