♪61 TREE RECORD にて
適当なセレクトショップを2~3件はしごした後でふと思いつき、TREE RECORDに向かう。
そこでふと思うのは、「アキのCDって置いてんのかな」というやつだ。既に何枚も出しているプロであるわけだから、置いてはあるのだろうが、何だか現実味がないのである。
章灯は財布の中から『turn off the love』のカードを取り出した。
これはレジカウンターの上に置いてあったもので、営業時間や電話番号等が書かれている、店の名刺とでも呼ぶべきものである。
「はぁい、お電話ありがとうございまぁす。『turn off the love』でございまぁす」
数回のコールの後に聞こえてきたのは、やけに弾んだ明るい声だった。これは、紗世の声ではない。そして、絶対に
「千尋君だな?」
「そうでぇーすっ。その声は……、章灯さんですね?」
「そうだよ。何だ、店番してんの?」
「ちょっと寄ってみーたーのっ。ねぇねぇ、晶君元気ですかぁ~? ……っいったぁ~」
「ごめんなさい、
電話の奥ではお姉ちゃんひどーい、という千尋の声が聞こえる。
「すみません、こちらこそ、お忙しい時に……」
「いいえ、イベントでもなければそんなに混みませんから。どうなさいました?」
まぁ、アクセサリーの店なわけだから、プレゼントが絡むイベント時は確かに忙しいのだろう。しかし、この店の場合、その忙しさがやや奇異というか……。忙しいのはアキだけというか……。
「あー、えーっと、店内で流れてるCDなんですけど、アキの」
「――え? ああ、はい」
「いまツリレコ来てて、ですね。その……、探してるんですけど、アーティスト名もタイトルもわからなくて……ですね」
ぼそぼそとそう話すと、紗世はふふっと笑った後でちょっと待ってくださいと前置きし、数秒待たせた後に再び話し始めた。
「私もこうやって晶さんのCD見るの久し振りです。ええと、アーティスト名は『AKI』ですね。ローマ字表記です。全て大文字で。それで、タイトルは……『turn off 01 RIGHT HAND』、『turn off 02 LEFT HAND』……、どうやら、シリーズみたいになってますね。全部『turn off』と、番号、それから、身体の一部の名称が付けられてます。ここにあるのは1~5です」
「アイツはどんだけ
「どうでしょう。存じ上げませんけど。でもまぁ、晶さんらしいといえばらしいですよね」
「確かに、アキっぽいですよね。助かりました。ありがとうございました」
「いいえ、晶さんをよろしくお願いしますね。では、失礼致します」
その言葉であっさりと電話は切れた。
そういえば、紗世さんは俺とアキが一緒に住んでることって知ってるんだっけか……? アキから積極的にバラすとはあまり考えられないが……。
と、ここまで考えて、紗世が千尋の姉だということを思い出す。
あぁそれじゃあ、もう知られてんだろうな。千尋君、口、軽そうだもんなぁ。
検索機の前に立ち、アーティスト名で検索を開始する。まぁ、案の定というか、同じ名前の『女性』アーティストが何件かヒットした。
その中から、紗世に聞いたアルバムタイトルを探し出し、地図を確認する。『印刷』をタッチし、出てきた紙を取って、章灯はそれに示された場所へと向かった。
地図に示されたコーナーは、『ROCK』だった。
アコースティックのインストゥルメンタルしか聞いたことがなかったため、正直、意外だと章灯は思った。しかも『あ行のアーティスト』の中に放り込まれているわけでもなく、『AKI』というプラスチックの仕切りまで用意されている。それを見て、しみじみと、自分の相棒がそれなりのキャリアと実績を持った『プロ』であることを実感した。
紗世が言っていた『turn off』のシリーズはどうやらその5枚が全てで、それぞれに『RIGHT HAND』『LEFT HAND』『RIGHT FOOT』『LEFT FOOT』『HEAD』と付けられている。ジャケットはシンプルに白黒の写真で、そのタイトルの身体の部位がアップで写されている。それが一体誰のものなのか、何せまだ『FACE』というアルバムが無いのでわからない。
どうやら店に置いてあるもの以外にもCDは出していたようで、『turn off』と冠していないCDも数枚あった。
『
それから、『
確かにアイツに歌詞を書かせるのは危険かもしれない、と、ずらりと並んだタイトルを見て思う。
タイトルからアルバムのイメージがまったくつかめず、そしてジャケットもタイトルのままだ。しかし、これは逆に聞いてみたくなるかもしれない。それを狙ったのだろうか。
とりあえず、宇宙三部作から『SUPERNOVA』、調味料三部作から『SUGAR』を持ってレジへ向かった。
その後、書店に寄って文庫を1冊買い、喫茶オセロに向かう。
ホットコーヒーを注文してからテーブルの上に買ったばかりの文庫本を出し、読もうかと思ったところでCDの存在を思い出す。
鞄から取り出してビニールを開け、ケースを開いてみる。中に入っているブックレットにもやはり晶の姿はなく、曲名以外の情報もない。ここまで存在を隠して売れるもんなんだろうか、という疑問が沸いたが、晶は以前「いまのところ、アレで食べていけてるんで」と、自分の曲が流れる店のスピーカーを指して言っていた。ということは、まぁ、『食べていける』程度には売れているのだ。顔を隠しても売れるということは、余程中身が良いのだろう。
ブックレットを戻し、ジャケットの裏を見ると、発売されたのは『SUPERNOVA』が2004年で『SUGAR』は2003年である。いまが21ということは、17の時点で既にプロだったというわけだ。
運ばれて来たコーヒーに口をつけ、いまも創作しているであろう晶の姿を想像する。
すごいやつだとは思っていたが、まさか高校生で既にプロだったとは、それでいて、いまも最前線で活動している。つくづくとんでもないやつと組んでしまったと、背中に嫌な汗が流れた。
とにかく、この企画が彼女の経歴を傷つけたりしないよう、人生の汚点にならないようにせねばと決意を新たにし、その『とんでもないやつ』からの連絡が来るまで、章灯は買ったばかりの文庫本を読んで時間をつぶした。
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