♪101 夢の『跡』
こういうのを何ていうんだっけか。
拍子抜け?
呆気なく?
――いや、違うな。
取り越し苦労、あるいは案ずるより産むが易し……。これかな。
最後まで。
そう言って、それは実行に移された。危惧していた痛みの方はというと、何とか耐えられるレベルだったようだ。晶は緊張から解放されたからか、すぐに寝入ってしまい、どうにか部屋着を着せて、現在に至る。
隣で眠る晶の姿を見るのはもちろん初めてではないのだが、それでも何だか感慨深い。ここまで来るのに1年半以上かかった。同棲カップルにしては長い道のりだったのではないだろうか。
最後まで出来たら言うことがあったんだよなぁ……。
もう1年も前の話である。
約束というほど固く約束したものでもなく、一方的にそう告げただけだ。第一、あの時晶はほとんど寝ている状態だったのだ。だからきっと、このまま言わないでいても良いのだろう。
完全にタイミングを逃した気がするな。
そういえば指輪も何も用意していないし。
――待てよ? そもそもアキって、ダイヤの指輪とか喜ぶんだろうか。
式はどうする?
まさか大っぴらに挙げるわけにもいかないが、俺は長男だし、まるっきり何もしないってのもまずい。
それに、公表すべきなのか……? いや、そんなことをしたらアキが女だってバレちまう。いや、俺はそれでも良いと思ってるけど……。
考えても答えは出ない。そのうちに睡魔も襲ってくる。
さすがに俺だって疲れた。
明日あの2人に相談してみるか……。
「――章灯さん、起きてください」
いつもと変わらぬ晶の声がする。肩をとんとんと叩かれているようだ。まだ寝かせてくれ、そう思いながら寝返りを打って、せめてもの抵抗を試みる。
「章灯さん、何か大変なんです。起きてください」
なかなか起きない章灯に、だんだんと晶の声は強くなる。
何だ? 何が大変なんだ?
言葉は耳に入ってくるものの、まだ覚醒しきっていないために脳が身体を起こせと指令を送らない。
「もぅ、章灯さん! 起きてくださいって!」
ついに晶は章灯の身体を引っ張って無理やり起き上がらせた。さすがにここまでされては脳も覚醒せざるを得ない。
「何だ何だ。どうした……」
寝ぼけ眼で晶を見つめると、彼女はいまにも泣きそうな顔でじっと章灯をにらんでいた。
「大変なんです!」
「大変なのはわかった。何が大変なんだ?」
両手で顔をごしごしとこすり、大きく欠伸をする。鬼気迫る彼女に対し、彼の方では緊張感の欠片もない。それが晶をより焦らせた。
どうにかしてこの危機的状況を伝えなければ。
そう思った晶は章灯の前で勢いよくシャツを捲り上げた。昨日たっぷりと拝ませてもらった白い肌が眼前に迫り、章灯は虚を衝かれた。
「おいおい、朝からか? さすがの俺でも昨日の今日では」
「朝からって何のことかわかりませんが、見てください。何かおかしな痣だらけなんです!」
晶は必死の形相で章灯に訴えてくる。
……が、何てことはない、コレはただの『キスマーク』だ。
そうか、そうだよな。だって知らねぇんだもん、びっくりするよなぁ。
「アキ、大丈夫だ。怪我でも病気でもないから、まず一旦しまえ」
晶は「でも」と言いかけたが、「良いから」と優しい声で諭され、シャツを直した。しかし表情は依然として晴れず、泣きそうな顔のままである。章灯がそれに苦笑しながら隣を指差すと、彼女は大人しくすとんと腰を下ろした。
「昨日言ったろ? 跡をつけるって。それだ」
膝の上に頬杖をつき、横目でニヤリと笑うと、晶は真っ赤な顔で俯いた。
「しかし……、結構はっきりついたなぁ……。アキ、皮膚って弱い方か?」
「弱い……かもしれません……。湿布ですとか、絆創膏を貼ると結構すぐ真っ赤になります」
「そういうのも関係あんのかなぁ。とりあえず、あの2人に見つかったら面倒な事になるから、鎖骨のやつはちゃんと隠せよ」
そう言いながら自分の鎖骨を指差す。晶は慌てて自分の鎖骨を隠した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます