パパか恋人かはっきりさせて!

登夢

第1話 義理のオジサンがパパになった訳

6月の朝は早い。4時半ごろから明るくなるけど、ギリギリまで寝ていたい私は窓のシャッターを閉めて、光が入らないようしている。5時に目覚ましが耳障りの悪い音を鳴らす。


起きなきゃ。私は家事をして学校へ行かせてもらっている身、寝過ごすことはできない。手早く身支度を整えると、朝食の準備をする。


朝食は、トーストにマーガリンを塗ってブルベリージャムを少し載せて、牛乳、6Pチーズ、プレーンのヨーグルトにフルーツゼリーを加えて、それとリンゴ。


一人で生活していた時と同じにしてほしいといわれて準備している。健康を考えての献立だとか。私の好みで1人分、別に作るのも面倒なので、これを二人分用意する。


5時半になるとパパが起きてくる。洗面所で歯磨き、髭剃り、顔を洗ってから、パジャマのまま、リビングダイニングで二人朝食。


「おはよう」


「おはようございます」


「パパの今日の予定は?」


「今日は記者クラブとの交流会で遅くなる。2次会まで付き合うから午前様になるかもしれない。夕食はパス」


「了解」


「久恵ちゃんの予定は?」


「学校の友達と帰りに渋谷でショッピング」


「お小遣いはあるの? 足りなければ遠慮はいらないよ。前借りも可だよ」


「ありがとう、十分あるから」


「東京にはまだ慣れていないから、気を付けてね」


「大丈夫、パパこそ飲み過ぎに気を付けて」


パパは6時過ぎに出勤する。最寄の駅は池上線の雪谷大塚だけど、健康のためとかいって、東横線の自由が丘まで約25分かけて歩いている。まだ、若いのにそんなに健康を気にする? 飲み過ぎにもっと気をつければいいと思うけど。


パパの名前は川田康輔、年齢38歳、独身、大手食品会社に勤めていて、役職は課長代理とか。スーツに着替えてネクタイを締めたところは、すごくかっこいい。頼もしくて、私の守護神。


ここのところ楽しそうで機嫌が良い。元々性格は穏やかな方で怒ったことは今まで一度もない。極めて精神が安定していて、言いたいことを言っても軽く受け流してくれて、安心して暮らしていける。ただ、超真面目で男性としてはドキドキ感が無くて少し物足りない。年齢差が18歳もあるとこうなのかな。


パパは義理の叔父さんにあたる。なぜ「パパ」かというと、話は半年前まで遡る。


去年の12月9日、両親が突然の自動車事故で他界した。助手席の母は即死で、義父は2日後に死亡した。私は友人と別行動をしていた。


昼頃スマホに祖母から連絡が入り、事故を知った。病院に駆けつけると母はもう帰らぬ人となっていた。死顔は安らかできれいだった。あまりに驚いて泣くこともできず涙も出なかった。


義父は危篤状態で意識が混濁していた。医師からは内臓が損傷しているので、ここ1~2日がやまと言われた。


義父は意識が朦朧とする中「パパしっかりして」と呼びかける私に気が付くと手を握って「叔父ちゃんを頼れ」と譫言のように繰り返し言っていた。


6時過ぎになって、叔父ちゃんが到着した。「兄貴しっかりしろ」と叫んでいたが、義父の意識が一瞬もどり、叔父ちゃんと分かると「康輔か、どうか久恵を頼む」というのが聞こえた。


義父の意識は段々戻らなくなり、2日後に息を引きとった。涙が溢れて止まらなかった。ただ、泣いてばかりはいられなかった。私が喪主を務めなければならなかったから。葬儀社との打ち合わせなどは叔父ちゃんが全部してくれたが、弔問客からの挨拶は私が受けるしかなく、挨拶を受けるたびに悲しみが募っていった。


葬儀を終えて家に帰り、改めて両親の遺影と遺骨の前に座ると、もう泣く気力も残っていなかった。ただ、一人ぼんやりとしているだけだった。


何日経ったか分からない。これじゃだめだと思うようになってきた。何とかなるわ、でも何ともならないわ、どうしようこれから。そこへ叔父ちゃんから電話。明日、今後の相談のために来てくれるとか。義父は「叔父ちゃんを頼れ」と言っていたけど。


義父は再婚。母はシングルマザーで私を一人で育てていたが、義父の会社でパートとして働いていたのが縁で結婚することになった。義父は実家で母親と同居していたが、結婚を機に、近くに中古の住宅を購入して、家族3人で生活を始めた。


叔父ちゃんとは両親の結婚式の時に初めて会った。


「久恵ちゃん、新しく叔父さんになる康輔だけど、よろしくね」


「久恵です。こちらこそよろしくお願いします」


「久恵ちゃんのような可愛い姪ができてうれしいよ」


義父よりも5歳年下で、私からは年のすごく離れた兄と言った感じだった。私は小さい時からイケメンの男の子が好きになる方だった。義父もイケメンだったけど、叔父ちゃんの方がより私好みだった。


その後は年に1回くらい、叔父ちゃんが帰省した時に会う機会があったけど、会ったのはせいぜい4、5回だったかな。会えば、お年玉やお小遣いをくれた。唯一人の姪だから可愛がってくれたんだと思う。


叔父ちゃんは、義父の会社の負債や家や財産の状況を説明してくれた。義父は実家の家電サービス会社を継いで、細々と経営していたが、死亡により経営が破たんしたとのこと。銀行からの融資残額が4,000万円近くあり、保険金や3人が住んでいた家と祖母が住んでいる実家を売却して、これに充てて整理することになるという。


叔父ちゃんが仕事で世話になった弁護士さんに頼んで、なんとか借金が残らないように収拾できるようで、私にも当面の生活資金が残るという。


両親は実家の祖母の面倒も見ていたが、これもできなくなるので、祖母は食事付・介護なしの高齢者専用住宅に入居するという。祖母は気丈で、会社の始末は私がつけると義父の名義になっていた実家の売却を承諾した。祖母には幾ばくかの預金と祖父の遺族年金があり、叔父ちゃんも面倒を見るので、今後の生活については困らないと聞いた。


「分かりました。叔父ちゃん、ありがとう。両親がご迷惑をかけました」


「いや、それよりも久恵ちゃんの今後の身の振り方について相談しよう。3月に短大(短期大学部)卒業だよね。就職は決まっているの?」


「公務員試験受けたけど不合格だった。銀行の求人に応募したけど不採用で就職活動中。3月までに良い就職先が決まらなければ、パパの会社のお手伝いをすることになっていたけど、こういうことになって」


「住む家がなくなるけど、どうする。就職先も見つかっていないし、良かったら東京のおじちゃんのところへ来ないか? 一部屋空いているから。おじちゃんは兄貴から久恵ちゃんのことを頼まれているから力になりたいと思っている」


「短大の専攻は?」


「コミュニティー文化学科。私、お勉強にはあまり向いてなくて、パパには高校までで良いといったけど『これからは女の子でも大学まで出ておいた方よい』といい、それでは迷惑がかかると断ったけど『お嫁に行く時も今では短大くらいは出ていないと相手の両親が気に掛ける』と説得されて、短期大学部に入ったの」


「久恵ちゃんは何がやりたいの?」


「やりたいことがよく分からないの」


「何がすきなの?」


「しいて言えば、お料理。ママに教えてもらっていたけど。ママは料理が上手で、パパがおいしいおいしいと食べていた。それを見ていたから、私も料理が好きになり上手になりたいと思うようになった」


「料理か・・・」


「これからは女の子も自立できなくてはいけないと思う。兄貴も久恵ちゃんが自立できるようにしたかったのだと思う。東京へ来ても短大卒では大きな会社への就職は難しいけど、派遣社員になれば仕事はあると思う」


「それでもいいけど」


「だけど自立するには、何か手に職をつけるとか、資格を持っていないとだめだ。おじちゃんの提案だけど、好きな料理の勉強をするのはどうかな。東京へ来たら、調理師の学校へ行ったらいい。調理師免許がとれるから。給料は底々だけど、就職口は沢山あると思う。好きなことを仕事にするのが一番よい。好きなら頑張れるし、上手くなる。才能があれば一流にもなれるし、お金は後からついてくる」


「調理師の学校か、料理を基礎から勉強したいから行ってみたい。東京へいきます。お願いします」


「学費はおじちゃんが出そう」


「そんな迷惑かけられないわ。少しだけどお金があるから。住まわせてもらうだけで十分です」


「兄貴との約束を果たすだけだから、気にしないで。おじちゃんにまかせて」


「でもそれじゃー・・・・愛人になって、そのお手当ということでは?」


「ええ!驚かすなよ」


「へへ冗談」


「そんなこといったらだめ」


「ごめんなさい」


「だったら、家事をやってもらうということでどうかな。掃除、洗濯、料理など家事一切。生活費はおじちゃんの負担」


「家事をすることでいいのなら、そう難しくないし、気が楽なので、それでお願いします。おじちゃんの家計は大丈夫?」


「おじちゃんはこの年だから妻子を養えるぐらいは貰っている。久恵ちゃんを扶養家族にするから、税金も安くなる。健康保険も大丈夫だ」


「親身になってくれて、何から何までありがとうございます。よろしくお願いします」


「安心して。おじちゃんは、昔、研究所にいるとき、『乾燥剤』というあだ名があったくらいだから」


「乾燥剤?」


「人畜無害、でも食べられません!」


「そんなことない、とても素敵です」


それから、叔父ちゃんは実家の整理や母親の引越しのために何回か金沢に帰ってきた。そのたびに、叔父ちゃんは私を励ましに家に寄ってくれた。私は3月末までこれまでどおり家に住むことができて、両親の持ち物の後片付けをしながら、短大を卒業した。


◆ ◆ ◆

3月下旬の朝、私の荷物を引越し屋さんに託して、昼前に新幹線で叔父ちゃんと2人東京へ出発した。これを機会に今までのことは忘れようと決心して。


車内でお弁当を食べて、叔父ちゃんの肩にもたれてひと眠り。なんかいい感じ。叔父ちゃんもまんざらでもなさそうでジッとしている。しめしめ、これから一緒に住むのが楽しみ。


東京駅に着いたけど叔父ちゃんはすっかり眠っている。良い夢でも見ているのか穏やかな顔、よだれをたらしている。可愛い。「着いたよ」と揺り起こしてあげる。


東京駅はとても広い。金沢駅の何倍もある。歩いていると人とぶつかりそうになる。人の多いこと。叔父ちゃんを見失うと迷子になるので、スーツケースを引きずりながら、必死で後について行く。


ようやく山手線のホームにたどり着くが、ホームの長いこと。叔父ちゃんはホームをどんどん歩いて行く。


「どこに行くんですか」


「ホームの一番後ろへ。次の乗り換えに一番近いから。ほら電車が来るから気を付けて」


電車がホームへ勢いよく入ってくる。叔父ちゃんは電車を気にもしないでどんどん歩いて行く。電車が止まった。それでも歩き続けている。ついて行くのがやっと。突然止まった。


「乗るよ」


「はい」


「一番後ろまで行きたかったけど、ここまで」


息が切れた。空いている席に叔父ちゃんと2人並んで座る。電車が動き出す。初めて見る東京の街、高層ビルが続く。頻繁に電車がすれ違う。目まぐるしく移り変わる景色に目を取られている。


「次で降りるよ」


「はい」


五反田駅に到着。ここで池上線に乗り換え。エスカレーターでホームへ。ホームはがらっとしていて人が少ない。叔父ちゃんはホームの一番前まで歩いて行く。


「ここが降りる時に一番便利だから」


「ホームでは乗る位置が決まっているの?」


「時間の短縮のためさ。さっきの山の手線のホームは長いから端から端まで歩くと3分くらいは優にかかる。反対の位置で乗車して、乗り換えの場所まで歩いていると、次の電車が入ってきてしまうくらい時間がかかる」


「乗り換えにも頭を使うね」


「4月はじめに新入社員が通勤を始めると駅が混雑する。降り替えの位置が分かっていないから、離れている場所に下車してホーム内を移動する。それですごく混雑する。ただ、1週間もすると次第に混雑がなくなる。乗る場所が決まってくるから」


「人が多すぎるわ」


「地方は働く場所がないから、都市に集まる。都市への一極集中の弊害だ、田舎は閑散としているのに」


電車が入ってくる。一番前の車両の一番前に二人腰かける。


「『池上線』という歌があるけど知ってる?」


「知らない」


「おじさんもここに住んで知ったけど、路線名が歌詞になっていて、いい曲だよ」


二人の近くに乗客がいないので、叔父ちゃんは、これから行く住まいの話をしてくれた。


就職して上京した時の独身寮が、沿線の洗足池駅から徒歩10分ほどのところにあったそうで、今のマンションを3年前に買ったのも何かの縁だといっていた。


会社の独身寮が廃止になり、使うこともなく自然に貯まったお金があったので、老後を考えて見つけた物件で、洗足池駅から2駅目の雪谷大塚駅で下車して徒歩7分のところにあるという。


もう結婚しそうもないから1LDKを考えていたところ、ちょうど売りに出ていた2LDKがあって気に入って決めたそうだ。それで1部屋ゆとりがあったので、私を引き取れたという。


会社が低利で購入資金を貸してくれたのと、母親が援助してくれたので、ローンはあるが僅かで負担になるほどの額ではないそうだ。


雪谷大塚駅で降りると、確かにすぐ前にエスカレーターがあった。駅前は大通りで車の往来が激しい。車の音がうるさそう。


駅から歩いて丁度7分で到着したマンションは大通りから少し住宅街へ入ったところにあった。ここでの車の騒音はあまり気にならない。


叔父ちゃんが、財布をパネルの突起にかざすと、奥のドアを開いた。すごい。「玄関はオートロック」と説明してくれた。


エレベーターで3階へ。ドアを開ける。叔父ちゃんについて恐る恐る中に入る。緊張する。


短い廊下を抜けて奥へ向かうと、ソファー、小さめの座卓、リクライニングチェアー、大型テレビだけのがらんとしたリビングダイニングがあった。


「いらしゃい。ここが我が家です。殺風景だけど、独身の男所帯だから勘弁して」


「よろしくお願いします」


「久恵ちゃんの部屋は中からカギのかかるこの部屋。鍵がかかるといっても、外から十円玉で開けられるけどね」


「おじちゃんは向かいのこの部屋」


「大きい方の部屋を私に? 小さな方の部屋で十分なのに」


「小さめの部屋の方が何でも手が届いて便利だし、落ち着いて眠れると分かったからこれでいいんだ。遠慮しないで使って。クローゼットが大きいので洋服がたくさん入る」


「私、家具や洋服は少ないの。小さいときにママと二人、小さなお部屋に住んでいたから。パパが買った家も小さかった。でも4畳半の勉強部屋がもらえて、とてもうれしかった。私はこんなお部屋に住むのが夢だったの、ありがとう」


「久恵ちゃん、神様は人生を皆平等にしてくれていると思う。小さな部屋に住んでいた人には後から大きな部屋に住まわせてくれる。おじちゃんも小さなときには、風の吹きこむ小さな部屋に兄貴と2人いたんだ。人生悪い時もあれば良い時もある。両親を同時に亡くしたけどまた良いこともあるさ。今を大切に過ごせばいいんだよ」


「うん、おかげで何か良いことがありそうな気がする」


「それから、ここがトイレ。反対側が洗面所で中に洗濯機置き場、奥がお風呂でスイッチを入れるだけでOK」


「すてきなお風呂、私はお風呂が大好きでいくらでも入っていられるの」


「お茶をいれるわ」


「ありがとう」


「コンロは?」


「ガスではなく電磁調理器IH。このマンションはオール電化」


「へー」


「電気代、高くない?」


「それほどでもない。なんせ、昼間はいないから。独り身でずぼらにはもってこい。その上安全だし」


テレビドラマにでてくるような素敵なマンションに住めるなんて、来てよかった。それに私を守ってくれるかっこいい叔父ちゃんと一緒に住めるなんて最高。叔父ちゃんのいうとおり、なにか良いことありそう。


「明朝、荷物が入るから管理人さんに伝えておこう。それから久恵ちゃんの紹介も」


「管理人さん、家族を紹介します。」


「私、妻の久恵です。よろしくお願いします」


「ええ!いやその・・・」


叔父ちゃんは言いかけてやめた。


「なぜ、妻といった。姪じゃないか。管理人さんは驚いていたぞ」


「でも、おじちゃんも訂正しなかったでしょ。なぜ?」


「うーん」


「名前が川田久恵だから妻で!」


「姪でもよかったけどその方が不自然じゃない? 姪と独身男性が一緒に住むのは。娘でもおかしいいでしょ。突然、独り身の男に顔の似てない娘ができて。やっぱり妻が自然に聞こえるわ」


「年の差からかなり無理があると思うけど」


「それから、呼ぶときだけど、おじちゃんは寅さんみたいで、やめたいの。パパと呼んでいい? 呼びやすいから。だって父親代わりなんでしょ」


「まあ、そうだけど、パパか」


パパというと同じ地方出身の同期を思い出すという。研究所の行事に東京出身の奥さんが来ていて、パパと呼ぶので、思わず顔を見て吹きだしそうになったとか。とてもパパという顔付きではなかったそうだ。それからはどこかでパパと呼んでいる声を聴くと思わず呼ばれたパパの顔を見てしまうとのことだった。


「二人だけのときは、パパでいいでしょ」


「他人の前では、絶対にだめだ。顔も似てないし」


「気にするほどのことではないと思うけど」


「確かに父親がわりなんだから、まあ、いいとしようか」


その時、パパは少し照れたような、それでいて少し寂しそうな顔をしたのを覚えている。


「疲れていない? ひと休みしたら、まず、駅の回りを案内しよう。東京の私鉄沿線の典型的な駅前商店街があって、食べ物屋さんもあるし、スーパーも2軒ある。買い物をして夕食を食べよう」


「いいところだなあ。私、東京に住んでみたかったのでうれしい」


「東京に住むって大変だよ」


「おじちゃんも金沢から出て来て慣れるのに髄分かかった。今は地方にもほとんどのものあるけど、東京にしかないものが結構ある。休みの日には東京を案内してあげよう」


「慣れるのに時間がかかるかもしれないけど、おじちゃん、いやパパがいるから安心しています」


「明日は学校へ行ってみよう、専攻はフランス料理にしておいたけど、よかったかな、フランス料理は料理の王道だから、物事やるなら王道をいくべし」


「仰せのとおりに。習ったら家で試してみるね」


「ああ楽しみだ」


帰宅後、二人ともシャワーを浴びて、私は自分の部屋でシーツを換えたパパの布団で、パパはリビングのソファーで就寝。


布団に入ると懐かしい匂いがする。死んだパパの匂い? 兄弟だから匂いが似てるんだ。懐かしい匂いに包まれてすぐに眠りに落ちた。


次の日の朝、私の荷物が2トントラックで届いた。ダンボールが10個程と小さなテーブル、プラスチックの衣装箱、本棚、テレビと布団だけ。


少ないと思っていたけど、部屋に運び込んでもやはり少ない。パパが荷解きと片付けを手伝ってくれるというので、お願いした。


「意外と荷物が少ないね」


「服はママと共用にしていたの。体形がほとんど同じ、靴のサイズも同じで効率的。お金に余裕がないのが身についていたのね。でも便利だった。だから、これがママの遺品。着ているとママに守られているような気がするの」


「今度の休日、洋服を買いに行こう。おじちゃんも買いたいから」


「はい」


私は、大切にしている上半分が鮮やかな赤色の小さいグラスを本棚に飾っていた。


「きれいだね」


「パパが『小さな貴婦人』という名前をつけていたもので、私のイメージにそっくりだからといって、くれたものなの。アメリカ製の古いものだとか。光が当たると、とてもきれいなの」


「この小さな赤いグラスを見ていると、兄貴が久恵ちゃんを愛しく大切に思っていたのか、分かるよ」


「それからこのグラスを使ってください。パパがウイスキーを入れて飲んでいたものだけど、光が当たるときれいよ」


「ありがとう大事にするよ」


次の土日は東京の案内方々、二人で買い物。私の身の回りの小物や洋服、それに化粧品など、パパには私が選んだ若者向けのシャツとズボンを購入。私は薄化粧が好き。母親がそうだったから自然と薄化粧になった。


それから、パパは会社の同じ部の女性に聞いたという表参道のヘアサロンへ連れて行ってくれた。そこで、新しい生活のために気分一新、後に束ねた髪をショートカットにしてもらった。


鏡の中に今までとは全く違った自分がいるのに驚いた。さすが表参道のヘアサロンはセンスがいい。パパの私を見る目が変わった。ジッと私を見ている。男の目を感じる。


「少しはきれいになった?」


「とってもチャーミングだ」


パパはすごく嬉しそうだった。私以上に。


「こんなに買ってもらってありがとう」


「久恵ちゃんは『プリティ・ウーマン』という映画見たことある?」


「テレビで見たわ」


「コールガールが若きやり手の実業家の富豪と知り合い、妻になるというシンデレラストーリー。大ヒットしたけど、あの映画は男の目線で作った男のロマンを描いたもの。素質のある女性を自分好みの理想の女性に育てるという。女性に人気があったけど、男性が見ても共感できる。ジュリア・ロバーツが素晴らしい変身を見せた。映画に出てくるホテルの支配人が今のおじちゃんだ。おじちゃんも久恵ちゃんをもっと素敵な女性にしたい。素敵な男性が見つかるように」


「ありがとう、期待に沿えるかわからないけど」


でも、チョット違うと思う。


◆ ◆ ◆

あれから、もう2カ月になる。学校にも慣れて、家事もなんとかなっている。パパは毎日機嫌が良い。食事もうまいと言って食べてくれている。


パパと私は性格も似たところが多いことが分かった。倹約家で、ものを無駄にしない、無駄なものを買わない、ものを大切にする。でもお金を出すときは出す。「出す必要のないものを出さないのが倹約、出すべきものを出さないのがケチ」とかいっていた。同感。


また、かなりのきれい好き。私も洗濯と掃除が大好き。それから、せっかち。私も相当せっかちだけど。違うところも分かった。パパは几帳面で整理整頓が得意。私は整理や片付けが不得手。でもパパは小言も言わずに片付けを手伝ってくれる。ありがたい。


私にはここでは大切にされている、守られているという安心感がある。新婚生活ってこんな感じ? やっぱりチョット違うかな? ドキドキ感がない? あたりまえだけどHもない!

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