第12話「セパレーター」

 ――閃光が収まり、展望室を西日が照らした。

 ゲンスケとバルバ……その視線の先に立っていたのはただ一人だった。――そう。融合し一人になった剣守ゲツリである。

「社長……社長なのですか?」

 バルバに問われたゲツリは目を細め、渋い笑みを浮かべた。

「そうであり――同時に、そうではない」

 そう告げたゲツリは、ソリッドエゴ〈ムーンサルト〉だったモノを召喚した。

「……!」

「なっ、姿が変わってやがるだと……」

 そこに現れたソレは、細身の人型に近い姿をしていた。先刻までの、月の様な白いボディは、夜闇の如き黒と混ざり合っており――ゲンスケは混沌の渦を想起した。

「名前は――うん、まあ当面は〈ムーンサルトⅡ〉でいいか」

 自らのソリッドエゴを見ながらゲツリは呟いた。

「おい、アンタ……一体どうなっちまったんだよ」

 ゲンスケの元に情報は萃まってこない――思えば、〈セパレーター〉絡みの情報が萃まってきたことなど数えるほどしかなかった。今、この状況でさえ、ゲンスケは〈セパレーター〉を理解しきれていない。

「キミは――〈セパレーター〉についてほとんど知らない様だね。その能力を持ってしても――いや、キミのその〈萃理〉が、遮断しているのか。キミを危険から遠ざけるために」

「どういうこった、そりゃあ……!」

 ゲンスケは叫ぶ。もっとも、叫ぶこと以外――最早ゲンスケに出来ることなどこの場にはなかっただけなのだが。

「バルバ。こちらに来なさい」

「御意」

 バルバだけが、ゲツリの元に向かう。ゲンスケはその場に佇むのみだ。

「ゲンスケ君。思うに――キミはこれ以上この件について知るべきではないし知ってはならない」

 目を細めながらゲツリが言った。

「おいおい、それってつまり――俺はヤベエってワケか」

「うぅむ、正解だ。惜しいな、実に惜しい。キミにはもっと調べてもらいたいことがあったのだが、こと〈セパレーター〉に限っては、あまり知ってほしくないのだよ――行け、〈ムーンサルトⅡ〉」

 混沌のエゴは、想像を絶する速度でゲンスケに迫った。

「う――動けね、え」

 片やゲンスケは、大きな重力負荷により立つことすら困難になっていた。


 いつの間にか、ゲンスケの脳裏を『死』と言う言葉が過り始めた。最早、打つ手はない、と言うことなのか。

「――――が、――――」

 混沌のエゴ――〈ムーンサルトⅡ〉の右拳がゲンスケの腹筋に激突する。その瞬間、激突した拳に大きな重みが加わった。ゲンスケの腹部には、拳大の穴が空いていた。


「ゲンスケェェーーーーーーーッ!!!」


 その時、展望室の強化ガラスが粉砕――否、溶解するが如く切断された。それは巨大な黒き鎌だった。振るいし者は神崎ツヨシ。黒き翼を羽ばたかせ、今まさに展望室へと着地した。

 その双眸は怒りに燃えている。


「おや、キミは神崎ツヨシ君だね。……いやはや、その鎌、維持できていたとは」

「混ざったか剣守ゲツリ……ならば最早生かす道理などないッ」

「ゲンスケ君は救わなくていいのかね」

 ゲツリは、倒れ伏すゲンスケを見下ろしながら言った。

「貴様がそれを言うか――――ッ!」

 人の思念、果ては魂を認識できるツヨシは否が応でも理解してしまっていたのだ。

 最早、ゲンスケは助からないと。

「ふむ、死ぬような状況ならば、ゲンスケ君が真っ先に理解しそうなものだがね」

「例外だ……〈前の宇宙〉の記録が、この地球に蓄積されていると思っていたのか? 〈セパレーター〉の様に、そこから飛来したのとはわけが違うのだぞ……!」

 翼をはためかせ、臨戦態勢に入るツヨシ。

 それをゲツリは余裕の表情で待ち構える。

「キミは私の力――その半分を知っているはずだが。それでも挑むのかね」

「融合が完了しきっていないお前が……俺を倒せるとでも思っているのか?」

「ほう――ならば止めてみせろ、神崎ツヨシ……!」

 〈ムーンサルトⅡ〉はツヨシの元へ高速移動した。……そう、これは重力コントロールによる――いわば落下である。〈ムーンサルトⅡ〉は、攻撃対象に対して落下しているのである。

「俺を重力の中心としたか!」

 疑似的なものとはいえ、それでもツヨシは今、重力を発生させている。

 動けない。ツヨシを包むように重力が発生しているからだ。最早、立つことすらできなくなっている。

「どうしたツヨシ君! これで終わりか?」

 そしてついに〈ムーンサルトⅡ〉の隕石めいた一撃がツヨシに炸裂する――その間際。

「甘い――手は既に打ってある……!」

 ツヨシを包む重力のドームが砕け散った。

 崩壊した重力ドームから、黒い羽根の様な――影の刃が撃ち出されていた。

「初めから、撃ちこんでいたのか……!」

「当然だ。突き破るのに時間がかかったがな……!」

 そしてそのまま影の刃はゲツリへと迫る。〈ムーンサルトⅡ〉は元に戻った重力によって地面に倒れた。

「社長……!」

 バルバがゲツリを庇い影の刃を受けた。

「耐えられるか、その残留思念に」

「――グ、こ、れは――――ァ、ァ――グォオオオオオオアアアア…………ッッッ!!!」

 バルバは絶叫する。屈強なその肉体は、漆黒に染まっていく。

「これは……」

「疑似的な〈イビル・オリジン〉……要は再現だ。仮に死んでも取り込まれることはないから安心しろ」

「容赦がないんだねキミ。バルバを失うことになるとは」

 冷徹に冷酷に、ゲツリは言った。

「俺を怒らせたお前が悪い」

「そうか、なら仕方がない。退散するとしよう」

 そう言ってゲツリは、背後に落下し始めた。〈ムーンサルトⅡ〉は、重力のかかる対象を指定できるのだ。

「貴様! 逃がすか……!」

 ツヨシは追撃するべく地面を蹴り飛行態勢に入った。

「――させる……ものか」

 それを満身創痍のバルバが受け止めた。

「ぐ、しぶといぞ破砕鬼!」

「故にこそ……破砕鬼」

「ならば死ぬがいい、主を守った名誉を抱いてな」

 そして、限界を迎えたバルバは砕け散った。それが破砕鬼の散りざまなのだ。

 

 展望室の強化ガラスはまたしても砕けた。重力制御を駆使し、ついにゲツリは逃亡に成功したのだ。


「…………」

 ツヨシは、ただただ壁を殴りつけた。その肩は震えていた。

「俺は……俺はアンタを……アンタに……」


 ツヨシは声を震わせながら呟いた。

 その時であった。

 天井に開いたゲート――そこから〈セパレーター〉が飛来した。

 それは、ゲンスケの目には……顔に空洞のある人影に見え、

 ツヨシの目には……もう一人の山下ゲンスケに見えていた。


「こんな偶然が……いや、呼び寄せたのか……?」


 とにもかくにも、もう一人のゲンスケは降り立ち、そして倒れ伏すゲンスケの前に立った。


「よう俺。単刀直入に聞くけどさ――死ぬのと混ざって生きるのと、どっちがいい?」

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