第8話「デート③」
「お姉ちゃんに、手を出さないで!」
クロディウスは目の前の少女を見測る。
自分が放った攻撃魔法を容易く防衛魔法で防いだのは目の前の少女で間違いはない。しかし十歳くらいの少女が自分の攻撃魔法を弾けるなどに理解不能な出来事でありクロディウスはにわかに信じ難い出来事であった。
そしてもう一つ。この少女がなぜ
「お嬢ちゃん、君は誰だい? その青猿を庇うなら君にだって容赦はしないよ」
クロディウスは言葉で脅す。
あくまで脅しだ。
「私はエリシア。青猿ってお姉ちゃんの事? もしそうなら許さない」
「青猿は青猿だよ。その暗くて不吉な真っ青の髪をしている劣等種のことさ」
クロディウスは挑発する。このくらい幼い子供は明らかに挑発だとわかる挑発でも軽く乗ってくれる。
クロディウスはこの少女の実力が見たかった。先ほどの防衛魔法がまぐれなのかどうか、その実力を。
しかし周りの目もあり、幼女に向かって自分から魔法を放つことなどできない。だから誘い挑発する。
「許さない!」
エリシアは怒りで髪を逆立てて魔法を詠唱する。
手のひらに火の粉が集まり炎の塊を形成していく。攻撃魔法『炎弾』だ。
(この歳で攻撃魔法……)
思惑通り挑発に乗ったエリシアが唱える魔法をクロディウスは冷静に観察する。自分よりやや劣るとは言え見事な『炎弾』を詠唱する幼女。扱いが難しい攻撃魔法を十歳程度で使いこなすその魔法センスにクロディウスは思わず感嘆の息を漏らす。
エリシアと言ったか。何処の家の子だ。ここまでの魔法センスならば上級貴族……いや、オレと同じか?
エリシアの手から『炎弾』が放たれる。一ヶ月前よりもずっと質も速度も速いそれは一寸のブレ無くクロディウスに向かって飛んでいく。
クロディウスは左手の魔法障壁を強く貼り、『炎弾』を横から弾く。
速さ、威力は変えず方向のみズラされた『炎弾』は軌道を変え、上空へと打ち上げられた。空へ打ち上げられた『炎弾』は重力によって減速し花火のように破裂し、華やかな炎をまき散らした。
「――まだ足りない。オレを相手にするならな」
確かにこの歳でここまでの攻撃魔法を使いこなすことにクロディウスは素直に賞賛した。しかしクロディウス自身には到底及ばない。彼は三大公爵家の直系として何年も魔法の鍛錬を積んできたこの国指折りの魔法使いであるのだ。
自慢の魔法が簡単に無効化されたのが信じられないのかエリシアは未だに空で弾けた『炎弾』を見上げていた。
「〝惰眠を貪る屍 ヒュプノスの力を持って……」
クロディウスが唱え始めた魔法は睡魔の魔法。エリシアと名乗った少女を怪我させずに無力化するため意識だけを刈り取るつもりだ。
魔法の気配に気づきエリシアがクロディウスの方を向くが遅い。もう防衛魔法は間に合わない。
「……常しえの眠りにつけ 攻撃魔法『睡――」
「――そこまでにしていただけませんか、ハイゼンベルク殿」
執事服を身に纏った男がクロディウスの詠唱を遮った。
魔法は使用してない。ただの言葉だけでクロディウスの詠唱を止めさせた。その男から発する圧力はクロディウスすらも圧倒している。
「お前は……確かリーリエ家の……」
微かな記憶からクロディウスは目の前の執事の事を思い出す。貴族達が集まる舞踏会などで何度か出会ったことがあった。
「覚えててくださいましたか。私はリーリエ家の執事クリストフでございます。そしてそちらの姫様は……」
「なるほどリーリエ家の娘か。ってことは、そうかこの青猿はリーリエ家にいる人質か」
確かにそれならば納得がいく。
リーリエ家に
「左様でございます。どうかここはお引き取りしていただけないでしょうか。ハイゼンベルク殿と言えども正式な手段を持ってここにいる
「……そうだな。ルールを反してないならば咎める理由はない」
クロディウスはそう言うとエリシアとサラに近づく。
「すまなかったな。というかお前らも自分の出自を言えばこんなことにはならなかっただろうに」
「よくわからないけど、もうお姉ちゃんには手を出さないってこと?」
「ああ。理由が無くなったからな」
「じゃあお姉ちゃんに青猿って言ったのも謝って」
「それは無理だ」
クロディウスはエリシアの要求をバッサリ切り捨てる。
「それは今回の件とは何も関係ない。オレが謝るのはお前らに罪がないのに攻撃したことであって、
そう言い残しクロディウスは踵を返して、この場を立ち去った。
エリシアはそれに目もくれずサラの方へ振り返る。
「お姉ちゃん‼︎」
ギュッとエリシアは力が抜けて地面に座り込んだ姉に抱きついた。死ぬかもしれないという恐怖を味わった姉はいつもより小さく見えた。
「お姉ちゃん大丈夫? 怪我ない? 何処か痛くない?」
「うん、大丈夫。…………大丈夫よ」
サラはまるで自分に言い聞かせるようにそう答えた。
「姫様、サラさん。早くここから立ち去りましょう。ここは目立ちすぎます」
ただでさえ目立つ
未だにサラを見て陰口を叩く人は少なくない。
サラとエリシアはクリストフに連れられて商業通りから逃げるように立ち去った。
■■■
「お姉ちゃん、あーん」
エリシアが差し出したサンドイッチをサラは口にする。
しかしその顔は先ほどの件もあってか元気がない。
商業通りを離れたエリシア達は人通りの少ない公園に来ていた。貴族街の端の高台にあり、貴族街を一望できる。また、すぐ近くには貴族街と平民街を隔離するシャルディアの壁があり、公園から下を見下ろすとシャルディアの壁の唯一の通行門が覗き見える。
そんな公園の片隅にあるベンチにエリシアとサラは座って昼食にしていた。
サラは破壊されたフードの代わりに、クリストフが用意してくれたフードを被っている。エリシアの父が用意してくれたものよりは低級だが魔法もかかっているのでないよりはマシだ。
「お姉ちゃん元気出して〜。ほら、むにむに〜」
エリシアはサラのほっぺを掴んでこねるように弄ってみる。しかし、サラは反応すらしない。いつもならこんなイタズラをすればすぐさまに叱ってくる姉が、自分の顔すら見ずに虚空を眺めている事にエリシアは頭にきた。
「もお、お姉ちゃん。せっかくのデートなんだからしっかりして〜」
「エリシア……。ごめんなさい」
「ご・め・ん・じゃなくて〜。私お姉ちゃんに謝ってほしいわけじゃないの〜」
サラだって分かってる。
せっかくのデートの日なのに自分が落ち込んでいたらエリシアだって楽しめないことくらい。
でも、そうだと分かっていてもサラは中々立ち直れずにいた。
リーリエ家の優しさに甘え忘れていた現実。
耳にこびりついた離れない侮蔑の声。
身体に感じる蔑視の視線。
ニヤニヤと蔑む嘲笑。
時間のたった今でもその記憶はサラを苦しめ、呼吸を荒くする。
「うっ……!」
過剰なストレスから嘔吐感がこみ上げてきた。呻きを口の端から漏らし、サラは口を手で抑え体を丸める。
キツイ。
汗がにじみ出て、寒気が身体を襲う。
周囲の音が消え去り世界から置き去りにされた気がする。
また耳に幻聴が聞こえ始める。
自分を指差して嘲笑う声。声。声。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち――
――大丈夫。
体を包み込むような暖かな感触があった。
サラの意識が冷たく孤独な世界から現実へと戻っていく。
エリシアがサラを抱き締めていた。小さな手を大きく広げて優しく包み込むように。
「大丈夫……。お姉ちゃんは私が守るから。私がずっとそばにいるから。だから元気出して」
耳元で囁かれる。
子供らしい声……だが、何故か安心する。いや、何故かは分かっている。
エリシアだから安心するのだ。
いつしかサラの震えは止まっていた。
エリシアが側にいるだけで、気持ちはスッと軽くなる。
「しょーがないなあ。落ち込んでるお姉ちゃんに特別大サービス」
特別大サービスとは?
その疑問を口にする前にサラの頭が何かに押される。
そのまま上半身を横に倒され――何か柔らかな感触が後頭部を伝う。
照れ臭そうにしているエリシアが、木漏れ日に照らされてこちらを覗き見ていた。
膝枕。
「えへへ、よしよーし」
エリシアはサラが身につけているフードの裾を掴み、そっと外す。サラの深い青髪が露わになる。
急にフードを外されてドキッとして、エリシアに抗議しようとサラは口を開きかけるが……。
それより早く、エリシアは露出したサラの青い前髪を掬うように撫でる。
優しく、ゆったりと、まるで子供をあやすように。
「私はね、お姉ちゃんの青い髪も真っ白な肌も大好きだよ。」
…………。
「みんながお姉ちゃんの青い髪をバカにしても私はお姉ちゃんの髪は素敵だって言うもん。みんながお姉ちゃんの白い肌を気持ち悪いって言っても私はお姉ちゃんの肌は綺麗だって言うもん」
カーッと顔が熱くなる。
エリシアは……エリシアだけはサラを肯定してくれる。愛おしく愛おしく愛おしいエリシア。傷つけられたサラの心にその言葉は染み渡り、温かく満たされていく。
「エリシア…………わ、私……」
「何も言わなくていいよ。今は私に甘えて、お姉ちゃん」
その言葉に従いエリシアの太ももにサラは身体を預ける。
エリシアは無言でサラの青髪を優しく撫でる。慈しむように、愛おしむように、姉に対して愛情表現を示す。
「えへへ、お姉ちゃんかわいい」
まぶたを閉じていても、ニコッと笑うエリシアの顔が眼に浮かぶ。
心地よい風の中、エリシアに身を任せて心を落ち着かせる。エリシアの髪を撫でる手がくすぐったくて気持ちいい。
ゆったりとした時間が過ぎていく。
ふと、エリシアが口を開く。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何? エリシア」
エリシアの問いかけにサラが眼を開けると、すぐそばにエリシアの顔があった。
そして、驚く間も無く唇が重ねられた。
「…………」
柔らかな感触が唇に伝わる。
いつものように簡単な、チョンっと触れるだけのキス。
エリシアは口を離して、にんまりと頬を緩ませ耳元で優しく囁いてきた。
「お姉ちゃんが元気になるようにおまじない。私が落ち込んだ時にお姉ちゃんがいつもキスしてくれたでしょ? だから今日は私から」
アン先生に叱られ落ち込んでいるエリシアに、慰めるためにいつもキスをする。キスをすればエリシアはすぐに機嫌が良くなった。
今日はエリシアからサラに。
落ち込んでいるお姉ちゃんのためにキスをする。
唇から伝わってきた愛情。
ああ、私は何で落ち込んでいたのだろうか。エリシアが……エリシアが私を好きでいてくれる。愛してくれる。
サラは閉じたまぶたを開け、エリシアと目を合わせる。
「エリシア……ありがとう」
「えへへ、やっと笑ったねお姉ちゃん」
サラとエリシアは微笑み合う。
「私は貴方が……エリシアが大好き」
「私もお姉ちゃんの事好きー。両想いだねー」
何度も交わした好意の言葉。
落ち込んでる時にお互いが元気になれる。
サラは体を起こし、今度は自分からエリシアにキスをする。お礼と、親愛を込めて。
クゥー
可愛らしい腹の虫が鳴く。
エリシアは自分のお腹を抑え、
「私まだ何も食べてなかったー」
「そういえばそうね」
サラが一切れ口にしただけで放置されているサンドイッチの盛り合わせ。
木陰とはいえ平均気温が高めのシャルディア。
傷める前に早く片付けてしまった方がいいだろう。
「お姉ちゃんお姉ちゃん。今度はお姉ちゃんが食べさせてー」
「ふふっ、いいよ。はい、あーん」
笑顔で大きく口を開けてサンドイッチを頬張るエリシア。
エリシアとサラの二人。幸せな時間がゆっくりと過ぎていった。
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