第十四話『特待生』

「アリア、下がって!」


 コロシアムの端に寄ったユキナはアシリアの前に立つ。

 アリシアを背に庇い、ユキナは剣を振りかぶってきた生徒の手を取り、場外へと投げ飛ばす。間髪入れずに間合いに入って来た斧使いを回し蹴りで吹き飛ばした途端、二人に魔術の雨が降り注いだ。


 爆音が爆ぜ、破砕された瓦礫が根こそぎ周囲を巻き込んでいく。

 噴煙が視界を遮り、ユキナとアリシアの姿が消え失せる。


「《大いなる精霊の加護を持って、鋼より生まれし剣、我が前に顕現せよ》【フィジカル・エンチャント】!」


 凛とした声音が爆砕地から響き渡る。

 ユキナが咄嗟に展開したE級防御魔術【シールド】の背後で身体能力強化の魔術の詠唱を終えたアリシアがユキナの背に手を当てながら魔術名【フィジカル・エンチャント】を唱える。


 D級魔術に分類される【フィジカル・エンチャント】は筋力の向上や耐久力の強化、さらには反射速度などの動体視力、さらには思考速度すら強化する事の出来る身体能力強化の魔術だ。

 単純に炎を出して攻撃、あるいは水や風を生み出す魔術とは違い、一度に魔術で全身の筋肉や骨格、反射神経やそれに伴う筋や表皮などの強化も一斉に行う必要があるので、単純な魔術操作で言えばD級よりもさらに上位に位置するB級クラスの操作の難易度を誇る上級魔術だ。

 さらに効果時間は消費した魔力に比例する。一般的な魔力量では十秒と持たない。

 この魔術を発動させるには高度な魔力操作と膨大な魔力が必要になってくるのだ。


 シドウ達と出会った当初のアリシアでは【フィジカル・エンチャント】は使えなかった。

 それまでアリシアが使えた魔術はC級クラスの治癒魔術に護身用のE級魔術全般。

 殺傷力のある魔術、あるいは治癒以外の高位魔術を使うことは出来なかった。


 だが、シドウは実技試験が始まる僅か数日の間にアリシアに【フィジカル・エンチャント】を叩き込む事に成功していた。

 アリシアがこの魔術を体得出来た大きな要因が二つある。

 一つは彼女の治癒術士としての知識だ。

 医療知識として蓄えた肉体構造の知識が身体能力強化の補助に大きく役だったのだ。

 どの筋肉を強化すればどの部位を強化出来るか――その知識を持つアリシアに身体能力強化は相性がよく、アリシアは肉体の一部を限定的に強化する事で、本来負担すべき魔術制御の大半を省略する事に成功していた。

 さらに、アリシアはユキナには遠く及ばないが魔力量が多いことも判明した。

 これは偶然の賜物だが、カルーソで何度も治癒魔術を行使したはずのアリシアにマナ枯渇が見られなかったのだ。

 C級、及びそれ以下のランクとは言え、治癒魔術を大量に使ったにも関わらず、アリシアは肉体的疲労こそあったが、魔力――その源たるマナ容量にはまだ余裕があった。


 その経緯からシドウはアリシアの魔力総量が常人よりも多い事を知る事が出来た。そしてその二つの強みがあるからこそ、アリシアは効率のいい運用で【フィジカル・エンチャント】を使うことが出来る。


「はああああああああああ!」


 アリシアの支援を受けたユキナが噴煙から飛び出し、受験生が密集する区画へと突撃する。

 ユキナは飛び交う剣尖、魔術をくぐり抜け、拳と蹴りで周囲の生徒達を吹き飛ばしていく。その数は十にも及ぶ。ユキナ一人の活躍で会場の三分の一が落とされた事になる。


「長々と詠唱する隙なんて与えるかあああああああああ!」


 アリシアの身体能力強化の持続時間は約一分。その一分の間、ユキナはこの場の誰よりも強くなれる。

 思考速度が強化され、相手が一手を繰り出す前にユキナは十にも及ぶ先手をとる。

 さらに、強化された反射速度により認知出来ない攻撃すら反射で避ける事が出来る。


 三十秒経過。


 周囲から一斉に放たれた魔術の嵐に呑み込まれたユキナ。

 だが――


「む、無傷……?」


 絶望に染まった声がポツリと漏れる。

 肉体能力強化に耐えられる肉体へと変化を遂げたユキナは例えD級魔術だろうと鋼の体で押し通す。

 そして、その生徒の見せた隙は――致命的だ。


「やああああああああああ!」


 肉薄したユキナの拳が触れる。その瞬間、ユキナの足場に亀裂が入り、巨大なクレーターが生じる。

 当然、そんな衝撃を間近で受けた生徒は口から泡を吹き出し、白目を剥く。


 四十秒経過。


 肉体強化が終わるまで後二十秒。


 周囲にはまだ片手ほどの受験生が残っている。それにアリシアの元に数人の影が忍び寄っていた。

 ほとんどの魔力を使ってアリシアはユキナに【フィジカル・エンチャント】を施した。今のアリシアには身を守る術がない。そもそもアリシアは格闘技を習っていない。接近されればお終いだ。


 一瞬で状況を判断したユキナは拳を握りしめる。

 足元から腰へ――腰から肩へ――肩から腕へと全身の力を余すことなく拳に収束させていく。


 身体能力強化の全てを拳に集め、ユキナは思いっきり地面を殴りつけた。


「はあああああああああ!」


 裂帛の気合い共に穿たれた拳はコロシアム全体に衝撃を伝播させ、会場全体に亀裂が入る。

 その衝撃の中心点は完全に陥没。コロシアムの一角に巨大な穴が空いていた。地面が瓦礫となって隆起し、周りにいた受験生数名は衝撃に巻き込まれ、意識を失うか、吹き飛ばれ、失格となる。


「あと、十秒……」


 付与された【フィジカル・エンチャント】が薄れていく。限界時間が近かった。

 ユキナは会場を揺らした衝撃波を推進力にアリシアの元に駆けつける。

 最後の力で数名を殴り飛ばし、大きく深呼吸。


「ユキナ、もう時間が!」

「う……ん」


 アリシアの叫びが聞こえる。

 ユキナは全身の動きを止める。

 思考速度を意識的に戻し、体を通常状態へと移行させる。【フィジカル・エンチャント】最大の欠点がこれだ。


 使用者は魔術が消える数秒前には魔術を使用する前の身体能力へと戻す必要がある。

 身体能力強化は諸刃の剣だ。

 本来、人間には耐える事の出来ない強化魔術。その状態を維持したまま術が解かれるような事があれば、使用者は限界を超えた肉体強化の影響で体を引き裂かれ、最悪、強化が切れた瞬間に絶命してしまう。

 その為に【フィジカル・エンチャント】が切れる五秒前には本来の身体能力へと意図的に出力を下げる必要があるのだ。


 そして、アリシアの魔術が解ける一分が経過。

 身体能力強化が解かれる。幸い、身体能力強化による負荷はない。


 ユキナは直ぐさま【シールド】を展開。

 防御に徹する。


「アリア、後はシドウの作戦通り――」

「うん。守りに徹するんだね!」


 アリシアとユキナの周りにいた受験生は軒並み戦闘不能にさせた。

 

 残り、十三人。あと三人落とせば合格だ。



 ◆



「作戦通りだな……」


 僅か一分たらずで十人以上の生徒を戦闘不能にさせたユキナの化け物ぶりには冷や汗が浮かぶ。

 いくらアリシアの補助があるとはいえ、あの修羅のような戦いぶりは異常だろう。


 だが、あれほどまでの活躍を見せたユキナが特待生から落ちるなど考えられない。学院側から見てもユキナの戦力は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 それにアリシアもだ。

 ただでさえ難易度の高い身体能力強化を自分自身ではなく、他人に付与する。並外れた魔力操作のセンスと魔力量がある事は試験官にも伝わった筈だ。


 他の受験生を押しのけ、これ以上ない活躍を見せたユキナとアリシアはまず間違いなく特待生になる事が出来る。


「後は俺か……」


 シドウは口元に手を当て、魔術を詠唱。


 シドウは詠唱の省略が出来ない。詠唱から魔術を特定され、対策をとられる可能性がある。

 それを防ぐ為に、口元を塞ぎ詠唱を見えなくする。

 魔術が発動するまで正体が掴めない。これで使用する魔術がバレる事は無い。


「【アクア・ショット】!」


 シドウの発動した【アクア・ショット】が戦いを始めていた他の生徒に直撃する。

 ほとんどの生徒は安全な中心地で戦闘を行っていた。ユキナの振動により体勢を崩した直後、不意を突いた【アクア・ショット】は一人の生徒を巻き込んだ。


 その生徒が飛ばされた先にはシドウの設置した罠――【エア・ショット】がある。

 【エア・ショット】に巻き込まれた生徒は衝撃に吹き飛ばされ、そのまま場外へとはね飛ばされる。


 戦いがコロシアムの中心で行われる事を見越して、コロシアムの中心に【エア・ショット】を配置した。

 この戦いにもはや安全地帯は存在しない。

 コロシアムの端はユキナが粉砕し、その真反対には【エア・ショット】の罠。そしてコロシアムの中心にも同じく【エア・ショット】を配置済。

 シドウ達以外の誰一人にも活躍の場を与えず、シドウ達が一方的に戦える為の作戦。


 例え、試験に合格しても試験官の目に映らなければ、特待生にはなれない。

 三人の特徴を印象強く与えるにはシドウ達以外の活躍の場を奪うしかない。

 だからこそ、速攻で試験を終わらし、ユキナとシドウだけで試験を終わらせる。


 それがシドウの考えた作戦。必ず特待生になるための作戦だ。


「さあ、かかって来やがれ!」


 シドウは配置した【エア・ショット】の前に陣取り挑発をかける。

 そして、その挑発に誘発されたのか、数人の生徒が無鉄砲にシドウに飛び込み、【エア・ショット】で吹き飛ばされる――



 ◆



 ベルナール騎士学院が開校されて以来の最短記録で実技試験が終わり、この一方的な試験の中で活躍を見せる事が出来た唯一の三人が特待生として学院に迎え入れられる事になるのだった。

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