三章 九龍城塞建築計画
デカダンス組
第24話 破天荒、カカリン
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……カカリン、イデア式についてコメント
翌日、僕はパレードに連れられて、デカダンスが建てる都市の建築予定地へと足を運んだ。即席と聞いていた割にはメチャクチャ広い、スタジアムのような観客席である。使い魔による運送能力を活かすと一日でこんなことまでできるらしい。人はすでにギュウギュウと言っていいくらいに集まっている。
観客たちが見下ろす先にあるのは、まるで統一感のないごちゃごちゃとしたオブジェや建築物が散らばるだだっ広い空間だった。真ん中にはかなり高い塔が、色も塗られぬまま寂しく佇立している。
「ここは元々オブジェの練習場だったのさ」飛行の後遺症でまだゼエゼエ言ってる僕の背を叩きつつ、パレードが説明。「後々破壊されることを前提にして、いくらでも自由に使って良かった土地ってわけ。これからこれを全部撤去する」
「なるほど……」体を起こし、パレードに手を引かれながら僕はヘロヘロと前進する。空はどんよりと明るい曇り空。「でも……げほっ……ただ撤去するわけじゃないんですよね? こんなに人が集まってるわけだし」
「その通り。ここはアートの楽園、物をぶち壊すのだって芸術的によ」
「しかも、廃材からエネルギーまで取り出せると」
「そそ。循環効率半端ないだろ?」
すごいなぁ、瓦斯システム。廃棄物の処理コストの問題までクリアできるのか。
先の座席から、僕らを見つけたフーフーが手を振っていた。隣では監督が昨日と似たような衣装で、眠ったように目を閉じたままぬいぐるみに顔を
「おはようイサミ。なんか、元気ないね」隣に座った僕の顔を見てフーフーが言う。
「空飛ぶの苦手なんだ」苦笑いしながら、チアが踊るための舞台みたいな場所に立っている一人のアーティストを見上げた。
短いスパッツから覗くきれいな脚。雲の描かれたブカブカな長羽織と、ポニーテールに結んだ赤髪をパタパタと風にはためかせている、男らしい風情のアイドルだ。
「よおカカリン」パレードが、後ろからその人に声をかける。「ほら、漢字のクローン連れてきたぜ」
「おう!」威勢のいい……でも、なんとなく可愛い声とともに、カカリンというアーティストが振り返った。当たり前にすごくキレイで、だけど意外に優しい顔をしていた。「お前がミズノか。いい服のセンスじゃねえか」
「はあ」僕は、初日に着せてもらった青いどてらみたいな服をそのまま着続けている。ほどよく和風だし、個性もそこそこ主張できると思ったので、これで通そうかと考えている。
「俺は爆破解体屋のカカリンだ。お前の漢字、しびれたぜ」と、カカリンは長羽織の背中に描かれた”花火”の二文字を僕に見せつけた。「晩餐会で見かけたヒョロガリがこんなイカした文字をこさえるとは、わっかんねえもんだな」
「ははは……」ヒョロガリってほどじゃないと自分では思うんだけど、まあ、太ってるとは言えないのは事実だ。
カカリンは爆破解体のアーティストか。言動といい衣服のセンスといい、いかにも花火師然とした雰囲気である。でも、顔は本当に優しげだ。ゆるい目をした爽やかな体育会系女子、そんな印象。普通に惚れそうになるけど、でも、明らかにこの人は男だろう。
どかっと、パレードが僕の隣に座った。「カカリンはまあ、爆破の神様だな。それ以上に説明することはねえや」
「私も見るの初めてなんだよね」と、フーフー。「映像なら見たことあるけど、でもこういうのは生だと迫力が違うって聞くし」
十分くらい雑談した後に、カラーンと鐘のような音が鳴り響いて、観客たちが一気に静まり返った。始まるようだ。
爆破解体か。目の前に広がるジャンクの規模を考えれば、ただ爆破するってだけでも相当な迫力だろう。いったいどんなものが見られるのか。
ふわっと、カカリンが腕を上げて、同時に大きな金魚が空に出現した。
白とオレンジの混ざり合った瓦斯が、足元を導火線のように這い進んで、凄まじい速度で舞台であるジャンクの群れの中に浸透していく。
それだけでも、相当に派手な景色。
ガタガタと空気の震える音。
ラッパのように、軽快な音がパラパラと響きだす。
ドキドキしてきて、ツバを飲んだ。
何かが、始まる。
アーティストの、作品が見れる。
…………。
やがて、景色にわずかな変化が。
それは、泡。
気泡。
灰色の空を背景に、水中のように、無数の
泡は上り切って、はるか見上げた上空で、割れて落ちる。
溶け出すように。
音。
楽器のように。
弾けるたびに、違う音色。
僕は一瞬にして、その光景に惹き込まれた。あまりにも規模が大きかったからだ。泡の一つ一つが、大きな民家を包み込むほどに、巨大な塊。
それなのに、驚くほど
初めは静かに。
徐々に激しく。
膨れ上がる。
弾けるよりも早く、泡の塊は増え続ける。それにつれ、一時に割れる泡の量も倍々されて、景色が透明な灰色に埋め尽くされる。
風に熱気を感じる。
泡が、湯立つ。
弾ける音色も重なり合い、不安定な叫びのようにアップテンポな和音が、次第次第に張り詰めて。
オブジェが、崩れる。
ひび割れる。
千切れる。
濡れて、焼ける。
あぶくに、燃える。
どこからか緑やオレンジを映す泡の群れは、塔を中心に天を
ある一瞬で、煙となって、頭上遙かで弾け飛んだ。
ファア……アア……アァア……ンンン……。
と。
高い音。
壊れる音。
爆音と呼ぶには、余りにも静かな空気。
静寂と呼ぶには、余りにも張り詰めた振動。
光。
熱。
灰色。
一瞬だけ、完全な沈黙が景色を覆う。
息を呑んだ。
空を埋める灰色の雲に、僕はこの後の景色を予感した。
やがて……天から雨が降り始めた。
いつ始まったかもわからないほど幽かな音が、それを伝える。
緩やかながらも、確かに激しさを増して。
ドッドッドッと、雷が唸る。
黒々と、空が渦巻く。
そして嵐が来た。
激しい豪雨。
破滅の雨。
バチバチと、神の怒りのように、地面を砕き。
地面に散らばった夢の踏み台たちを、容赦なく、叩き潰す。
それはまるで、ガトリング。
撃ち抜かれるたび、破片が空に跳ね、また雨に弾かれて。
爆破の泡。
音も火花も、飲み込む雨。
ありえない迫力だった。
台風の真ん中で、渦巻く雲と壊れていく家屋を眺めているみたいだ。
狂った雨音。
溶けるように、水の中に、すべてが形を
嵐の海……きっとそれよりも、激しい波。
音色が、響く。
ラッパ。
トランペット。
シンバル。
エレキギター。
……ピアノ。
歌声。
響く。
震える。
摩擦。
暴走。
煙。
死。
涙。
烈火。
絶え間なく、心臓に轟く。
鼻の奥がしびれてだして、目の奥が、涙腺が、無理矢理に揺すぶられる。
全身に
溶け出した色。
グレイに呑まれ。
何もかも。
悲鳴のような、歓喜のような、音階もリズムも超えた歌声が、中央で鳴り響く。
火のない焦土。
濡れた焼け野原。
泡が生まれて、消えて、立ち昇るわずかな煙。
雨雲に届き、溶け出して。
目に見えないほど緩やかに、それが雨脚を弱めていく。
消える音。
散る歌声。
遠く。
風。
涙。
ピアノのようにか弱い音だけ、
淡い光が、平らになった大地を照らす。
あれほど積み重なっていたオブジェは、今や影も形もない。
焦げた水。
涙のように流されて。
何もない。
照らされた中心に、オレンジの花。
恐らくは、カカリンの瓦斯。
静寂。
瓦斯がゆったりと、カカリンの頭上の金魚の口へと吸い込まれていく。
かすかに。
だけど、おびただしい量。
嵐のように。
余韻を、埋め尽くす。
霧。
霧。
オレンジ。
この破壊の点数。
カカリンの、魔力。
……やがて。
泡一つ。
かつて、塔があったはずの真ん中で弾け、ピーンと糸の切れるような音。
それが終わりの合図だった。
「……はっ」
声が漏れて。
殴られたみたいに息を吸う。
喉が震えている。
体が悲鳴を上げている。
汗が、いきなり吹き出した。
そこから先のことは、キチンと覚えていない。とにかく、
僕は、心音が死ぬんじゃないかってくらいに早鐘を打っていた。
立ち上がったパレードが、カカリンとハイタッチしてるのが見える。監督も拍手している。
フーフーと僕は、ぼおっとしたまま涙を流していた。
感動……じゃあ、多分ない。
これはもっと原始的で、物理的なもの。
涙腺を、空間ごと無理やりぶん回されてしまった、そんな感じ。
「いやー、やるなあ、カカリン」パレードは上機嫌だ。
監督は黙ったままだが、存外素直な態度で手を叩いている。
「気持ちえがったぁ」カカリンは気持ちよさそうにガハハっと笑っていた。「雨、たまらんね。見ろよ、まっ平らだ。キレイなもんさ」
僕はなんとか、隣のフーフーにだけ届く声で、呟いた。
「すごかったね……」
「やっぱりアーティストってすごいわ」フーフーは、涙を拭ってそう答えた。「爆破なのに……雨だって。信じらんないセンス」
全く、同意しかなかった。爆破と言われて僕が想像した、花火のように色とりどりのありきたりな破壊の光景は、今や残骸を溶かし尽くしたあの雨に打ちのめされて、水として灰色の地面に流されている。
この世界は……嵐まで、作り得るのか。
魔法の技術と、楽園のセンス。
全てが凝縮された大破壊だった。
初めて見た、アーティストの
見上げた先で、胸をそらし笑っているカカリンを前に、僕は決して越えられない壁を見た。
……アーティストってのは、目指してなれるものじゃないんだな。あの人と同じラインに立つのは絶対に無理だ。景色ですら、音ですら、僕の
「よおよおミズノ」
軽快な声とともにカカリンが、僕の前に軽やかに飛び降りた。血走った目に恍惚が宿っていて、さっきとはまるで別人なくらい印象が違った。「お前、今の情景を表す漢字ってやつ考えといてくれよ、タイトルにすっから」
「いやぁ……荷が重いっすよ……」僕は首を振る。
「謙遜すんなって、頼むから、な? な?」
謙遜?
謙遜なものか。
心からの、言葉だった。
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