未定

伊丹憲

第1話

A PM17:00

1時間前よりも、雨脚は強くなっていた。フロントガラスを打つ雫は、時折強い音を立て、車内の静寂の邪魔をした。雨垂れ石を穿つというが、もしかするとガラスも割られてしまうのではなかろうか。つまり、そういう下らないことを考えてしまう程には暇だった。何やら随分先で工事をしているらしく、少し前まで雨の中をすいすい泳ぐように進んで来たのに、まるでクロールが犬かきになってしまったよう。


佐竹は、控えている仕事の緊張感からか、苛立ちを抑えきれなくなる自分を自覚し始めた。こうなったのは誰のせいなんだ、と無性に人の所為にしたくなる。結局、人に責任をなすりつけるのが楽だという事は、誰もが思っている。その証拠に、一国の長というのは中々退かない。切られても、首の皮一枚でもその優越感に浸りたがる。出発前に見たワイドショーでは、しきりに総理大臣の責任を追及する野党の姿が写し出され、思わず声を出してやじを飛ばそうと思ったほどだ。


そうして思考は内面に流れていく。中学校や高校、大学、かつて所属していた社会集団で、自分が何を為したか、何に苦労したか、その集団でどういう地位を築いていたのか。そういった思考は雲のように流れ、水蒸気の如く霧散し、現実に引き戻される。けれども、過去から呼び起こされた失敗だけが雨になって降ってくる。無論、失敗というのは取り返す事は出来ない。それを覆す成功を収め、自分の整合性を取る。最後には今が一番だ、ということを再確認する。生きるために必要なプロセスであるのか、死にまいとする防衛本能であるのか。そこまで考えて、ようやく落ち着き、佐竹は微笑んだ。


そうしているうちに、車は工事現場らしきところまで近づき始めていた。辺りは暗くなり始め、街灯も点灯し始める。六車線の道路、工事現場の橙色の光、車の赤い光、街灯の光。白い車、黒い車、赤い車。様々な物、様々な色がひしめき合い、怪しい雰囲気を醸し出していた。もうそろそろ通過出来るだろう、そう思っていた矢先、衝撃的なものを見た。いや、衝撃的だったのはおそらく私に限ってのことだろう。

車に死体が積まれていなければ、警察官にご苦労様です、と声もかけていたかもしれない。

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