第38話 子兎とシープドッグ
「なるほどね……。後ろ暗い事をしていたおじさまは、それ以上綾乃ちゃんを怒らせたくなくて、その場で強い事を言えなくて、目の前の交際宣言を歯軋りして眺める羽目になったわけか。自業自得とはいえ、ちょっと気の毒ね。……それで? これまでの詳しい経過は分かったけど、それがどうしてこのWデートに繋がるわけ?」
喫茶店のテーブルに頬杖を付き、向かい側に座っている弘樹の話を一通り聞き終えた眞紀子は、面白くなさそうに問いを発した。それに弘樹が笑顔で答える。
「そりゃあ、今まで過保護な父親と兄貴に阻まれて男女交際経験皆無の綾乃ちゃんが、祐司と二人っきりで出掛けるのを、恥ずかしがってるからだろう?」
しれっとして言い返した弘樹だったが、眞紀子は眉間の皺を深くしながら怒鳴りつけた。
「私が言いたいのは、どうして私とあんたでペアなのかって言う、根本的な問題よ!」
「いやぁ、荒川と和臣さんに同行を頼んでも良かったんだけど、仕事上ならともかく、デートなんかで荒川と祐司が顔を合わせたら、色々気まずいし雰囲気ドツボだろ?」
そんな事を真顔で言われてしまった為、眞紀子は思わず納得して頷く。
「確かに元カレ元カノだし、洒落にならないわね。……あら? じゃあひょっとして和臣さんと幸恵さんって、今付き合ってるの?」
ふと眞紀子が感じた疑問を口にすると、それに弘樹が苦笑いで答えた。
「和臣さんが猛アプローチ中? この前は職場で、その事で荒川がキレそうになってた」
「気持ちは分かるわ……。あんたもいい加減に諦めたら?」
心底共感する様に腕を組んで頷いてから、眞紀子はテーブルの向こうの弘樹を忌々しそうに睨み付けた。それにめげずに彼が笑って応じる。
「そんなつれないことを言わないで。今日は綾乃ちゃんの為に、我慢して一日付き合って欲しいんだけど」
そこで眞紀子は如何にも嫌そうに顔を顰めてから、不承不承頷いた。
「今日一日だけよ? それに示し合わせて、途中で別れるってのも無しですからね。高木さんは取り敢えず番犬としては認められているみたいだけど、君島のおじさまに、暫くの間はしっかり見張ってくれと頼まれているし」
「はいはい、承知しております」
眞紀子がしっかり釘を刺し、それに弘樹が苦笑した所で、近くの駅で待ち合わせをしたらしい綾乃と祐司が連れ立ってやって来たのが窓越しに見えた。それで弘樹は眞紀子を促して立ち上がり、会計を済ませて二人と合流した。
「眞紀子さん、お待たせしました」
「こんにちは、榊さん」
笑顔で挨拶してくる綾乃と祐司に、眞紀子は一人だけ仏頂面もできず笑顔で歩き出す。
「お久しぶり。じゃあ、行きましょうか。天気が良くて良かったわね」
「はい!」
そうして楽しげに眞紀子と並んで歩き出した綾乃の後ろ姿を見ながら、男二人は苦笑いの表情で囁き合った。
「あ~あ、『彼氏』ほっぽりだして、眞紀子さんと並んで歩いちゃ駄目だよなぁ」
「良いんじゃないか? 如何にも彼女らしくて」
「あれ? 随分余裕じゃないか」
「少なくても、毎回袖にされているお前よりはマシだろう」
「言ってろ」
そう言って苦笑した顔を見合わせた二人は、それぞれのパートナーを捕まえるべく、足を速めて彼女達に並んで声をかけたのだった。
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