第14話「黒き極光」

 ゲンスケが何らかの能力を用いてイビル・オリジンに重い一撃を叩き込んだ時、イビル・オリジンはあまりのダメージに動きを止めた。それは当然、行動の停止であり、咆哮の中断でもあった。

 迫りくるセパレーターたちをディメンションランスで屠っていたアイは、事態が動き始めたことを悟った。

「もういいです月峰さん! 今ならデフレの傀儡化は止まっています!」

 叫ぶアイだったが、アケミは苦痛の熱気によって意識が薄くなっていた。

「しっかりしてください、月峰さん! もうやらなくていいんです! だから、だから――」

 意外とこういった緊迫した事態に弱かったアイは、混乱していた。何を言ったらいいのかわからず、何も言い出せなかった。だがそれではいけないと、それではアケミを救えないと――そう思ったアイは、自分でも滅茶苦茶だと思いながらもこう叫んだ。


「しっかりしなさいアケミ! じゃないと明日、一緒にケーキ屋に行くのやめますよ……!」


 叫んだ後も、アイは自分でも何を言っているのか全く分からなかった。なぜ今そんなことを言っているのか、なぜ今突然月峰さんではなくアケミと呼んだのか、そもそも明日はカイとデートに行く約束があったのではないか、と。様々な事柄が頭の中で巡りに巡った。それでも、今はこれしか思いつかなかったし、これしか言えなかった、何も言わないより遥かにマシであると、憧れのキリカさんならこれぐらいするだろうと――そう思ったのだ。だからアイは一見滅茶苦茶な、少なくとも今言うべきではなさそうなことを叫んだのだ。だがそれが、アケミの心に響いた。


「――ぷ。くははははは! なにそれ、今言うことなのそれ?」

 あまりに現状からはぶっ飛んだ発言だったからか、アケミの耳にしっかりと届き――そしてアケミの意識をハッキリとさせたのだ。

「い、今言うことです! せっかくお友達になったのです、明日ぐらい、カイとの約束を蹴ったって構いません! 大体カイはそんなことで怒ったりしませんから」

 少し顔を紅潮させながら目を逸らし、アイは照れくさそうに言った。

「……うん、ありがとね、アイ。だから私、ケーキのために頑張るわ」

 そう言ってアケミは、エネルギーを溜め込み――限界値を超えたものは左腕に纏い、そしてそれを黒き極光に向けて構えた。

「まさか、月峰さん、それを――」

「もう、さっきみたいにアケミって言ってよね。そっちの方が好きだから、私」

 アケミの左腕から掌に、徐々に凄まじい量のエネルギーが集まっていく。これらは全て、イビル・オリジンの咆哮によるオーダー、その発令のためのエネルギーだ。それをアケミは、オーダーとは全く関係のない無色透明のエネルギーに変え――それをさらに、アケミが放つための破壊エネルギーに変換して、そしてついに、


「ぶち抜けェェ――――――ッ!!!!!」


 黒き極光目掛けて破壊エネルギーを極光に変えて撃ち込んだ――――――!


 凄まじい、それでいてどこか爽快な轟音が鳴り響き、外界からイビル・オリジンを守っていた黒き極光は崩壊した。イビル・オリジンにまでアケミの放った極光が到達しなかったのは、それだけあの黒き極光が凄まじき密度を誇っていたからであろう。だがそれでも、その破壊エネルギーは黒き極光の全体に流れ込んだために、それのみの破壊は成功したのだ。

「す、すごい……」

「どうよ? すごいでしょ、アイ」

「ええ、ええ! 無茶苦茶すぎるとは思いますけど、それでもすごいですわ、アケミ!」

 喜びを分かち合うアイとアケミ。だが、オーダーを失ったセパレーターは未だに傀儡となったままだった。それは、すでに履行されたオーダーだからであろう。故に、今更傀儡化したセパレーターが止まることはないのだ。それは恐らく、イビル・オリジンが倒されたとしても、である。

「うそ、こいつら、もう止まらないってこと!?」

「む、どうやらその様ですね。……また数が増えています。これはそろそろ、逃げないとマズいかもしれませんね」

 そしてセパレーターに囲まれる二人。二人の周りには、傀儡化する定めのセパレーターしかいなかったのだ。

 ――だが、ただ一人の例外がそこにあった。迫りくるセパレーターたち、その集団から、アイとアケミを守ったのは、数発の異能内蔵型銃弾だった。

「やれやれ……残業手当はでるのかね、これは」

 荒い息遣いながらも、デフレは――傀儡化することなく、アイとアケミを守るべく立ち上がったのだ。

「デフレ……! よかった! アケミが助けてくれたんです、貴方を!」

「フ、このままお役御免だと思っていたが、どうもそうは問屋が卸さないと見た。……救われた恩義もある、君たちは――オレが命に代えてでも守ってみせよう」

 相変わらずニヒルな笑みを浮かべながら、デフレはそう言った。

「あのさアンタ! 復活して早々に命に代えてとか言わないでよね!」

「悪いな。口調については、もう少し努力してみるよ」

「口調っつーかなんつーか……うーん、まあいいわ。今はこの包囲網を何とかしないと!」

 アケミが再びブレイザーを起動する。

「うわ、状況が状況だからかコレ」

 アケミがぼやいた。

「どうしたんです?」

「父さんね、私のリミッター解除しやがった。イグナイター戦でやってほしかったわコレ」

「………………」

 やはりとんでもない異能持ちだと、アイはアケミの父親に対してそう感じた。

「準備はいいか二人とも。オレが先陣を切る。二人ともしっかりとついて来てくれ」

 銃を構えて、デフレは言った。

「目的地は――ツルギモリタワーだ」

 デフレの発言を、二人は奇妙に感じた。……だが、それにはしっかりとした理由があったのだ。

「我々セパレーターは、何故だか分からんが、このゆかり町に召喚される。そして、その際オレたちは、町のどこかに現れる時空移動ゲートからこの町にやってくるワケだ」

「そうですわね。それは私と融合したセパレーターとしての私もでした」

「だが、一体何をしたのか……そのゲートは今、一か所に固定されている」

「そんな……ではデフレ、もしかして、そのゲートがあるというのが――」

 アイの驚愕の混じった言葉に続けるように、デフレは言った。

「そうだ。ゲートはツルギモリタワーに固定されている。オレたちは、イビル・オリジンが万が一そこに逃げ込んだ時のために――ゲートを破壊する必要がある」

 刹那の沈黙。それを破ったのはアケミだった。

「いいじゃない、やってやるわ。ここまで来たんだから、派手にぶちかましてやろうじゃないの!」

「ええ、アケミの言う通りですわ。……デフレ、私も力になります。一緒にゲートを破壊しましょう」

「そう言ってもらえると助かるよ。……さて、仕事再開だ」

 そして三人はツルギモリタワーへと走った。その先に、例のマンションがあることを失念したまま――。

 



 アメイジング・フォックスの攻撃を受け、さらに黒き極光を破壊され、イビル・オリジンは――その獣の如き黒き姿を現した。外壁となっていた極光を破壊されたことにより、その姿が露わになったのだ。

「なるほど、今まで俺たちが見ていたものは、外からは黒い光の柱に見えていたってワケかよ」

 たった今ツヨシから送られてきたメール、そこに添付されていた画像を見ながらゲンスケは呟いた。

「……すみませんゲンスケさん。少し休憩します」

 眼帯を付け直しながらソウエイさんが言った。その表情はかなり苦しそうである。

「ああ、助かったぜソウエイさん。後は俺がやる」

 露わになったイビル・オリジン、それを見据えてゲンスケは言った。

 ゲンスケのアメイジング・フォックスは、二人のゲンスケ、それぞれが持っていた異能が混ざり合ったためにそれぞれの要素を一部とはいえ引き継いでいた。

 一つは〈前の宇宙〉においてゲンスケが持っていた『混ざる』能力。そして、〈今の宇宙〉でゲンスケが持っていた『情報を萃める』能力。この二つが混ざった結果、対象の能力を分析し、そういった概念を操作するという能力になったのだ。

 つまり、少しでも悪と言える行為を行ったことがある者を問答無用で呑みこむ能力――それをゲンスケが攻撃を加える箇所からは剥し……そしてそれを、極光の上部――つまり地上に露出している部分にずらしたのだ。今回の場合は、悪属性を少しでも持つ者を取り込む――というものが上部にずらされ……当然のことであるが意味もなく重複したという結果になった。そして、アケミは撃ち込んだ破壊エネルギーは、悪も何もない、単純な〈破壊〉のみのエネルギーに変換されたため、取り込むことすらできずに黒き極光の破壊にも成功したのだった。


「何にせよ、これで丸裸になったわけだ。……後は」

 ゲンスケは、イビル・オリジンの宿主――推定神崎カイの真意を確かめるべく前進した。

 何故推定であるか……その理由は、この状況に陥った原因、それがカイのエゴ――その九割が現時点では消滅してしまっているからであると知ったからである。

「ただ、メールでそういうの知らせるのやめてくださいよ。気が付かなかったらヤバかったですよ多分」

 ゲンスケは、アジトに到着したツヨシに語りかけた。

「……俺に幻滅していないんだな、ゲンスケ」

 ツヨシは、視線を落としてそう言った。

「別に。子どもはまだいませんから俺には分かりませんけどね。こういうもんなんでしょ、あんたは別におかしいことをしたわけじゃないですよ……父親としてはね」

 そう告げてゲンスケは、イビル・オリジンの元へ進んでいった。

「ゲンスケ。俺は今でも迷っている――カイを救う方法があるのではないのか、とな。だから俺は、こんな状況でさえお前を止めようとしている」

「殺してでも――ってやつですか?」

「比喩でもなんでもなく、そうだ」

 苦悶の表情を浮かべつつも、ツヨシはそう告げた。

「そうですか――ならそれは、最終手段にでもして下さい……策は、まだ尽きちゃいませんよ」

 そう告げたゲンスケには、最後の策があった。

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