♪130 engagement  (終)

 オフはオフらしく、のんびり過ごす。

 ふらりと買い物に出かけてみたり、その途中で文庫を1冊買い、いつもの喫茶店で読んでみたり。ある程度売れてしまうとあきらとデートなんてことは出来ない。2人で並んで外を歩くのはたいていが番組のロケだ。


 今夜はおそらく、ヒレカツとハンバーグだろうな、と思ってみる。ヒレカツは章灯しょうとの、ハンバーグは晶の好物である。何せ、今日は『特別な日』なのだから。


 晶からは『5時までには帰って来てくださいね』と言われている。章灯は腕時計を見た。現在は4時半。そろそろ良い頃だと思って店を出た。



「ただいま」


 そう言って玄関のドアを開けると、案の定揚げ物の香りが漂ってくる。

 リビングのドアを開けると、赤いエプロンを着けた晶が真剣な表情でコンロの前に立っていた。


「お帰りなさい、章灯さん」

「ただいま。今日の飯、何?」

「……想像つきませんか?」

「つくけどさ」


 そう言って笑い、指摘される前に洗面所に向かう。うがいと手洗いを済ませて再びリビングに戻ると、どうやらもう少しかかるらしく、晶はキッチンから出て来ない。


「何か手伝おうか」

「じゃあ、出来上がったものを運んでいただけますか」



 夕食は章灯の予想通りのヒレカツとハンバーグだった。2人共結構良い年なのに好物がお子様だよなぁ、と言うと、晶は少し顔を赤らめた。


 食後には小さなチョコレートのホールケーキを出す。記念日だから、と帰りに買って来たのである。


 せっかくだからとシャンパンを開け、グラスに注ぐ。

 あらかじめ預かっておいた婚約の証を取り出し、テーブルの上に置いた。


「あまりかしこまるのもちょっと違うかもしれないけど」


 などと前置きをして、じっと晶の目を見つめる。


「まだ俺らの方は2年も経ってないけどさ、このまま仲良くやってこうな」

「はい」

「ユニットが落ち着いたら、結婚しような」

「はい」

「……はい、だけじゃなくて、もうちょい何かねぇのかよ」


 章灯は口を尖らせ、拗ねたような口調で言った。


「俺ばっかりしゃべらせんなよなぁ」

「そんな……」


 晶はすっかり赤くなった頬に手の甲を当て、熱を冷まそうとしている。


「あの……、これからも……よろしくお願いします……」

「……後は?」

「えぇ? えーっと……、不束者、ですが……?」

「まぁ、確かに『不束』な部分はある……かな」

「あとは……、あとは……」


 晶は次の言葉を探しておろおろとしている。その様子を見て章灯は脱力した。自然と笑みがこぼれる。


「良い、良い。その方がアキらしいわ。とりあえず乾杯しようぜ」


 そう言ってグラスを手渡すと、晶は困ったような顔でそれを受け取る。


「乾杯」

「乾杯」


 2人のグラスがチン、と音を立てて重なる。

 

 切り分けられたケーキを食べ、出来上がったペンダントトップにチェーンを通した。晶がデザインし、2人で選んだトップだ。身体を動かす度にじゃらりとチェーンが揺れる。


「やっぱり、良いな」


 晶の首にかけられたトップに触れながら言うと、そうですね、と笑った。シャンパンのせいだろうか、ほんのりと染まっている。


 そのまま手を頬に移動させ唇をつけると、晶の頬は一層赤く染まった。これは酒のせいではないだろう。


 いつまでも初心な反応を見せてくれる晶に章灯は苦笑する。


「お前は、いつになったら慣れるんだよ」

「すみません」

「いや、そういうのも良いんだけどさ」

「どっちですか」

「どっちでも良いんだよ、どっちもアキなんだから」


 まったく、出会った頃はただの無愛想な『男』だと思っていたのに。まさかこんなにもお前に夢中になるなんて思わなかったよ、俺は。


 ぽつりとそう呟いて、章灯は再度、ゆでダコのような晶に口付けた。

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