第61話 灼熱

 小村丸は、詠唱を唱え部屋全体を結界で覆った。武帝がイオリを結界で圧殺するのを防ぐ為だ。十霊仙は、ふいに結界に閉じ込められて圧殺されたと言うのが小村丸の考えであった。

 本来、霊界師は守る事には長けているのだが攻撃を不得手としている。武帝といえども例外では無いだろうと小村丸は甘く考えていた。一方イオリは、零度という超攻撃的な霊界師の事を知っていた。その事が次の瞬間イオリを救ったと言えた。

 武帝が、炎のつぶてを放ったのだ……


 イオリは通常の長剣を抜き秘剣“霧風”で炎を相殺していく、さらに追い打ちで武帝目掛けてかまいたちの斬撃を飛ばした。武帝は瞬時に氷壁を造りあっさりと斬撃を退けた。


「面白い、面白いぞ小僧! ならば少々本気を出さねばならんな」

 武帝は、狂気の笑いを浮かべた、その顔は獲物を狙う捕食者の様相を成していた。


 巨大な炎の塊が武帝の前に形成されていく。屋敷ごと破壊できそうな熱量を持った塊は小村丸の造った結界で辛うじて周囲への延焼を抑えられていた。だが空間が歪んで見えるほどの熱は、イオリと小村丸にとって限界を超えて突き刺さる。人の体では最早耐えきれるものではない。イオリの額から大粒の汗が流れ床を濡らした。


「先生っ、結界を自分の周りに張り直して下さい。」

 小村丸は、イオリの言葉に頷いた。妖刀を使うつもりなのだろうと理解したのだ。


 背中の妖刀に手を掛けたイオリは一気に引き抜いた。漆黒の霧がイオリを包む。


「零度っ! 俺に力を貸してくれ」


 武帝は、妖刀に気付かない訳も無く、使えるようになった結界をイオリの周りに張った。

 一気に圧殺するつもりなのだろう伸ばした左の手のひらをぐいと握った。締まる結界……


 小村丸は刹那己の結界を解き武帝を覆った。さすがの武帝も右手に炎の塊と左手に結界を維持している状態では、小村丸の術式を防ぐ術は無かった。あっさり捕縛され今度は締め付けられる側になった。


 弱まった結界をロイド化したイオリが難なく破壊する。双角を備えた鬼の姿になったイオリの力は、常人とは比べるまでもなく圧倒的な戦闘力を備えていたのだ。


「くっ、小村丸、貴様!」

 たまらず右手の炎を小村丸に放つ武帝……


 小村丸は、防御もせず結界を閉じようと手のひらを握った。


「おいっ、先生、何考えているんだ」

 武帝を滅する唯一の好機、小村丸は差し違えるつもりだったのだ。


 イオリは、小村丸の方に急いだ。間に合うのか、胸中に焦りがみえた。


「何っ!?」

 武帝は驚きの声をあげた。今まさに炎の塊が小村丸を包まんとしていた瞬間、それは跡形もなく消失したのだ。対峙している2人には、そんな余裕は無かったはずだ、ならば一体誰がこんな芸当ができようか。仮にも自分の術式を一瞬で打ち消せる者など心あたりがなど無い……いや、まさか……

「オビトかっ!」

 思い当たる者の名を武帝は、叫んだ。ひどく動揺して辺りを見回している様子は先ほどまでの圧倒的な姿のそれでは無く、まるで迷子の子供のようであった。



 秘剣“燕返し”



 間隙を縫ってイオリの剣が、武帝を捕らえた。小村丸が結界で抑え込んでいた為、武帝の対応が鈍ったせいでもあった。現に、この状況でも武帝は氷の障壁を出し掛けていたのだ。


 崩れ落ちる武帝の体……

 

「ふふふっ、弟とはいえ……人間を助けるかよ……オビトよ」

 武帝は、苦しそうな呼吸にもかかわらず独り言のように呟いた。だが既にオビトらしき人影はどこにも無かったのだ。

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