第7話:「職業としての小説家」村上春樹

 村上春樹が好きな人は、「信者」と言われるほど肩入れしているレベルの人が多い。逆に嫌う人はしつこいほど文句を言い、非難する。

 どちらでもない私の場合は、長編はよく分からないというか、「ついて行けない」という感じがして、読むのをやめてしまうことが多い。しかし短編なら読めるし、エッセーを通じて知る人となりや考え方は割と好きな方なので、中間的な立場にいる。

 本書は他のインタビュー集やエッセーで書かれていることの総まとめ的な本なので、繰り返しが多く含まれている。それでも創作に関する部分で幾つか、参考になりそうな箇所があるので挙げておく。



 まずは有名な話で、第一作を書くときにいったん英語で書いてみることにした、というエピソードがある。


「発想を根本から転換するために、僕は原稿用紙と万年筆をとりあえず放棄することにしました。(略)そのかわりに押し入れにしまっていたオリベッティの英文タイプライターを持ち出しました。」


 押し入れにタイプライターが入っている点が、いかにも村上春樹風だと思うのだが、それはともかく、こういう風に外国語で書いてみるという方法は、アゴタ・クリストフもやっていたという。

 また映画監督の西川美和は、映画「永い言い訳」の脚本が難航して、いったん同じ話を小説として先に書く作業をしているので、こういう風に他国語や別の表現手段を経由させる方法は有効なのかもしれない。



 次は初期の小説の枠組みについて。


「ここで僕が心がけたのは、まず『説明しない』ということでした。それよりはいろんなエピソードや断片やイメージや光景や言葉を、小説という容れ物の中にどんどん放り込んで、それを立体的に組み合わせてゆく。そしてその組み合わせは世間的ロジックや文芸的イディオムとは関わりのない場所でおこなわれなくてはならない。それが基本的スキームでした。」


 この「説明しない」という方法もかなり見習うべき点が多い(実は自分も説明を排した小説を書きたいと考えているので、目にとまったのかもしれない)。



 この本の第五回の最後には、かなりストレートなアドバイスもある。


「もしあなたが小説を書きたいと志しているなら、あたりを注意深く見回してください」

「世界はつまらなそうに見えて、実に多くの魅力的な、謎めいた原石に満ちています。小説家というのはそれを見出す目を持ち合わせた人々のことです。そしてもうひとつ素晴らしいのは、それらが基本的に無料であるということです。あなたは正しい目さえ具えていれば、それらの貴重な原石をどれでも選び放題、採り放題なのです。」


 世界が「無料」という発想にはちょっとびっくりした。確かに小説の素材は、どこにでも無料で、いくらでも存在するといえばその通りである。



 別の作家の文章からの引用もある。

「時間があればもっと良いものが書けたはずなんだけどね」という同業者の言葉に対して、レイモンド・カ-ヴァーは次のように言ったという。


「結局のところ、ベストを尽くしたという満足感、精一杯働いたというあかし、我々が墓の中まで持って行けるのはそれだけである。私はその友人に向かってそう言いたかった。悪いことは言わないから別の仕事を見つけた方がいいよと。同じ生活の為に金を稼ぐにしても、世の中にはもっと簡単で、もっと正直な仕事があるはずだ。さもなければ君の能力と才能を絞ってものを書け。そして弁明をしたり、自己正当化するのはよせ。不満を言うな。言い訳をするな」

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