第66話 振動
加納流剣術は、歴史の片隅で忘れ去られた必殺の剣と、イオリの見た文献に記されていた。敵の息の根を止める、つまり命を奪う事を主眼とした殺人剣であった。ほとんど門下生を持たず、僅かな弟子にしか伝えられない為、いつしか途絶えてしまった流派、それが加納流の残された記録であった。
「ほう、陽炎を知っているとは意外だな」
加納シモンは、少し驚き、感心した様に口を開いた。
「あいにくガリ勉タイプなんでね。あんたが復活させたのかい、加納流を」
今度は、イオリが問い返した。にわかの流派ならそう恐れる事もないのだろう。
「復活だって? 加納流は、途絶えてなどいないさ。見たものは全て命を奪われるのだ。死んだ者が何をふれて回ると言うのだ」
殺人剣、加納流、死人に口無し……
恐らく多くの者の命を殺めて来たのに違いなかった。
「加納シモン、あんた良くしゃべる人なんだな。俺はまた随分と無口な人だと思っていたんだが」
「ふふふっ、褒められているのかな。だがこれから無口になるのは貴様の方だがな」
加納は、陽炎の闘気を放ち辺りの空間を歪めた。
イオリは、己の腕の一本もくれてやる覚悟をしていた、それ程、歪められた間合いに危機感を感じていたのだ。
焦る気持ちがイオリ自身の口数を増やしていた。
「口数?」
イオリの頭に浮かんだ言葉が思わず口をついて出た。先程からよく喋る加納シモン……そう……同じなのだ。加納シモンは、俺を怖れているのだ、そう思うとイオリは、相手の様子を見るという考えを捨てた。もともとそんなスタイルは、自分に合わないのだ。イオリは剣を真横に構え直した。
「眼では捉えられない剣か……やれやれ、しんどいな」
イオリは、昔ユリネとやった修練を思い出していた……
◆◇◆◇
「若っ、もう一度投げますよ」
「おいユリネ、若って言うのやめてくれよ」
「嫌ならこの石を見事撃ち落とすのですよ、それが出来れば若と呼ぶのをやめましょう」
ユリネの右手には小さな石ころが握られていた。
イオリはそのユリネが投げた石ころを木刀で叩き落とそうとしていた。だがイオリはまだ一度も成功していなかったのだ。既に体のあちらこちらは痣だらけになっていた。何故ならイオリの眼には黒い布が目隠しとして巻かれていたのだった。
心眼ならば相手の殺気やオーラを感じて対処するのだろうが、只の石ころにそれは無い。あるのは僅かな空間の震え、その振動の波を捉える事が出来れば眼を閉じていても石ころを叩き落せるのだろう。
「よし、いいぜ」
イオリは、木刀をギュッと握りしめた……
数日後にユリネは、イオリの事を若と呼ばなくなった。
◆◇◆◇
加納が剣を構えた時、イオリはゆっくりと眼を閉じた。奴の剣先は石ころのように直線的な動きでは無いのだろう。しかし殺人剣である加納流が狙いを定めるのは人の急所でしか無い。
ならば答えは出ている。
"陽炎!"
空気は震え、加納の剣先はイオリの喉元に迫った。
キーーーン!
甲高い金属音がしてイオリの剣は、陽炎の突きを弾いた。さらに震える波は、イオリの心臓を目掛けていた。
返す剣で弾くイオリ。
「な、なっ!?」
眼を開けたイオリの前には、驚きに茫然とする加納の姿があった。
恐らく今まで誰にも破られた事が無かったのだろう。ましてや鬼の姿になった加納に死角は、無いはずなのだ。
驚きを感じた加納の口元に笑みが浮かんだ。
「面白い、やはり貴様は、興味深い」
加納は、呟いた。心から込み上げて来る喜び、強者と闘う事の渇望が加納を高揚させた。
バトルマニア、それが加納シモンと言う男だった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます