共闘
桜緋は苦戦していた。梅妃に指摘された通り、邪気を祓った勢いで城ヶ崎自身の陰まで祓ってしまったら、城ヶ崎圭介という人格が変貌してしまう。今回は細心の注意を払って事に当たる必要があった。
「チッ、本調子ならば、もう少し捗るのに……!」
霊体でも体重は感じる。本調子ではないせいか、酷く自分の身体が重く感じていた。
「動きが……」
重い。疲れてきたのか。まだほんの序の口だというのに。
桜緋は霊体でも得物を手に大立ち回りをしていた。身長の倍はある長さの槍をぶん回し、襲い来る邪気を斬り裂いていく。
死角に入られたら、霊力を放って殲滅する。
普段と変わらない戦い方をしているため、消耗した霊体が本人の意思に反して、もう無理だと悲鳴を上げていた。
「このまま、だと……っ押し切られる!」
桜緋が唸り声を上げ、どうにか邪気を槍で押しやる。しかし、その隙を突かれた。
背後に別の触手が迫っていたのだ。
「しまった……ッ」
「しっかりせい!」
仄かな梅の香りが鼻腔を擽る。次いで、爆風に近い霊圧が邪気に叩き込まれた。
「
「桜の香りがせんのぅ。枯れ果ててしまったのかのぅ……残念至極じゃ」
「……戯言を。今はまだ、蕾なだけだ」
「ならば、急ぎ舞い乱れよ。宴は既に半ばじゃぞ」
「わかっている!」
梅妃の発破を聞いた桜緋は強気に霊力を開放した。
「舞えよ、乱れよ。我が霊気。悪しき凝りを掃討せよ!」
桜緋は自らの霊気に言霊を乗せることで、意識的に操ることが困難である自らの不調をカバーしていた。言霊を受けた霊気は、桜緋の意識ではなく言霊の力で邪気を討ち果たしていく。
梅妃も自らの霊気を更に放出した。今度は風ではなく、桜緋に合わせて霊気の形を梅の花に変化させる。
桜と梅の花が舞い散る空間で、桜緋と梅妃は背中合わせに得物を構える。
「この光景を目にするのは久方ぶりじゃな」
「確かに。最後にやったのはいつだったか」
「確か……真冬が最後ではなかったか?」
「いつ頃の真冬か指定しないと、わからないわよ」
あまりの消耗で、ずっと強張っていた桜緋の口調が少し砕けた。
「そうじゃな……北条の世ではなかったかの」
「そんな前だったか……私の感覚では、豊臣の治世だった気がするけど」
「まあ、良い良い。昔であることは違いありんせん」
「言えてる」
お互いそっと苦笑し、目の前の敵を睨む。
「背中は任せた」
「うむ」
二人は同時に邪気へ踊りかかった。
***
「押し流して!」
水黎の水流が邪気を洗い流し、浄化していく。
「斬!」
千尋もどうにか片手で印を組み、邪気に襲われることを防いでいる。
しかし、この戦場において最も派手にやっていたのは。
「滅ッ!」
印の切っ先に霊力を集中させて、銃弾のように発射。そして、至近距離に迫っていた触手を掴んで、思い切り蹴りを入れた。全身に霊力を高圧で循環させているため、美里の身体に触れるだけでも邪気は弱る。
霊術と体術を一体化させた画期的な戦法であった。
「支部長さん、すごい……」
「これやると暫く術が使えなくなるのよ。霊力の消耗が激しくて。きっと明日から半月はデスクワークオンリーね」
「なら、なんで……」
「体術が得意なのに、使わないのは勿体ないと思わない?」
「な、なるほど」
デスクについてニコニコしている印象しかなかったので、千尋にとってはかなり衝撃的な光景だ。よく見ると、美里の関節部分が仄かに光っている。霊力を一極集中させて、プロテクターの代わりにしているらしい。
富士宮美里。名家の出身は伊達ではない。
相応の実力を身につけている。
「さぁ、桜緋達も頑張ってる。私達も気合い入れていきましょう!」
***
槍と鉄扇。桜と梅。繚乱する花々を咲かせ続ける美しき
彼女らに切り裂かれ、貫かれた邪気の肉片は花弁の合間に飛び散り、消えていく。
「っ、ハ」
「桜緋、大丈夫かえ?」
「……少し、きつい」
「じゃろうな」
今の桜緋は万全どころか、できれば霊体化して休んでいた方がいいくらいだ。千尋から後で霊力を補填してもらったとしても、数日は安静にしておく必要がある。
「しかし、どうしたものかの。この邪気、尽きることがないようじゃ」
「ああ。私も限界が近い。このままだと先に私達が力尽きる」
「何か策はあるのかえ?」
「……考えては、いる」
「やはりの。私が到着するまで何も思考せずに、ただ槍を振るっていた訳ではあるまい。……どんな策じゃ」
桜緋は一瞬口を噤んだ。言うのを躊躇っているのか、口を閉じて迫り来る邪気を槍で突く。
「どうしたのじゃ。ぬしらしからぬ」
「……水黎がいるのだろう?」
「そうじゃ。美里と千尋、水黎で体外の邪気に当たっておる」
「水黎は名の通り水を司る。水黎は全てを包み、悪しきものだけ浄化することができる」
「……なるほどの。確かに、水黎の浄化能力ならば、この少年本来の陰気を残して、邪気のみを祓うことが可能じゃな」
「しかし、これを伝えるには私達どちらかがここから本体に戻る必要がある」
梅妃は桜緋が渋った理由を察した。
この場合、伝令として本体に戻るべきは限界が近い桜緋だろう。しかし、そうなれば水黎が行動に出るまでの間、自分がここで時間を稼いでおくことになる。二人で出てしまっても問題はないが、ここで邪気の様子を見張ることも必要だろう。こちらの行動を悟られて、水黎が動く前に反撃されたら元も子もない。
よって、梅妃は一人で邪気を引き付けておかなければならないのだった。
「……何を案じておる。ならば、早く
「しかし、そうしたら」
「私は問題ないわい。ぬしのように疲れているわけではありんせん。私の霊力は、まだまだ尽きぬ」
苦笑する梅妃の額には、微かに脂汗が滲んでいた。明らかに消耗している。桜緋ほどではないにせよ、一人で時間稼ぎをさせるのはまずいと思うくらいに。
「だが、妃とて」
「くどい!」
梅妃が声を荒らげた。
「やるなら、早くせい!」
桜緋はその言葉で腹を括った。頷いて、瞼を伏せる。
桜緋の霊体が消えていくのを横目で見ながら、梅妃は不敵に笑い、もうひと踏ん張りと言わんばかりに邪気を一気に切り裂いた。
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