俺より強いよ?
俺たちが通された客室に、一人の侍女さんが入って来た。
その侍女さんは、俺たちに向かって深く頭を下げると、この部屋に来た目的を告げる。
「ミレーニア王女殿下がおみえになられました」
俺がその侍女さんの言葉に応じた後、再び客室の扉が開く。
「お久しぶりでございます、シゲキ様、カスミ様。お変わりないようで、私も安心致しました」
どこまでも晴れ渡った空の色のドレスを着た、美しい女性が見事なカーテシーを披露する。
アルファロ王国第二王女であるミレーニアさんが、ふわりと柔らかく、そして優雅に微笑んだ。
俺と香住ちゃん、そしてビアンテとミレーニアさんが、向かい合って座る。
そういや、この部屋って前にこの国に来た時にも通された部屋だよね。調度品とかに見覚えがある。
この前ここに来た時は、こうしてミレーニアさんたちと向かい合っていながら元の「小世界」へと戻ったんだっけ。こうして二人と改めて対面しながら座っていると、何となくあの時の続きのような気がするね。
「それでシゲキ様。本日はどうされたのですか? もちろん、理由などなく来ていただいても、我が国はいつでも大歓迎致しますが」
ちょっぴり首を傾げつつ、ミレーニアさんが問いかけてくる。
俺は先程ビアンテにした説明を、もう一度ミレーニアさんにもする。
「まあ、シゲキ様やカスミ様と敵対するようなものたちが存在しようなど……信じられませんわ」
「師匠に敵対しようなど、まさに神々に歯向かう悪魔の所業……絶対に許してはなりません!」
拳を握りしめ、まるで我がことのように力説するビアンテ。確かに、あの「害虫」たちは悪魔のような存在だよね。いや、下手をしたら悪魔以上にたちが悪いかもしれないけど。
「それで、俺の知り合い……というか上司とも言える人が、そいつらと対抗するには、俺が出会った人たちとの絆を深めることが重要だと言ったんだよ」
「それでわたくしに会いに来ていただいたのですか? もちろん、大恩あるシゲキ様のお力になれるのであれば、このミレーニア・タント・アルファロ、どのような協力も惜しみません」
にこやかに微笑みながら、ミレーニアさんはそう言ってくれた。
「もちろん、このビアンテ・レパードも、先程申し上げました通り師匠の力となりましょう!」
そんなミレーニアさんに負けまいとするかのごとく、ビアンテが勢いよく言う。
うん、二人ともありがとう。何の見返りもないというのに、俺に力を貸してくれる二人の気持ちが本当に嬉しい。
店長の言っていた絆を深めるって、きっとこういうお互いを思いやる気持ちのことを言うんだろうね。
「しかし、シゲキ様の上司にあたるお方ですか……それってやはり……」
ふと、何かを考えるような素振りを見せるミレーニアさん。まあ、俺の上司──バイトであっても上司は上司だよね?──である店長は、魔術師の末裔なんてとんでもない人だし、ミレーニアさんも興味があるのかもしれない。あと、社長令嬢でもあるし。
「はい、私も興味があります。師匠の上司ともなれば、まさに軍神や剣神であられましょう」
いや、それは違うぞ、ビアンテ。あの人は魔術師だから。
ビアンテの言葉に心の中で返事をしつつ、俺は出されたお茶に口をつけた。
その後、しばらくは互いの近況などを報告し合う。
俺と香住ちゃんには、特に変化はないこと。正確なことを言えば、正式に恋人関係になったことが挙げられるけど、この前この国に来た時に夫婦であると言った手前、それを報告することはできないわけで。
そして、ミレーニアさんやビアンテも、特に変わったことはなかったようだ。
ミレーニアさんはこの国の王女として、そして、ビアンテは騎士として毎日忙しい日々を送っていたらしい。
あ、そうそう、この前来た時に知り合った、ミレーニアさんの親友であるマリーディアナさんも元気だそうだ。王太子であるクゥトスさんの婚約者として、下手をするとミレーニアさんよりも忙しいぐらいだとか。
「生憎と、マリーディアナは本日登城しておりませんが、明日にはこちらに来ると思います」
「ああ、それなんだけど……この前同様に、今日も夕方ぐらいまでしか滞在できないんだ」
「まあ……そうなのですか? 今度こそ、お二人にはこの国にごゆっくり滞在していただけると思いましたのに……残念ですわ」
頬に片手を添え、小さく落胆の溜め息を零すミレーニアさん。
その気になれば、三日ぐらいこちらに滞在することもできるけど、さすがにそれは無理なんだ。主に香住ちゃんの門限の関係で。
香住ちゃんの家族は俺のことを凄く信頼してくれている。だから、その信頼を裏切るわけにはいかないんだよ。
「では、師匠の限られた時間、僅かなりとも私にいただけますでしょうか?」
ずいっと上半身を乗り出し、ビアンテが聞いてくる。うん、分かっていたさ。こいつがこういうことを言いだすのは。
ビアンテと手合わせするのは、俺にとってもいい修行になる。敵の存在が明確になった以上、少しでも俺の地力を上げるのは重要だろう。
「ああ、こちらからお願いしたいぐらいだ。後で少し付き合ってくれるか?」
「もちろんです!」
ぱあああああ、とビアンテの顔が輝いた。まあ正確に言うと、彼に稽古をつけるのは俺じゃなくて聖剣先生だし、逆に俺がビアンテに教えてもらう立場なんだけどね。
「あ、あの、できれば私もご一緒させてもらってもいいですか?」
と、横からそう聞いてきたのは香住ちゃんだった。
「ビアンテさんとの稽古は、私にとっても有意義でしょうし……駄目ですか?」
ああ、なるほど。剣道少女である香住ちゃんにとって、本職の騎士であるビアンテの手合わせはこの上ない有意義な経験になるだろう。
聖剣の分身を使えば俺以上に動けるのだから、怪我をする心配もまずない。
仮に怪我をしたとしても、エルフのエリクサーがあるから問題ないだろうし。
ビアンテも「どうしましょう?」と言いたげに俺を見ている。
「いいけど、無理だけはしちゃ駄目だよ?」
「はい! ありがとうございます、茂樹さん」
と、嬉しそうに香住ちゃんが破顔する。うう、その笑顔がすっげえ眩しい。
「というわけだけど、ビアンテもいいかな?」
「私の方は問題ありませんが……こう言うのは失礼かもしれませんが、奥方様はどの程度剣を扱えるのでしょう?」
うん、その疑問はもっともだ。ビアンテとしては、香住ちゃんに怪我をさせたくないのだろう。でも、そんな心配は無用なのだよ。
「大丈夫。彼女は俺より強いから」
「は……はい? し、師匠よりも……………………えええええええっ!?」
俺がそう言った途端、ビアンテは目を見開いた。
それからしばらく経ってから。
俺とビアンテは、以前と同様に練兵場で向き合った。
手にはそれぞれの得物。当然、俺は自分の聖剣を持っている。
対するビアンテの手にも、一振りの長剣。ん? あの剣って、初めてビアンテと出会った時に、邪竜王の財宝の中から彼が持っていった剣じゃないかな?
俺の視線に気づいたのか、ビアンテがにこりと笑いながら手にしていた剣を軽く掲げた。
「師匠の神剣を相手にするには、これぐらいの業物が必要でしょう……では、参りますっ!!」
そう宣言した直後、ビアンテの体が消えた。いや、消えたと思うぐらいの速度で、剣の間合いへと飛び込んだのだ。
俺の左側から、鋼色の強風が襲い掛かる。もちろん、その強風の正体はビアンテの剣である。
ちょっと前の俺──聖剣と出会う前の俺だったら、きっとビアンテの接近にさえ気づけなかっただろう。ましてや、彼が振るう鋭い剣筋など、感知さえできなかったに違いない。
だけど、俺もいくつもの修羅場を潜り抜けてきた。そのほとんどが
そして、俺が気づいたのだから、聖剣先生が気づかないはずもなく。
左から襲う刃を易々と弾き上げ、今度はこちらからビアンテに斬りかかる。
俺だったら到底避けることなどできない斬撃を、ビアンテは軽く避けてみせた。うん、王国最強は伊達じゃないね。
数歩後退して、剣の間合いから抜け出たビアンテが、俺を見ながらにこりと笑う。それは一切の邪気のない、心底嬉しそうな笑みだ。
「さすがは師匠。続けて参りますっ!!」
その宣言通り、ビアンテの連撃が俺を襲う。
上から、右から、左から。時には下から剣撃が襲いかかってくる。
だが、速く重いビアンテの攻撃を、俺……じゃなかった、聖剣はことごとく受け止め、受け流し、そして攻めるビアンテの僅かな隙をついて反撃する。
しかも、それを全て片手で行うのだ。標準的な日本人でしかない俺に、ビアンテの豪剣を片手で受け止める筋力があるわけがないから、俺には理解できないような高等技術でビアンテの剣の衝撃を軽減しているのだろう。それとも、聖剣が何らかの強化を俺に施しているのか。そんなことができるなんて聞いていないけど、俺の聖剣は結構何でもありだからね。
改めて、俺の聖剣の凄さを思い知らされましたよ。ええ。
「…………く…………」
自ら繰り出す剣を軽く受け流す──ように見える──俺に、ビアンテが悔しそうに顔を歪め、ぎりりと歯を食いしばる。
だけど、俺には分かる。今のビアンテは、以前よりも更にその腕を上げていることに。
もちろん、素人の俺が感じたことだから、実際にどの程度ビアンテの剣が上達したのかは分からない。いや、素人の俺にも分かるぐらい、ビアンテの実力は上がっていると言うべきか。
以前に手合わせした時よりも、今のビアンテの剣は確実に速度も重さも増している
本当、こいつは凄い奴だ。この前この国に来た時からまだ一ヶ月ぐらいしか経っていないはずなのに、ここまで違いが実感できるなんて。
まあ、一ヶ月というのは俺の感覚であり、こっちの「小世界」ではどれぐらいの日数が経過したのか不明だけど。
それでも、僅かな期間ではっきりと分かるぐらい、ビアンテはその実力を増している。きっと、俺なんかでは想像もできないぐらい濃密な鍛錬を重ねてきたのだろう。
「凄いな、ビアンテは」
「は? え? し、師匠?」
思わず零してしまった小さな俺の呟きを、どうやらビアンテの耳は拾ったようだ。
ぽかんとした顔で動きを止めたビアンテに、隙あり! とばかりに聖剣が襲いかかる。
稲妻のような速度でビアンテの剣を弾き飛ばしたかと思ったら、その切っ先をビアンテの喉元に突きつけた。
聖剣先生、意外とえげつないです。
そして、喉元に剣先を突きつけられたビアンテは、数歩後ろに下がるとその場に跪いて深々と頭を下げた。
「参りました! そして、ありがとうございました、師匠!」
潔く負けを認め、再び顔を上げたビアンテの表情は。
剣を合わせていた時のやや悔しそうなものとは打って変わり、なぜかすごく満足そうだった。
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