12/1 アドヴェント・カレンダーの始まりの日・後編

 その年の12月1日の朝、アドヴェント・カレンダーは例年通り鎮座していた。真新しい『1』の窓を押し開くと、中には小さなチョコ菓子が入っている。朝ご飯の仕度をしているコガさんの背中に向かって「今日の、食べて良い?」と聞くと、彼は首だけをこちらに向けてニヤリと笑い、「飯食ったらな」と言った。


 クリスマス当日を楽しみにするというよりも、毎日1つだけ食べられるそのお菓子が、何だかとても特別なものに見えて、そっちの方が楽しみだった。

 欲しいものなんて特になかった。姉妹で一生懸命飾り付けをした靴下――もとい、ゴミ袋も捨ててしまった。だって、母はもう帰って来ないのだ。


 何一つ期待しないクリスマスの朝、ほぼ同時に目を覚ました私達は、枕元にある『それ』をしばし呆然と見つめていた。口をぽかんと開けて固まっている私達を発見したコガさんは、してやったりといった表情で「俺じゃねぇぞ」と言った。その言葉の意味がわからず首を傾げていると、「ほい、こっちが俺からの」と言いながら、彼は後ろ手に持っていたプレゼントを私達の前に1つずつ置いてその場にしゃがんだ。サンタがいないと知られた以上、隠すこともないと思ったのだろう。


「信じるか信じねぇかは2人の自由だけどな? それな、昨日の夜に届いたんだよな」

「昨日の夜?」

「ピンポン鳴ったの――気付いてねぇか。爆睡してたもんなぁ、お前達」

「誰が来たの?」

「それ聞いちゃうか、やっぱり」

「もしかして、サンタさん?」

「そう、そのもしかしてだったんだよなぁ」

「サンタさんが私達に?」

「おう、そんで、こんなカードも入ってた」


『あなた達のお母さんから頼まれました。メリークリスマス!』


「お母さん?」

「お母さん?」

「おう、俺も詳しいことはわかんねぇけどよ、皐月、いま天国っつー空のいっちばん高いところにいるからよぉ、向こうでたまたまサンタさんに会ったんじゃねぇか? それで、2人にプレゼントお願いしたんだろ」


 いま思えばそれは、クリスマス限定のサービスで、実際にサンタの恰好をした宅配業者が荷物を届けてくれるというものだった。あのメッセージカードも、その日一緒に過ごせない家族のために考案されたものらしい。でも、私達にはそれで充分だった。


 捨てたと思っていたゴミ袋製の靴下の中には、大きなぬいぐるみやたくさんの絵本、24色の色鉛筆に画用紙、数日じゃ食べきれないほどのお菓子に、可愛い洋服。大人になってから問い質しても、コガさんは断固として「あれは絶対に俺が用意したもんじゃねぇ」としか言わない。確かに彼が選んだにしては可愛いものが多すぎた。だからそれに関してだけはいまだに謎のままである。

 



「あ~~~~! アドヴェント・カレンダーだぁ! 俺、これ好き!」


 子どものような声を上げ、くりくりとした瞳を輝かせて、千尋はまだ布団にくるまっているかおるの元へと駆け寄った。


「ねぇ郁ちゃん! 今日のやつ開けても良い?」

「……どうぞ」

「やったぁ! わくわくするよね、これ。さぁーって、今日は何かなぁ~。――あ! チョコレートだ! チョコレートだよ、郁ちゃん!」


 食べても良い? と聞くのかしら、と郁はそう思いながらゆっくりと身体を起こす。大きく伸びをしてからベッドから出た。


「はい、どうぞ」

「何よ? 食べないの?」

「うふふぅ~、だって郁ちゃんチョコ好きでしょ? それにさ、見て見て、何だかこのチョコ、すっごく高級そうじゃない?」

「高級そうって……。ただのメダルチョコじゃない」

「ちーがーうーのー! もうっ、何だかほら、きらきらしてて特別ーって感じがするじゃん! だから、これは郁ちゃんの!」

「まぁ……ありがとう……」

「ふっふ~、どういたしましてっ。何かさぁ、良いよねぇ。アドヴェント・カレンダーって。『クリスマスまでの何も無い日』も『何か楽しい日』になっちゃう感じ」


 あはは、と笑いながら、彼はいそいそとキッチンへと向かった。どうやら朝ご飯を作るようだ。


「ねぇ、郁ちゃんはいくつまでサンタさんを信じてた?」


 揃いで買ったエプロンを装着しながら、問い掛ける。


「そうね……」


 心のどこかで『彼』を信じていた。そして願っていたのだ。


 いつか、私を寂しくさせないたった一人の人に出会えますように、と。


「最近まで、かしら」


 そう言いながら、キッチンに入り、自分の分のエプロンを手に取る。


「そうなんだぁ。郁ちゃん、かぁ~わいい~ぃ!」

「何て返しても『可愛い』で締める癖に。コーヒー、飲む?」

「飲む飲む~。俺、ブラック~」

「はいはい」


 『彼』が届けてくれたのかもしれない、『奇跡ミラクル』や『幸運ラッキー』の類にいまさらながら感謝をする。


 あなたがいればどんな日だって『何か楽しい日』よ。


 郁は心の中でそう呟いた。


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