依頼



「よう、久しぶりだな、《サムライ・マスター》」

「元気そうじゃないか、《サムライ・マスター》」

「また会えると思っていたぜ、《サムライ・マスター》」

「ところで、隣の可愛い女の子は誰なんだ、《サムライ・マスター》?」

 えっと……どうして、《銀の弾丸シルバーブリット》のみんなは、俺のことを《サムライ・マスター》って呼ぶんだ?

 ブレビスさんと再会した俺は、彼に案内されて《銀の弾丸》が本拠地にしているビルの中に通された。

 ちなみに、ブレビスさんは近所に煙草を買いに行くつもりで外に出たところ、俺がいてかなりびっくりしたらしい。

 ってか、この時代でも近所に煙草を買いに行くんだな。俺としては、そっちの方がびっくりだ。

 あ、これは後から聞いたことだけど、この世界の「煙草」ってのはやっぱり合成品らしい。もちろん本物の葉を使った物もあるけど、それは相当高価なんだそうだ。この世界では植物がかなり貴重らしいので、一般的な煙草はやっぱり合成品なんだとか。

 みんなから《サムライ・マスター》なんて呼ばれた俺は、当然ブレビスさんを見た。そのブレビスさんもまた、にやにやしながら俺を見ていたけど。

 ブレビスさんの説明によると、以前俺がこの世界に来た時のデスグリズリーと戦った映像が残っていたそうなんだ。

 で、それを《銀の弾丸》のみんなが何度も見て、マークの奴が「シキは《サムライ・マスター》だ!」とか言い出したらしい。

 何でも、デスグリズリーの首を一刀両断したことで、俺が凄腕の剣士だと思ったみたいだ。しかも、俺は東洋人だから侍の子孫で、単なる「凄腕の剣士」じゃなくて「凄腕の侍」だろう、と。

 それ以後、俺は《銀の弾丸》の仲間内ではすっかり《サムライ・マスター》で通ってしまっているとか。

 マークの奴、よりにもよって何てことを言い出すんだ? その話を聞いて、香住ちゃんまでくすくすと笑っているし。

「……そこまで笑わなくてもいいだろ、香住ちゃん……」

「ご、ごめんなさい。で、でも、茂樹さんが《サムライ・マスター》…………うふふ、恰好いいじゃないですか」

「止めてくれよ。俺が本当はそんな大層な奴じゃないって知っているだろ?」

「はい。私だけは本当の茂樹さんを知っていますから、安心してくださいね」

 うーむ、何を安心すればいいのやら。でも、俺を見る香住ちゃんの目が、何かすっげえ慈愛に満ちているというか、優しいというか……うん、これはこれでいいかもしれない。

 と、俺と香住ちゃんが話しているのを、すぐ近くでにやにやとしながら見ているおっさんがいた。

 もちろん、ブレビスさんである。

「くくく、シゲキも隅に置けないねぇ。まさか、おまえさんにこんな可愛い恋人ステディがいたとはな。ところで、こっちの彼女もおまえさんと『同類』ってわけか?」

 そういや、ブレビスさんとその娘であるセレナさんには、俺がこの世界の人間じゃないって説明してあったっけ。

 そのブレビスさんからしてみれば、同じ東洋人で俺と親しい女の子がいれば、当然俺と「同類」だと思うだろう。

「ええ、彼女も俺とです」

 だから、俺は正直に答えた。ブレビスさんなら、決して悪いようにはしないだろうし、正直に話しておいた方がいろいろと便宜を図ってくれるだろうしね。

「そうか。んじゃま、シゲキと同様に歓迎しねえとな。ところで、彼女の名前はなんていうんだ?」

「わ、私は香住っていいます。えっと、こっちだとカスミ・モリシタです」

 あ、この世界では夫婦って設定はナシでいくのね。ちょっと残念だけど、「恋人」って設定はイキだよね? ね?

 はぁ。早く設定じゃない本物の恋人になりたいものだよ。そろそろ、本気で告白を考えようかなぁ。でも、なかなか踏ん切りが……。

 って、今はそれよりも優先しないといけないことがあるじゃないか。

「それでですね、ブレビスさん。今日こちらにお伺いしたのは、ちょっとお願いがあって……」

「何だよ、改まって。他ならぬ《サムライ・マスター》の頼みとあっては、断るわけにはいかねえだろ? 遠慮なく言ってみな」

 にかりと男臭い笑みを浮かべるブレビスさん。幸田の爺さんのお孫さんである福太郎さんも洗練された社会人ってイメージで恰好いいけど、ブレビスさんも別方向で魅力的な大人だよな。

 俺もいつか、二人のような魅力的な大人になれるといいな。



 俺の頼みごととはもちろん、香住ちゃんの装備を手に入れることである。

 後、俺のジャケットの修理もしたいんだ。ほら、エルフの森で遭遇した白いイモムシみたいな奴と戦った時、腕の部分にダメージを受けたんだよね。このままだとちょっと不安だから、ジャケットの修理、それが無理なら新調をお願いしたいのだ。

「おう、そういうことなら任せておけ。もっとも、おまえさんはウチの正規のメンバーじゃないから、有料になっちまうけどいいよな?」

 それはもちろんですよ、ブレビスさん。以前もそうだったから、今回もそのつもりで代金代わりの宝石や金貨を持ってきたわけだし。

「おう、誰かセレナを呼んで来い。我らが《サムライ・マスター》が来たと言えばすっ飛んでくるだろうよ」

「了解です、!」

 ブレビスさんの声に即座に反応して立ち上がったのはマークだった。

 マークは俺に親指を立てて見せると、そのままビルの奥へと走っていった。はは、相変わらず元気そうだな、あいつも。

 その後、ブレビスさんや《銀の弾丸》のメンバーたちと話していると、奥から一人の女性が現れた。もちろん、セレナさんだ。

「シゲキ! また会えると信じていわ」

 俺の前まで来たセレナさんは、俺を軽く抱擁する。うん、分かっている。これって、別に深い意味なんてないただの挨拶だ。

 だから、香住ちゃん。そんな据わった目で俺を見ないで。お願い。

「うふふ、ごめんなさい。あなたがカスミね? 私はセレナ。よろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、セレナさん」

 香住ちゃんは笑顔を浮かべると、セレナさんと握手した。どうやら、俺とセレナさんの間には何もないと理解してくれたらしい。

 きっとそうだ。そう思いたい。実際、俺とセレナさんは恋人でも何でもないしね。

「それで、カスミの装備とシゲキのジャケットよね。待っていて、すぐに準備するから。あ、ちょっとカスミを借りるわよ? どうせなら、ちゃんとサイズの合ったものの方がいいものね」

 そう言って、セレナさんは香住ちゃんと一緒に再びビルの奥へと消えていった。きっと、向こうでサイズを測ったり、試着したりするのだろう。

 女性の衣服関連は時間がかかるのが相場だし、俺はブレビスさんや他のみんなとゆっくり待っていよう。

 ちなみに試着する間、香住ちゃんの荷物や長剣は俺が預かることに。

「おい、シゲキ。今回はいつまでこっちにいられるんだ?」

 勧められた椅子に腰をおろすと、ブレビスさんが小声で俺に聞いてきた。

「そうですね……夕方ぐらいまではこっちにいられます」

「夕方か……ちぃとばかり厳しいが、何とかなるかな……」

 顎に手を当てながら、ブレビスさんが何やら考え込む。うーむ、どうやら何か訳ありっぽいぞ?

「実はよ、こちらもおまえさんに頼みたいことがあるんだよ」

 表情を厳しくさせたブレビスさんが、改まった様子でそんなことを言い出した。



 ブレビスさんの頼みごとというのは、やっぱり《銀の弾丸》に寄せられた依頼に関してだった。

 最近この辺りで、変異体──化学兵器や細菌兵器などを使用した環境の変化で変異した危険な生物──を見かけることがあるらしい。

 本来、今俺がいるような巨大都市の中には変異体は存在しない。だが、下水道などを通じて外から入り込むことが極稀にあるらしいのだ。

 アメリカの下水道といえば白い巨大ワニの都市伝説が有名だけど、近未来世界でも似たようなことがあるってわけか。

 で、その変異体は都市の中に現れ、人を襲って再びどこかに消え去るという。おそらく、下水道を根城にしているのではないかってのが、ブレビスさんや今回の依頼人の推測らしい。

「もちろん、このシティの軍隊アーミー警察ポリスも変異体を発見、駆除のために動いている。ってか、今回の依頼はアーミーにいる知り合いからなんだよ。そんなわけで、断ることもできねえってわけだ」

 本来なら、《銀の弾丸》が総出でこの依頼に取りかかるつもりだったのだが、間の悪いことに他の依頼とバッティングしてしまったらしい。

「もう一つの依頼も古い知り合いからのものでなぁ。この業界も、義理って奴はそうそう無視できねえんだわ、これが。それで、人手が足りないってわけだ」

 仕方ないので二つとも依頼を受け、《銀の弾丸》を二つに分けてそれぞれ当たることにしたそうだ。だが、《銀の弾丸》はそれほど大きな傭兵団ってわけでもないので、二つの依頼を同時に進めるには、どうしても人手が足りないらしい。

 そんなところに俺が現れたわけだ。ブレビスさんにとっては、天から降ってきた幸運だったのだろう。

「今日だけでもいいから、力を貸してくれねえか? 頼むぜ、《サムライ・マスター》」

 《銀の弾丸》の準隊員を自負する俺としては、この話を蹴るつもりはない。しかも、報酬も出してくれるっていうしね。

「もちろん引き受けますけど……その《サムライ・マスター》ってのは止めてくださいよ」

「いいじゃねえか。恰好イイだろ、《サムライ・マスター》って異名はよ」

 はぁ。もう好きにして。

 ちなみに、ブレビスさんも傭兵仲間の間じゃ異名があるらしい。どんな異名か聞いてみたけど、教えてくれなかった。くそ、いつか聞き出してやるからな。

「片方の依頼は、俺が指揮を取る。仕事の内容上、こっちの方が人数が必要だからな。で、もう片方……都市シティの中に迷い込んだ変異体の件は、セレナに任せる。シゲキとカスミはそっちを手伝ってくれ」

「分かりました」

「シデキ! 俺もセレナさんの方に回されたからな。また、よろしく頼むぜ!」

 そう言って肩を叩いたのは、もちろんマークである。そういや、以前この世界に来た時も、こいつとは一緒に仕事したよな。仕事と言っても、見張りをしただけだったけど。

 でも、あの時はデスグリズリーが出たし、今回も同じ変異体が相手だ。十分すぎるぐらい注意しないとな。

 まあ、さすがにデスグリズリーほど強い変異体ではないだろう。聞けば、デスグリズリーはこの北米大陸じゃ最強の変異体の一種だそうだし。

「そういや、おまえの彼女もやっぱ剣持っているんだな。後でちょっと剣を持たせてくれよ。おまえがいなくなってから、《銀の弾丸》の中では剣がちょっとしたブームなんだぜ?」

 デスグリズリーを斬り倒した俺にあやかろうと、《銀の弾丸》のみんなが剣に興味を持ち出したそうだ。

 とはいえ、いくら近未来の都市とは言っても、剣はそう簡単には手に入らない。そもそも個人が所有する武器と言えば銃器が主流なので、剣そのものに需要が少ないのだ。

 それでも、行くところに行けば剣も売っているし、ネット通販のような手段で手に入れる方法もある。だが、一口に剣と言ってもやっぱりピンキリで、安物は安いだけあって剣としてイマイチだし、見た目のいい剣や本物の名剣などはかなり高額だしで、俺の聖剣のような剣は入手が難しいらしい。

 未来世界でも現代日本と同じように、基本的に剣類は骨董品扱いらしい。いい剣はやっぱり値段も高くなるのだろう。

「なあ、いいだろ、シデキ。おまえの剣、持たせてくれよ。あ、できれば彼女の剣もな!」

 仕方ないなぁ。まあ、持つだけならいいよね。

 俺はマークに聖剣を手渡した。聖剣を手にしたマークは、まるで子供のようにはしゃいでいる。その内、俺の聖剣だけじゃなく香住ちゃんの長剣まで持ち出し、二振りの剣を交差させて「クロスソード!」とか言って遊んでいるし。

 しかも、それを羨ましそうに《銀の弾丸》のみんなが見ているというね……はいはい、みんなにも貸すから、そんな羨ましそうな顔をしないでよ。

 ん?

 今、マークが聖剣と長剣を交差させた時、僅かに二本の剣が光ったような気がしたけど……気のせいかな?

 さて、それよりも依頼された仕事をがんばらないと。

 よっしゃ、ここはひとつ気合いを入れよう。そして、今回も香住ちゃんにいいところを見せるんだ。

 ここで俺の恰好いいところを見せておいて、近い将来に来るだろう告白のための弾みにしたいものである。

 いろいろな意味で、今回は特に気合いを入れないと。



 なお、聖剣で遊んでいたマークは、ブレビスさんに怒られた。

「剣だって立派な凶器だ。その凶器で遊ぶたぁ、傭兵としてどうよ?」

 という理由で。

 しかも、何故か俺も一緒に。

 解せん。


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