♪125 ハプニング

「広瀬さん、コレは……」


 先ほどの流れで松ケ谷が千晴に尋ねるが、さすがに女子アナが口に出せるワードではない。


「マツ、それはセクハラやで。俺が説明したるさかい。あんな、小さめのライブハウスでやるやんか、ほんならな、最前の子には2人の股間がな、エエ感じに見えるんやと。これはORANGEファンなら知ってて当たり前やで」

「お前いつからORANGEファンになっとんねん」

「そんなんデビュー当時からやがな」

「……で、そのファンの子が見た感じ、AKIさんのはデカい、ということなんやな?」

「こんなほっそい身体やのに、わからんもんやなぁ……」


 そう言いながら竹田はギターで隠れているあきらの股間を凝視する。 


 くそっ、何で俺は自分の彼女の股間が凝視されてるのを黙って見てなくちゃなんねぇんだ!


 章灯しょうとは膝の上に置いた拳に力を込めた。


「しかし、AKI君、ギターで隠してたら確認のしようがないで。ちょっと見せてぇな。男同士やし、エエやんか」


 竹田の悪乗りが始まった。奥にいるスタッフ達も、これは不味いんじゃないか、とそわそわし始める。


 ――決めた! もうこの番組には出ない! 社長に何を言われても良い。露出なんてウチの番組だけで充分じゃねぇか!


 章灯が腰を浮かせかけたその時、晶がすっくと立ち上がった。

 そして、呆然としている竹田の手をつかむと、くるりと客席に背中を向け、自分の股間に当てる。


 客席からは割れんばかりの悲鳴が上がった。


 晶は竹田の手を離すと、また無言で着席しギターを構えた。その表情は晶のことを良く知らない者でも一目で『怒っている』とわかる。


「た……、タケ……、AKIさんめっちゃ怒ってんで……」

「せやな……。ただな、AKI君、めっちゃガチガチやったで。あれ、鉄板でも仕込んでんのちゃうかな」

「何しっかり触ってんだよ!」


 そう言って、松ケ谷が竹田を叩き、いつもの『笑い』に持っていこうと試みるが、そのやり取りで客席から笑いは起こらなかった。まるでお通夜のような静けさである。見ると、ハンカチを握りしめ、泣いてしまった子もいる。今日の客もほとんどが若い女性で、おそらく晶のファンが大半を占めているはずだ。だから、自分達の大事な『AKI様』を汚されたと、許せないのだろう。


 さすがにこの空気は不味いという判断が下されたのだろう、一旦止めよう、という指示が入り、収録は中断された。


 松竹と千晴は別室に呼ばれ、章灯と晶はその場に残される。マネージャーの白石しろいし麻美子も別室に向かった。だいぶ鼻息荒くしていたので、今回の出演自体が無しになることも充分考えられる。


 100人には満たない客を前に、どうしたものかと思っていると、あの2人から解放されてホッとしたらしい晶がぽろりとギターを鳴らした。控えめな、ごく小さな音ではあったが、客の注意をひきつけるには充分だったらしい。泣きそうな顔をしていた子達にもほんの少し笑顔が戻る。そうだ、と章灯は居住まいを正した。


「……お集まりいただいた皆さん、申し訳ありませんでした。僕らも聞いてない企画だったんで、ちょっと感じ悪くなってしまいました。本当にごめんなさい」


 立ち上がり、頭を下げる。ちらりと隣を見ると、晶もぺこりと頭を下げている。


「ですから、ほんのお詫びですけど、1曲歌わせてもらえませんか。イケるか、アキ?」


 そう言って晶に視線を送ると、にこりと笑って頷く。急な申し出ではあったが、承諾してくれたようだ。客席からは嬌声と盛大な拍手が上がる。


「一応宣伝で来てるんで、新曲の『Up To Me !』、聞いて下さい」


 章灯の声で、晶のイントロが始まる。最近ちょくちょくインストアイベントでアコギバージョンを披露しているので、歌詞も頭に入っている。

 曲が終わると、ギスギスしていたスタジオ内も、穏やかな雰囲気に変わっていた。

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