♭12 おかしい

 正月休みが終わり、章灯しょうとさんはまた夜中に家を出て行くようになった。

 新年最初の『ホットニュース』はナントカという芸能人の入籍の話題だったが、3度見てもその芸能人の名前は最後まで覚えられなかった。


 いつも通り、昼食の準備をしていると、マネージャーの白石しろいしさんから電話がかかってきた。

 どうやら、レコーディングの日程が早まったらしい。ただ、それは想定内だったので、特に驚きはしなかった。

 それよりも、今日出来たばかりの新曲が間に合うかどうかということを考えていた。まぁ、最悪、ミキシングとマスタリングの日を別に設けているから、その日に録っても良いだろう。

 

 早く渡したいなぁ。

 章灯さんはこれにどんな詞を書いてくれるだろうか。

 

 1時を少し過ぎた頃、ネットで注文していた『歌う! 応援団!』の全巻セットが届いた。

 漫画はあまり読まないが、記念すべき『ORANGE ROD』の初タイアップだ。長く続いているみたいなので、2期を見越して読んでみようと思ったのである。


 確か、章灯さんは、ヒロインの子が可愛いと言っていたっけ。


 ぱらりとページを開いてみる。

 随分と胸が大きい。

 何となく、自分の胸に触れてみる。成る程、自分とは雲泥の差だ。


 4時になり、今日は何を作ろうかと冷蔵庫を開け、食材をチェックする。

 豚肉とキャベツがあるから、回鍋肉にしようか。

 それから、春雨サラダに、冷やしトマトと……。


 肉に下味をつけ、トマトを湯むきして冷蔵庫で冷やす。調味料を混ぜ、春雨を戻し――。


「ただいま」


 いつもより早い時間に章灯さんが帰ってきた。そう思ったので、その通り「今日は早かったですね」と言うと、「今日は、じゃなくて、これからはずっと早ぇよ」という返事である。


 何かおかしい。

 いつもの章灯さんじゃない。


 いつもなら「ただいま」の後は「夕飯、何?」とか「美味そうな匂いだなぁ」と言うのに。

 そうか、まだ夕飯が出来ていないからかもしれない。

 

 その後、いつものようにコガさんが夕飯を食べにやって来た。

 年末は忙しくて章灯さんと夕飯を食べる機会がほとんどなかったので、3人で食卓を囲むのは久し振りである。久し振りすぎて、リビングのローテーブルには3人分は乗らないことをすっかり忘れていた。


 章灯さんが自分の部屋から折り畳みのテーブルを運んできて、やっとすべてを並べることが出来、食事が始まる。


「必要なのは、炬燵じゃなくてもっと大きなテーブルかな……」


 章灯さんがぽつりと呟き、コガさんがそれに返す。今日は章灯さんが珍しく早くて3人分乗せたからだろう、と。

 コガさんのその言葉で、章灯さんは箸を置き、部屋へ行ってしまった。


 何があったんだよ、とコガさんは私に尋ねてきたが、そんなこと自分にだってわからない。


 帰宅時はもっとやさぐれていたというか、荒れていたというか、これからはずっと早い、と言っていたと伝えると、コガさんは仕事を減らされたんじゃないか、と言った。

 そして、章灯さんにおにぎりを握るよう指示すると、あっという間に自分の分を平らげ、帰ってしまった。


 指示通りにおにぎりを握り、温かいお茶も添えて章灯さんの部屋のドアをノックした。

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