3-5

「どうも、御無沙汰しております」

 適当に挨拶をして生徒会室の扉を開ける。

「おー、宗耶に優奈ちゃんも来たんだ」

 意外な事に、その場には由実以外の生徒会役員が全員揃っていた。

「まぁ、ちょっと用があったので」

 いつもなら遊んでいってもいいのだが、珍しく副会長もいるこの場にはあまり長居したくない。普段からあまり感情を見せない事もあり、副会長の様子は一見して普段と変わらず見えるが、屋上での一戦によって副会長の俺への感情は前よりも悪化しているはず。俺から副会長への嫌悪こそ薄れてはいるが、居づらさとしてはいつもより上だ。

「白岡、できれば少し着いて来て欲しいんだけど」

 俺が声をかけると、白岡は意外そうな顔をしてこちらを向いた。

「えっ、私? 別にいいけど」

「おっ、先輩、ついに白岡先輩にまで手を出すんですか」

 なぜか机に突っ伏していた藍沢も喰いついてくる。

「宗耶は飽きっぽいからなぁ、優奈ちゃんも大変だね」

 となれば、会長も首を突っ込んでくるのも当然の流れであり、早くここを出たい今ばかりは少々二人を鬱陶しいと思ってしまう。

「いや、少し治療してほしいだけなんだけど」

「治療? 何かあったの?」

「まぁ、ちょっと。色々とあったんだよ」

「何の説明にもなってない気がする……」

 白岡には怪訝な目を向けられるが、由実との軋轢について口外する気にはなれない。事情がわからずとも、一応治療くらいはしてくれるだろう。

「でも、そういう事なら付き合うよ」

 幸いにも、白岡は察しが良かった。

 白岡のジョブ、僧侶の異能は特に器具や薬を必要としない治癒能力。本来なら場所を移す必要すらないのだが、俺としてはできるだけ副会長から距離をとりたいわけで、無言でそれを汲んでくれるのは純粋に助かる。

「じゃあ、先輩達がくんずほぐれつしてる間に、私達は椿先輩で遊んでますね!」

「えっ、えっ?」

 流石の藍沢もあえて地雷原に踏み込む気はないようで、率先して椿の相手を買ってくれていた。そちらは少々不安もあるが、今は気にしない事にしよう。

「とりあえず、そこの教室辺りでいいか」

「そうだね、別にどこでもいいし」

 休日の学校で、校庭や体育館はともかく教室はどこも空いている。一番手近な教室に入り、互いに椅子に座ればそれだけで治療の準備は済んだ。

「怪我の場所は? 肩と、どこか他にもある?」

「左足首と脇腹が少々。と言うか、肩はわかるんだな」

「なんとなく、ね。伊達に僧侶はやってないよ」

 僧侶とは言っても、俺の知る限りの白岡は仏教徒というわけでもない無宗教で。彼女もまた、あくまで『ゲーム』における回復の力を僧侶と呼んでいるに過ぎない。

「じゃあ、いくよ」

 制服を着たままの俺の右肩へと、白岡が両手を翳す。すぐに両の掌から淡い白の光が放射されると、催眠で薄れた感覚の上からでも負傷が治っていくのがわかった。

「……白岡は、どうして生徒会室にいたんだ?」

 治療の最中、沈黙が生まれそうな雰囲気を察して適当に話を振る。

 接点が少ないせいで共通の話題の少ない俺と白岡だが、他愛の無い話もできないほど仲が悪いというわけではない。

「一応、明日が山場だからね。みんなと少し話し合いでも、と思って」

 世間的には、明日はクリスマスイブ。奥光学園の生徒にとっては終業式でもあり、そして生徒会役員と俺、椿にとっては謳歌との『ゲーム』の、おそらく最終決戦の日だ。

「明日の予定とかは無いのか?」

「え? だから明日は魔王さんと戦うんでしょ?」

 不思議そうな顔を見せる白岡に、俺は言葉を重ねる。

「いや、それとは別に。白岡個人の用事があればそっちを優先してくれてもいいし」

 そう、俺達のしているのはゲームに過ぎない。謳歌は自分が勝利した場合世界を征服するなんて言っているが、どこまで本気だかもわからない。仮に謳歌が本気でそのつもりだったとしても、巻き込まれただけの生徒会の面々が止める義務など無いのだ。

 会長や藍沢のように『ゲーム』を楽しんでいる様子も無く、副会長のように謳歌との個人的な因縁があるわけでもない。そんな白岡にこそ、俺はその事を伝えておかなくてはならないと思った。

「明日はクリスマスイブだし、白岡ならいくらでも誘いとかあるだろ」

 和やかに笑うように、俺は白岡へと語りかける。あくまでただのゲーム、遊びを優先する必要など無いと、そう思ってもらえるように。

「……そう、だね。遊馬くんならそう言うかな、って思ってた」

 だが、白岡はそんな言葉と共に柔らかく微笑んだ。

「どういう事だ?」

「宗耶くんは知らないかもしれないけど、私と由実は実は結構仲いいんだ」

「いや、それは知ってたけど」

 生徒会のメンバーは、基本的に皆仲が良い。

 それは、生徒会室がしばしば溜まり場となっている事からもわかる通りで、ほとんどいつものようにいる会長と藍沢に比べれば劣るものの、白岡や由実だって用も無いのに生徒会室にいる事も決して珍しくはない。

 そして、俺が見ていた限りでは、生徒会室における白岡は由実を主な話し相手とする事が多かった。たまに耳に入る二人の会話はいわゆるガールズトークが多く、俺や会長はもちろん、その方面に疎い藍沢も興味のある話題の時のみ口を挟むくらい。それでも二人で会話がいくらでも続くくらいには、由実と白岡は仲が良い。

「由実がいつか言ってたんだ。宗耶は優しくて、だけどすごく自分勝手だって」

 そして、必然、生まれる空き時間は先程の話の続きによって埋められる事になる。

「それはどっちかというと悪口だな。悪い方を後に、しかも強調して言ってるし」

 後者を不満気に口にする由美の姿は鮮明に思い浮かべることができるが、前者はなかなかどうして難しい。あくまで流れの中でそういったような意味の言葉を吐いた、というだけの話ならばまだ納得は出来るのだが。

「そうかもね、その時も由美はいつも通り遊馬くんの愚痴を言う感じだったから」

 白岡が苦笑、というには少しばかり柔らかな笑みを浮かべる。薄々わかっていたが、由美がいつも愚痴を零すほど俺に不満を持っているという事実が明らかになり、俺としてはそう笑ってもいられない。

「女子へのネガティブキャンペーンでライバルを減らすとは、由美もなかなか姑息な真似をしやがる」

「なるほど、もしかしたら由美がいつも愚痴を言うのにはそういうつもりもあるのかな」

 どうも白岡は冗談というものを解していないらしい。ここは率直に言ってやらねば。

「いや、冗談だから」

「私は冗談じゃないけどね。遊馬くんは普通に格好いいと思うし」

「え、ああ、そう? ありがとう」

 しかし、意外な事に真正面から褒められ、不覚にも普通に照れてしまう。

「でも、明日は俺も忙しいから、誘うなら他の奴か他の日にしてくれると嬉しい」

「それはそうだよね。流石に私もそれほど自惚れてはいないかな」

 他愛も無い会話。わかってはいたが、こんな会話では白岡を明日の戦いから遠ざけるには至らないらしい。

「なぁ、白岡……」

「由美にもね、前に言われた事あるんだ」

 手探りのまま口から出た音は、俺の目を見つめる白岡の言葉に塗り潰される。

「謳歌は本当に危険だから、って。私は『ゲーム』に関わらない方がいい、って」

 由実はずっと前、弓使いの力を手に入れるよりも前から謳歌を恨んでいた。

 だが、謳歌の性格、そしてその力の一端を知っている由美もまた、謳歌との戦いが死と隣り合わせのものになる事はわかっているはずだ。白岡をただ謳歌と戦うための戦力として見るのでなければ、その身を気遣う事はむしろ自然な事だった。

「そうだな、俺もそう思う」

 ならば、俺が今更口を出したところでほとんど意味は無い。俺なんかよりも由美の言葉の方が白岡にとっては余程真摯に、そして親身に聞こえるだろう。

「でも、私は由実に、やっぱり私も戦うって言ったの。危険ならなおさら、治療ができるのは私だけだから、って」

 その言葉は、今目の前の俺へと向けたものでもあるのかもしれない。

 決して『ゲーム』を好んでいない白岡だが、今この状況からもわかるように、異能を使う事、人を治癒する事を拒んでいるわけではない。

 むしろ、白岡は戦いを、傷を嫌うからこそ『ゲーム』に消極的なのであり、そういった精神性が僧侶としての異能を目覚めさせた、とまでは考え過ぎだろうか。

 そんな白岡が、危険な場に自ら出向こうとしている友人を放っておく事を良しとしない事もまた、当たり前と考えるべきなのだろう。

 しかし、それでもやはり白岡は決定的にわかっていない。謳歌と戦うという事、自らの命を危険に晒すという事の意味を。あまりにもリスクの高いその行動が、友人の為なんて理由と本当に釣り合うのかどうかを。

 もしも白岡が本当に自らの行動の意味を理解し、それでなお由実を助けるために戦う事を選んだのだとしたら、その友情は俺から由実へのそれよりも強い。そして、そんな事は俺にはどうしても考えられない。

「つまり、白岡は由実と一緒に謳歌と戦うって事か」

 どちらにせよ、由実で無理だったのであれば、俺の言葉などで白岡を止められるはずも無い。半ば諦めとともに問い掛けた言葉に、しかし白岡は首を横に振った。

「そのつもり、だったんだけどね」

「違うのか?」

 今度こそ、白岡は苦笑した。

「その後、由実は言ったの。『わかった、言い直す。私は春にあいつの前での自分を見せたくないんだ』って」

 それも、きっと由実の本音。友人を危険に晒したくないという気持ちと同時に、友人の前で旧友への殺意を剥き出しにする事への恐怖もまた、由実の中に確かにあるのだ。そして、よりエゴイスティックな後者の感情の方が、白岡を止めるのには効果的だったのか。

「それで、わかんなくなっちゃったんだ。それでも着いていく事が由美のためなのか、それともそこで私は邪魔にしかならないのか」

 戦力的な意味では、由実に揺らぎが生じたとしても、白岡の存在はそれを補って余りあるほどのメリットになる。負ければ即ち死の戦いにおいて、それ以上の答えなど無い。

「由美の力は精度、精神力が肝だから、由実が望むなら白岡は来ない方がいい」

 だが、俺は白岡の参戦を拒む為の言葉を口にしていた。

「……そっか、やっぱり」

 頷いた白岡の顔は、なぜか笑顔。

「遊馬くんは優しいんだ。それで、それが由実に言わせればたぶん自分勝手なのかな」

「……さっきも言ってたな、それ」

「遊馬くんが話を逸らしちゃうから、もう一回言う事になったんだよ」

 狙いは完全に見透かされていたらしい。由実の教えは恐ろし過ぎる。

「自分で言うのも何だけど、確かに俺は優しい。でもそれは若い女、それも顔が好みの女にだけだ。そういう意味では確かに自分勝手かもしれないと思わない事もないな」

「うん、だから少なくとも由実と私から見た遊馬くんは優しいよ」

 白岡は俺の軽口をさらりとかわす。

「私……ううん、生徒会のみんなに由実だって、遊馬くんは謳歌さんから遠ざけようとしてる。違う?」

「…………」

 白岡の問いに、俺は返す言葉を持ってはいなかった。自分でもその答えがわからないのだから、人に答えられようはずもない。

「私は、戦う。由実の、みんなの、それに宗耶くんのためにも。それが正しいのかどうかはわからないけど、私がそうしたいから」

 白岡の宣言を、俺は否定できない。

「それは、随分と自分勝手だな」

 友情も親愛も、エゴに含めてしまえばそこに俺は口を出せない。

「できれば、優しいって言ってほしいけどね」

 笑みを浮かべる白岡の目を視る。

 白岡春は、優しい少女だった。白岡がもしも『ゲーム』に関わらず、ただ由実の友人としてだけいてくれれば、今頃何かが違っていたのかもしれない。

「ありがとう、もう治ったと思う」

 目を閉じ、白岡の手を下げさせて立ち上がる。

 肩は違和感なく回り、その他の部位も痛みはない。これで完治していないなら、それはもうこの場でたしかめる事はできないだろう。

「もし、今夜何かあったら、その時は由実を頼む」

 そんな事は決してあってはならない。そうわかっていながら、それでもなぜか死亡フラグめいた弱音を吐くのを止められなかった。

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