第0・14法 戦闘準備②

「……それは言えません」


 牧野は意外なことにも零機の質問に答えなかった。


「理由を聞いてもいいですか?」

「はい、軍上層部からの命令です。なので、ここからは独り言です。勝手に聞いたあなたたちが悪い」


 牧野はそういって喋りだす。やはり、零機への忠誠心は微塵もなくなってはいなかった。


「綺羅姫燐火皇女は今、自分のご自宅の私室にて軟禁状態のようです。それは桐谷さんが気を失った一週間前からずっとです」


 零機はそのことを聞いて走り出す。


「どこに行くの?」


 麻衣が聞くと、


「閉じ込められた皇女様と少し話してくるだけだよ。僕は彼女に聞きたいことが山ほどある」


 零機は隔離病棟の窓から飛び降り、着地、走り出す。目的地は宮殿内の私室だ。


「全く、燐火のことになるとすぐにああやって行っちゃうんだから」


 愛理がもう手に負えない、とでも言いたげな顔をしながら言う。周りのものは声に出さずとも、心の中で同意した。


 零機は走り、宮殿に着く。門番にあけてもらうよう頼むと、


「まあ我々は通すわけにも行かないんですが、見てなかったうちに入ったってことにして下さい!」


 と、門番も協力してくれるようだった。零機は一言礼を言い、すり足で宮殿内を駆ける。燐火の私室は宮殿の奥にあり、そこには見張り番がいた。おそらく、これが軟禁状態という意味なんだろう。そこにいた兵士は見知った顔ではない。


「あの、皇女様との面会を頼みたいのですがよろしいですか?」

「お前はなにを言っている!ここはお前のような下級兵士が入れる場所ではない!」


 零機はそのことに苛立ちながらも、表情には出さず、門番に言う。


「では、伝言としてで構いません。皇女様に、『あなたの護衛役ガーディアンを信じてくれ、今度ゆっくり話そう』と」

「伝言、か。では、それを手紙にでもして皇女に渡すんだな」


 門番は皮肉顔でそういった。こうなったら埒が明かない。零機は実力行使に出た。


「第参呪府『呪縛』、第陸呪府『呪睡』」


 呪府によって捕縛し、眠らせる。そのまま近くの部屋にぶち込み、呪縛の札をドアに張る。そして、燐火の部屋のドアにかかっている鍵を壊し、なかにはいる。


「燐火―」


 だが、零機はまた外に出されることになる。その理由は、


「み、見ないで!」


 燐火が着替えていたからである。彼女は下着姿で、紅の自分の髪と同じくらい赤い顔をして零機に手に持っていたハンガーを投げつける。零機はその僅かな間、その綺麗な白い肌に見惚れてしまい、ハンガーをかわすことができなかったのである。


「その、ごめん」


 零機は燐火が着替え終わったのを確認し、目をそらしながら中に入る。


「もう、いいから。さっきは、体を拭いてたの。外に出れないからそうするしかなくて。それで何をしにきたの?」


 零機はすばやくドアを閉め、これも内側から呪縛をかける。もし他のものに見つかってもすぐに開けられないためだ。燐火が外に出れずにいた理由が自分にあると思うと、本当に情けない。零機は自分の感情を押さえ込み、燐火の質問に答える。


「うん、聞きたいことがある。君は、呪われた血のブラッド・オブ・プリンセスなんだね?」

「……そうだよ」


 燐火は少し嫌そうな顔をしてから肯定した。それほどに彼女にとって、この力と名前は枷になっているのだろう。


「君の力の封印術式の座標が僕に移ったていうのは知ってる?」

「ええ、聞かされたよ。多分、あなたが私の血を吸ったから。でも、気にしなくていいからね」

「ああ。そのことは悪かったと思ってるけど、飲むように言ったのは君だからね。それで、僕は君の安定化のために、おそらく宮殿内に監禁されるところだったみたいだ。それは避けれたけど、僕が君の護衛であるのには力がいる、っていうことで軍のやつらと闘うことになった。とりあえず、このことは言っておこうと思う。さすがに、ここから君が出てたらまず最初に疑われるのは僕だから君をここから出すことはできない。もう少し待っててくれるかい?」

「うん、待ってる。信じてるからね、私の契約者さん」


 零機は苦笑いしながら立ち上がる。そろそろ明後日の用意をしないといけない。それに、自分が呪われた血のブラッド・オブ・プリンセスの契約者ということが正確にわかった。契約の内容はまだわからないが。


「じゃあ少し待っててくれ、すぐに連れ出してみせる」


 零機はそういってドアにかけた呪府を解除し、外に出る。燐火は少し寂しそうな顔でこちらを見たが、今は一緒に居るわけにもいかない。零機は宮殿を抜け出し、携帯電話を取り出す。響矢に電話をかける。といっても、今の携帯は従来のものとは違い、仮装デバイスでお互いに接続できるため、顔を見ながら話せる。


『どうだった?』

「燐火には会えたし、少し話しもできた。これからは僕の準備をしなきゃいけない。牧野軍曹長とか氷室攻魔官に聞きながら、『叛逆の翼』の宿舎にまで来てくれ。そこでお前らのことについても話し合おう」

『了解、今から向かうぜ』


 それだけいって電話は終わる。零機は足早に宿舎に向かった。日本軍の本部は上野にある。上野は東京の中では皇居に近い場所に位置する。零機は、一人乗りタクシー、と呼ばれるようになった乗り物にに乗り込む。この車体は、使用者が一人乗り、目的地を登録すればすぐに動き出す。魔法の応用が使われていて、加速魔法の術式と減速魔法の術式が組み合わさったものである。それに乗って上野を目指す。零機は高速モードにし、スピードを上げさせる。上野に着いたのは十五分ごだった。

 それから、この車体は料金か魔力の提供が義務づけられているため、零機は自分の魔力を少し流し込む。それは魔力光をほのかに出しながら吸収されていった。

 魔力とは、使用者の感情に反応するエネルギー、心素粒子アインケルツと、空気中にある魔素を使って体内で製造される。魔素粒子ガイストが大きく関わる魔法の行使は、使用者に大きな負担をかける。それをサポートするのが魔法発動補助機具MMGである。魔法発動補助機具MMGは汎用型と特注型があるが、零機が取りにいくのは特注型である。汎用型とは、一般的に量産された魔法発動補助機具MMGを指し、現代魔法工学での一般的な容量、魔法術式の膨大な情報データが五十収納できるようになっている。何種類かの魔法発動補助機具MMGがあり、魔法士たちに十分対応できるように設計されている。汎用型は、いくつかのシリーズに分かれている。上のほうのものはもはや特注型と言えない事もないが、零機が今から取りにいくのは世間では伝えられてないものだ。


「ソリアット少尉、桐谷上等兵であります。伝達が来ているとは思いますが、この宿舎においてある自分のMMGを取りに参りました」

「へっ、前まで俺に命令していたやつがいきなり媚諂うっていうのかよ?はっ、傑作だな!」


 宿舎に着いた零機を待ち受けていたのはグリンガルだった。グリンガルは冷めたような顔でこちらを見た。


「いえ、上官に命令などできませんよ。それより、私の申し出を通して頂きたいのですが」

「ああ、わかったよ。ったく、つまんねーなぁ、まあいいか。持っていけよ。その代わりに、絶対勝って戻ってこいよ」

「わかってる。だから待ってろ」

「おうよ!」


 零機はそれだけ言って中に入る。自分の使っていた部屋にまずいき、自分専用の特殊軍服を着る。軍服は黒一色で統一され、その上に黒いローブを着る。自分の机の引き出しを開き、黒いアタッシュケースを持つ。その姿は髪の毛の白さと対照的で、黒い服のその姿は死神のようだった。零機はそのまま地下に行こうとする。


「なあグリンガル、他の奴等はどこだ?」

「先に地下に通したぞ。まあまだ『黒鋼くろがね』シリーズのある部屋には通してない」

「そうか、すぐに行くぞ」


 そういって零機は地下に向かう。グリンガルも一緒について行く。今は新宿区での作戦の後遺症と天使の警備に当たるためにほとんどの軍人は本部に居ない。そのため、軍舎に人はほとんど居ない。グリンガルは伝達を受けて本部に残った。地下には『叛逆の翼』の訓練場ともうひとつ、武器の収納室がある。それはとても広い部屋だった。そのなかでさきほどの六人は信じられないというような顔をしている。そこには、


「よう、久しぶりだな黒鋼ども」


 零機はそこにおいてある武器に話しかける。その声に反応したかのように武器が動き始める。ひとつひとつの武器には呪術で封印が掛けられている。そのひとつひとつが真っ黒に光っている。


「あれはなんだ?」


 錬太郎が興味と驚きを含ませた声で言った。零機は先ほどとは違う冷淡な声で答える。


「こいつらは僕が創った魔法発動補助機具MMGの軍の最高機密、黒鋼シリーズだ」

「聞いたことがある。軍の専属魔法工技師Xと呼ばれる人物が作り上げた最高傑作のシリーズ、黒鋼。剣から刀、銃に斧に鉈、槍、銃、計十種類の武器があり、その全てが悪魔と契約した武器だといわれていると」

「なぜそれをっ……!」


 錬太郎は顔を青くしながら言った。周りのものも、最後の悪魔、と聞いた瞬間に青い顔をする。グリンガルが問いただそうとするが、目の前の光景に口を噤む。


「そうだ。今ここにあるのは全部悪魔と僕が契約させて封じ込めたものだ。まあ次の闘いはさすがにこいつらなしじゃ無理がある。僕でも全部なんて契約できないから封印した。少し離れてろ。ここにいるのは全部上級悪魔だ、気を抜いたら乗っ取られて死ぬぞ」


 そういいながら零機は歩いて行った。その奥には一本の刀が置いてある。なんの色素も持たないこの空間で、特別その刀は浮いていた。


「やあ久しぶり、暗氷の悪魔、いや、フロストって呼んだほうがいいか。フロスト、悪いんだが力を貸してくれないか?」

『今更だね~、君は一度契約を破ったくせに』


 刀から突如声が聞こえた。それは紛れもない声で、その場に居たもの全てに聞こえた。


「悪かった。だから、もう一回契約をし直す。僕が吸血鬼にならないってことを契約するんじゃなくて、君に魔力をやるっていうのは?」

『足りないな~、それじゃ。なら、君は力を手に入れるために人間性を全て失えるかい?それなら私の力、貸してもいいけど』


 まさに、悪魔の取引が目の前で行われているのに対し、回りの者は一歩も動けなかった。軍人のグリンガルも例外ではなかった。グリンガルも緊急のときにだけ、この黒鋼の武器を使うが、それとは桁違いな迫力を持つものだった。


「正直、僕は吸血鬼になって君との契約を破った今、人間との共通点は人間性だけだ。でも―」

 

 零機は刀に手を差し出し、刀の鞘を持つ。


「それが必要なことなら、僕は人間性なんて捨ててやる。僕は燐火や葵に普通の生活をしてもらいたいだけだからな、それを守ってやれるならお前の欲望くらいなら受け入れてやるよ」

『でも、君が力が欲しいのは君の自己満足だ。決して彼女たちが守りたいからじゃない。君は、今、自分の存在理由を、吸血鬼の第十三始祖の存在理由を求めているだけなの。それでも君は私の力を求めるの?』


 零機はその通りだと思った。だが、


「ああ、その通りだ。だけど、僕は力が欲しい。自己満足も全部守れるくらいの力が欲しい」


 フロストは少し笑い声を漏らした。


『契約は成立しました。製作者X、シリアルXナンバー001、暗氷の刀フロスト、桐谷零機と契約をします。君はつくづく面白い。どこまで私に負感情を食べさせてくれるの?』


 フロストは半分機械的に答えて零機の手に収まる。


「好きなだけ食えばいい。今のお前じゃ僕の意識ごと喰うなんて無理だからな」


 零機の回りに古式的な魔法陣が現れる。それが零機の腕に鎖を巻きつける。それは見えなくなって腕に消える。そうして契約は完了した。零機は抜刀する。その刀身は黒く、だが、刃は翡翠色になり、冷機が漏れでいる。それを確認すると零機は刀を鞘に戻す。


「行くぞ。ここに留まるのはやめたほうがいい。悪魔どもは契約者を望んでる。食われない間に出るぞ」


 零機の声は先ほどまでの死んだ軍人をいたわっていた声とは裏腹に、声は無機質だった。そしてそそくさと部屋の外に出る。


「零機……」

「零機君……」


 響矢と麻衣が心配そうな声を出す。その心配を打ち消そうとグリンガルが軽快に笑った。


「いや、作戦前のあいつはいつもあんな感じだったよ。やっとらしくなってきたじゃねえか。あれは戦場に赴く戦士の顔だからな」


 零機は軍舎から出たところで空を仰いだ。空はもう暗くなっていた。


「さて、準備はできた。明日一杯は戦場を離れすぎて勘が鈍ったのを戻す。グリンガルは特訓に付き合え。他の奴等も少し手伝ってくれ」


 皆はうなずいた。零機の目がかつてないくらい紅く染まっていた。それは、零機が吸血鬼の、第十三始祖の力を本気で使うことを指していた。

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