4-3
かつて、謳歌の入院する病院を訪ねるのは、俺にとって楽しみでもあり、同時にひどく苦しい事でもあった。
当時は子供の身分、時間こそいくらでもあったが、それでも病院は気軽に一人で通える距離でもなく、見舞いに行けるのは週に二、三度がいいところ。謳歌と顔を合わせられる時間は嬉しかったが、病院内の独特の空気と、そして何より衰弱していく謳歌の様子があの時の俺には不安で堪らなかった。
謳歌が魔王城という単語を口にしたのは、先程が初めての事だった。あえてというわけではないだろうが、俺達の敗北条件が奥光学園への侵入を許す事であるのに対して、勝利条件は魔王の殺害という一つだけ。そこには、魔王城が介在する余地はない。
つまり、魔王城というのがどこの事を指すのか、俺達は推測するしかなかった。
「また、随分と趣味の悪い城を建てたもんだ」
候補は二つあった。二つしかなかった、というのが正しいかもしれないが、結果としてその二つは両方ともが当たっていたと言っていい。
俺達の通う奥光学園を王城とするなら、魔王城は謳歌の通うという千雅高校。その敷地内には、魔王事件により消え去ったあの病院の姿があった。
「……どこまでも、ふざけた事を」
俺と同じく病院に見覚えのある副会長が、怒りの形相で建物へと歩を進める。そのすぐ後には、やはり怒りを抑えきれない様子の由実が続く。
「あっ、待ってください。この病院? 学校? ちょっと変です」
そんな二人を、いつもと変わらない調子の藍沢が止めた。
「学校のあったはずの場所に病院だ。変なのはわかっている」
「いやいや、そうじゃなくって、魔法が掛かってるんですよ、魔法」
構わず進もうとした二人の足が、そこで止まる。
魔法。
それは、謳歌の引き起こした現象の全てを説明できるほど便利な言葉だ。しかし、魔法使いのジョブを持つ藍沢が語る時、その意味は彼女の力の範囲に限定される。
「つまり、この病院は病院のように見せているだけというか、元々の学校自体は残ってるんですけど、それを上手い感じに病院に見えるようにしてる感じなんですよ」
「えっと、どういう事?」
藍沢の拙い説明に、同じくそれほど普段と様子の変わらない白岡が疑問符を浮かべる。
「千雅高校を消し去った後に、病院を建てたわけじゃないって事だ。高校自体はまだ残ってるけど、俺達にはそれが魔法で病院のように見えてる」
一度、魔眼で藍沢の言葉を確認した後で、説明を継ぐ。
たしかに、魔眼を通して視る限り、病院は上から被せられた像に過ぎず、その下には一般的な校舎の姿が見て取れる。形としては藍沢の魔法に似ているが、この規模で魔眼を使わなければ気付かないとなると、完成度や規模は藍沢のそれよりも上だろう。
「なら、うちの学校も消えたように見せてただけって事はない?」
俺達の説明を聞いて、思いついたように会長がそんな事を口にする。
「多分ないですねー。私が気付いてないだけかもしれないですけど」
「俺が視た限りでも同じです」
「そっか。まぁ、だとは思ったけど」
薄々気付いてはいたのだろう。小さいながらも、会長はたしかに落胆を見せた。
「それで、魔法が掛けられているならどうすればいい?」
「どうすれば、と言っても、普通に入る事はできますけどねぇ。中がどうなってるかはわかりませんけど、入口は合わせてあるみたいなんで」
「そうか、それなら構わない」
「待て、そう焦るな」
話は終わった、とばかりに再び進もうとする由実を、今度は俺が止める。
「っ……。焦りもする、あいつは――」
「謳歌はあの時の病室の位置にいる。二階の、右隅だ」
俺の魔眼が視たのは、病院と学校のカラクリだけではない。その両方を透視し、謳歌の待ち受ける場所までを正確に捉えていた。
「宗耶……そうか、わかった」
「……ああ」
見つめ合った時間はほんの僅か、互いに言葉を交わす事なく目を逸らす。
由実と俺、ここまで足を運んだ目的が違っている事は二人とも十分に理解している。それでも、もはや二人で争う機は過ぎた。後は全て、謳歌を含めてだ。
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