第0・12法 護衛解任?!

 零機は隔離病棟を出た後、真っ直ぐに宮廷に向かった。宮廷は千代田区にあるので、新宿の被害は受けておらず、ここをこうしてみていると何事もなかったかのようだ。天使エンジェルが東京に攻めるというのは今までに一度もなかった。東京は日本の中心なので当たり前といえば当たり前だが。のどかな庭をみながら進む。少し歩くと宮殿が見えてきた。


「さあ、覚悟が必要だな」


 零機は小さく呟き、燐火の護衛を命じられたときもいた門番に声をかける。


「桐谷零機旧少佐、現上等兵であります。戦皇夫妻から直々に来いとの命令を授かっていますので、通して頂けますか」

「はっ、わかりました。いい処罰がくだされることを祈っています」

「ありがとう。僕は今旧少佐って言ったけど、正式に言われたわけじゃないからこうやって話すよ。こうやって軍内で話せるのも今日が最後だしね。今までありがとう。直属の部下ではなかったけどすんなりここを通してくれたのは君たちだったしね」

「滅相もありません。どうか、いい処罰をお受けになってください」

「ありがとう、職務に戻ってください」


 零機の言った事を聞いて先日からいた二人の門番は敬礼をした。それを見て零機は微笑み、なかに入っていく。この前の応接間に入る。

 そこには前よりも人がたくさんいた。戦皇夫妻に大木上級大佐、その他にも同じ少佐だった各種族の人、中佐、大佐、准将、少将に中将に大将、上級大将などなど、軍のお偉方が二十人くらいは集まっていた。


「ようこそ、お越しになりました桐谷少佐」

「はっ、皇后陛下、私をここにお呼びした理由をお聞かせ願っても良いでしょうか?」


 いつもは零機を注意する大木上級大佐も今は状況が状況であり、注意をする余裕なんてない。


「ええ、あなたも察してるとは思いますが、あなたは不正に少佐権限を使い軍を動かしました。あなたは昇格です。上等兵にまでです」


 やはり零機の考えていることと同じだった。だが、上等兵まで下がるというのはいささか下がりすぎな気がしないこともない。


「それともうひとつ、あなたの皇女の護衛を解任します」


 零機のまさかと思っていた事態が起こった。だが、


「そのことはお断りさせて頂きます」

「なにを言っているんだ桐谷上等兵!」

「自分の立場をわきまえろ!」


 零機がそのことを断ると、上層部の軍階級をもつ将校たちが零機を叱咤した。それもそうだろう。今の上等兵なんていう肩書きで国のトップに文句を言っているのだから。それを見た戦皇が愉快そうに言う。


「理由はあるのかね?」

「まあ、はい、あります。僕は綺羅姫燐火皇女の護衛をしていて、その秘密に触れました。それに、自分の今の状況についてもある程度独断で調べさせて頂きました。その結果、彼女、綺羅姫燐火皇女の封印術式は僕に書き換えられてしまったようですね。だから僕をおとなしくさせることでその術式を維持したい。そういうことですよね?」

「ああそうだ。寝起きの割には頭が冴えているじゃないか。それで理由とは?」


 零機の言ったことは推論だったが、これ以上ないって言うくらいに的を突いていた。


「有難いお言葉です。理由を言わせて頂きますと、まあいくつかあります。ひとつは僕が綺羅姫燐火皇女の血を吸い覚醒吸血鬼エヴァーフンヴァンパイアになりました。その時、僕は呪われた血のブラッド・オブ・プリンセスの契約者に選ばれたみたいです。それをこの紅い髪が証明していますから」


 周囲の軍人が僅かながらざわめいた。誰もこのことを知らなかったようだ。零機もなんとなくしか覚えてないため、確証はないのだが。


「ほう、初耳じゃが、嘘というわけでもなさそうだ。だが、他の理由を聞きたい。まさか皇女に恋愛感情でも抱いたのか?」


 戦皇がニヤニヤしながら聞いてくるが、零機は真顔で受け答える。


「さあ、どうでしょう。僕が軍人になって魔族を殺したくて手に入れた力は、彼女を助けたいもうひとつの力になりましたからね。まあ今まで忘れていましたが。戦皇陛下、皇后陛下、覚えてますか?僕がここに忍び込んで皇女を外に連れ出し、僕が死ぬ寸前くらいまで殴り倒されたのを」

「ああ、覚えておる。君の言った『彼女を自由にしてなにが悪い、僕が桐谷の人間だからか!』という言葉はそれなりに響いたのでな」


 零機が十歳になり、吸血鬼事件のあと、零機は度々父親と宮廷に来て惨状を話し、支援を求めていた。そのたび、零機は皇居を見て回った。何回目かの時に、大きな隔離された塔を見つけた。その窓から外を眺める少女、綺羅姫燐火を見て零機は塔の近くの木に登り、彼女を連れ出して町に出た。皇女はあまり姿を知られていなかったので、町の中で何か問題が起こるようなことはなかったが、黒服の東雲家のエージェントたちによってまた燐火は拘束され、零機はひどい扱いを受けた。零機の父親がいくらかばってもエージェントたちは零機だけを潰した。屈服はしなくても体はボロボロの零機は父親に担がれて帰りながら、「もっと僕に力があったらあんなやつらも、あの子も助けられたのに!」と泣いた。

 それが零機が軍で少佐の権限を手に入れた理由だった。権力をもっと得て武力じゃない、彼女を自由にできる力が欲しかった。


「そうだな、面白いこといになった。もう今はこちらの領地での君の家で過ごしている実の妹、桐谷葵よりもうちの皇女を取るか」

「いえ、僕は妹が帰ってきたのは最高としか言い様がありません。早く会いたいですよ。でも、その前に僕は軍人で皇女様の護衛役ガーディアンなので」


 零機の決意は固かった。そのことを感じ取った戦皇はニヤリと笑い言った。


「君の覚悟は受け取ったよ桐谷上等兵。皇女は護衛に君をどうせ指定するだろうからな。そうだな、こうしよう。護衛役には力が必要だ。皇女を守りきる力、それが一番あるものに任せればいい。私たちのほうで三人の候補者を用意した。桐谷上等兵、君が彼らより強いことを証明できるなら私は君の護衛任務続行を命じよう」


 零機は驚くのと同時に期待を寄せた。勝てばいいのだから。


「はい、有難いお言葉です。それで、僕と戦う方とは誰でしょうか?」


 天皇はまたニヤリと笑った。そして三人に前に出るように命ずる。


機甲魔人アーマードメイガス、アンレット・バルカン中佐」

「はっ!」


 機甲魔人の中佐、アンバレッド・バルカンといえば、軍の兵器とも数えられる指折りの軍人だ。そのパワーは天使殲滅部隊の一個大隊に並ぶといわれている化け物的な軍人だ。大柄な体躯をしていて、機甲魔人特有の魔力光が導管内を煌いている。機甲魔人の固有魔法、限界突破リミットオーバーは異常なまでの力を持ってる。


「鷹の神獣を携えるもの者、吸血鬼、ラインマン・グリヒィン少将」

「はっ!」


 吸血鬼族のなかでも、鷹の獣人は最強とも言われるほどの強さを持つ者だ。ラインマンは小柄だが、吸血鬼固有の大きな翼を持ち、空をいつでも飛べる。飛行魔法ではなくだ。吸血鬼の固有魔法、神獣ヴォルフは発動すると、自分の従者である神獣が現れ、主の命令に従う。


巻島誉まきしまほまれ中将」

「はっ!」


 女性の魔法士で、軍のなかでも指折りの存在と数えられている。独特な鞭のようなMMGを使い、数々の天獣を葬っている。彼女は死にかけていたのを精霊を憑依させることで動く戦闘機で肉体の一部をかたどれ生存していると聞く。今では禁止された人体魔造化計画の成功者だ。


「どうだ桐谷上等兵。なかなかに愉快な面子だろう?」


 天皇陛下がニヤニヤしながら言った。明らかな計画的っぽいものである。


「……本当に潰しに来てますね。ですが、負けるわけにもいかないので。やりましょう。勝利条件ルールはなんですか?」


 勝算はかなり低い。零機はため息を吐きながらも天皇に聞く。


「決まっているだろう。護衛は命を掛けても護衛対象を守る義務がある。なら、戦いは殺し合い《デスマッチ》に決まっている。明後日には決行しよう。もちろん、君たちほどの戦力を本当に殺させはしない。大将クラスの軍人が止めに入る。今日と明日が猶予期間だ。さあ、勝つために有効な時間にしてくれたまえ。今の四人以外の軍人はここに残って明後日の用意や場所についての話し合いをしよう。それ以外は解散して良いぞ」

「はっ、失礼します」


 そういって零機を含めた四人の軍人は応接間を後にした。零機に他の三人が零機に話しかけてくる。


「桐谷、お前じゃ俺たちに勝てない。大将クラスの吸血鬼の方々でも俺たちを止めるのは無理がある。死にたくなければ早めに辞退しろ」

「失礼ながら右に同じく」

「私もそう思います。辞退しなさったほうが良いですよ桐谷さん」


  三人が辞退を零機に進めるが、


「それは今までの僕の話です。確かに、人間だった頃の僕だったらとっくに諦めてましたよ。あなた方と当たるといわれたときに。ですが―」


 零機は歩き出し、振り返りながら言う。


「僕は人間じゃなく、吸血鬼、伝説上の最強の存在、第十三始祖の血を継ぐものみたいなんです。それに、僕は。負けるわけにはいかないんですよ。失礼します」


 零機はそういって歩き出す。その背中を三人の軍人は見ていたが、ラインマンが呟く。


「彼は本当に強い人間でしたからね。吸血鬼に、第十三始祖になってもそれは変わらない、それどころか強くなりますね」

「ああ、全くだ」

「本当にありえないですよね」


 そう思わせるほどに零機の背中は力強かった。

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