第66話「アユムは14歳になりました」

すみません。ずいぶん空いてしまったと言う事で2章のあらすじから再確認!


~ダンジョン農家!(2章)~


 白き神とその眷属グールガンによる新種奪取計画を防いだアユムとアームさんたちは神々から褒賞(損害賠償)『ダンジョン15階層の環境改善』を受ける。


 折角広がった15階層だが、農地を広げるには人員が不足。

 そんな折、『自分は人間だ!』という狸、タヌキチが現れる。

 初めは害獣として処理されそうになったタヌキチだったが、何故か筋肉に目覚めてリンカーの弟子を始める。その後アユム達によるスカウト旅行でスカウトしてきたリトルホワイトコッコ4匹組の兄貴分としてアユムのお手伝いに、リンカーの訓練に、充実の日々を過ごすタヌキチはすっかり当初の目的を忘れていた。


 一方、グールガンと目的が競合してしまい一旦目標を変更した悪魔ちゃんは、イット達の教育に苦悩していた。そこに彼女たちの監視を兼ねて接触してきたジロウの助言によりイット達の成長させることに成功した。そこで悪魔ちゃんは再度目的を定めた。『近くコムエンドに発生する超級モンスター討伐の功』に。


 そんな中、コムエンド夏のお祭り『格闘大会』が近づいてくる。スパイとして後輩と神から賜ったエルフのホムンクルスを投入する悪魔ちゃん。そして何故かイットのエルフに惚れる王子ダジル。


 愛と思惑が潜む格闘大会にお気楽な気持ちで参加するアユムは、決勝でタヌキチと邂逅する。

 しかしその決勝の舞台で、弟弟子として、15階層の仲間として信頼していたタヌキチに手加減され憤るアユム。

 一方、自分と同じ存在が悪役として活動を開始したことを本能的に感じたタヌキチは自分を抑え始める。

 気付いているのに気付かないふりをするタヌキチ。

 負の感情に流されるのを止めるためにダンジョン作物の効果に依存するタヌキチ。


 もやもやした思いを残し祭りは終了した。


 その後、祭りに浮かれたコムエンドに王子ダジルの助けもあって侵入することに成功した悪魔ちゃんとイット達。


 一方、祭りの報告を為にダンジョンマスターを訪問したアームさんたちは、そこでダンジョンマスターが緊急退避したマスタールームを目撃する。そして、アームさん達はダンジョンの異変を確認する。


 同じ時、36階層の釣りにきたアユムとタヌキチとラーセンはタヌキチの分身が作り出した扉が発見する。


 緊急事態の報告に走るタヌキチに、聖女リムの魔手が伸ばされる。


 その頃、タヌキチの分身、コムエンドの超級モンスターは地上でも活動を開始していた。

 張られたのは人類を逃さないための結界。


 事態が急転する中、勇者となったイットとその相棒の聖剣は仄暗い感情でつながり、出番を待つ。


シリアスさん「俺の出番じゃー!」

~~



リッカを持つ手が震えている。そのことを悟られない様にタヌキチは小刻みにリッカを啄む、その姿は左右見回すしぐさを加えれば野生の狸である。


 (これさえ、これさえ食べていれば僕はここに居ていいんだ……)


 タヌキチは36階層にて魚パーティの場となっていた広場の端で懸命にリッカをかじる。


 (あの恐ろしい、リムとか言った女が施した聖女の術………)


 ふと食べるのをやめて胸に手を当て【聖なる波動】を感じるタヌキチ。その波動はチクリと痛い。その痛みはダンジョン作物を食べると和らぎ、ゆっくり体に広がる。

 そこでタヌキチはふっと自分を見下ろす視線に気づいた。


 マールは魚を焼くので手一杯だ。

 巨大な魚を捌く重労働はサントスが担当している。

 ナイトドラゴン3人衆の内、マールの弟子イエローが雑用に駆けまわっている。


 師匠組は、『魚を35階層との交易品に』と事業展開を話し合う4名。

 飲食業協会の代表、コムエンドではないが他のダンジョン都市で数多の伝説を作った剣士、ダルタロス。

 大人気の歌手にしてチカリの父、先日コムエンドに一時帰郷してきた百拳の異名をとる元格闘家、フェルノ。

 酒造りはいったん弟子に丸投げして魚を食べに来た。錬金術師にして大魔法使い、アモルーゾ。

 そこにナイトドラゴン3人衆のしっかり者、ドラゴンブルーが頷きながら会話に参加している。

 少し黒いのはご愛敬だ。なんとなく鮮度が、とか加工方法がとか、資金はどこからとか聞こえる。


 最後に竿を片手に熱く語るラーセンの周囲に頷きながら満面の笑みを浮かべるコムエンド酒造の若き代表、弓使いグランと釣竿の仕組みに興味津々の暗器使いにして人気服飾デザイナーのルーゾン。そして、『魚、美味しい! 自分も釣りたい』とゼスチャーで会話に参加するナイトドラゴン3人衆の突撃隊長ドラゴンレッドがいる。


 選択肢はもう、イックンかアユムだが、イックンは水辺で物思いに耽っている。

 なのでタヌキチは視線の主をアユムだと気付いた。


 リッカが無くなった。種まで食べつくしてタヌキチはアユムを見上げる。

 優しく出されたのは焼きトウモロコシだ。


 (爺ちゃん家に遊びに行ったときに、大通公園で食べたな……)


 そんなことを想いながら受け取って一礼する。

 そっと頭に手を乗せられ撫でられる。


 (兄弟子はきっと自分の事を勘付き始めている……。あの邪悪な聖女に呪われた僕がここに居ていいのかはわからない。でも、今夜ぐらい。明日ぐらい。一緒に居ていいよね……)


 アユムはそんなタヌキチの想いに気付いてか、そっとタヌキチの隣に腰を下ろす。

 自分はマールからもらった塩焼の魚を食べる。


 「タヌキチ君。美味しいね」


 アユムの無垢な笑顔にタヌキチは不覚にも見とれる。


 「キュウ(うん。美味しい。これは素材が良いね)」


 トウモロコシを褒めるとアユムは花が咲くような明るい表情を浮かべる。


 (本当に好きなんだな……)


 土がどうとか、水の成分がどうのとか、魔法力の調整で甘さが変わるとか、虫の存在がどうのとか、とにかく害獣が許せないとか。

 最後の害獣の話についてはタヌキチは苦笑いである。


 「とにかく、美味しくて、人の命を、生き物の命をつなげるものを作るって素敵な事じゃない? 大変だけどね」

 「キュウ(だね。でも、きっと僕の方がアユムより美味しいものが作れる気がするよ)」

 「お、言ったね」


 アユムは上機嫌で話を続ける。やがて『あ、僕も焼きトウモロコシと、最近育成に成功したダンジョンキノコを持ってくるよ。ん? キノコ危ないくないかって? 大丈夫。被検体は段階を踏んだから♪』と言ってマールがいる簡易調理場に向かうアユム。


 タヌキチは苦笑いを浮かべながら焼きトウモロコシを食べる。最後の『被検体』のくだりを思い出し笑顔になる。

 

 (美味しい。美味しいと笑顔になる。笑顔になるとさらにおいしくなる。それはきっと幸せって呼んでいいよね)


 その後、タヌキチはアユムに導かれ師匠達に合流した。

 そして唐突にアユムは『僕今日で14歳になりました!』と宣言する。

 皆、口々に祝いの言葉を発し、『祝い酒だ』『アユムはまだ未成年だから呑むなよ。でも興味はあるだろ』など和やかな宴会で夜を過ごしていく。


 そして翌朝。


 雰囲気は一転していた。

 昨晩頬を緩めていた男たちは精悍な表情で装備の確認をしている。

 ある者は剣を、ある者は鎧を確認する。

 ラーセンは棍を片手に全員を見渡す。


 「皆のもの! コムエンドにダンジョンが発見されて以来数百年、邪な物の侵入を許さなかった……。だが今! 我らの前に邪な波動を放つ扉が見つかった!」


 ラーセンが言葉を切るとそれぞれの顔に現役時代の獰猛な表情が戻っている。


 「異常事態じゃ!!」


 ラーセンは邪悪な笑みを浮かべる。


 「故にわれらがゆく!!」

 「「「「おう!」」」」


 「心が高ぶるだろう!!」

 「「「「「「おう!」」」」」」


 「引退しようが、平穏を得ようが、我らが魂は冒険者! 未知へ、邪悪へ、挑む事へ恐れを抱かぬ! さぁ、者ども仕事の時間じゃ!!!」

 「「「「「「おーーーーー!」」」」」」


 その反応に満足したラーセンは湖に向き、腰を落とし根を構える。

 静まり返る面々。


 ふぅ。


 ラーセンが一息吐くと棍から神樹の波動がほとばしる。

 次の瞬間、アユムが目で追えたのはラーセンが動き始め、体がぶれたところまでだった。

 気付けばラーセンは下から上に棍を振り上げた。

 振り上られた棍から放たれた光は当然の様に湖面を割る。


 光はアユムたちの場所から扉までの水面を固定し道を作った。

 ラーセンが作った光の道の到着店には、湖底に下向きに張り付いた黒い扉が。半ば割れた状態で姿を現していた。


 一行は緊張感を保ったまま、扉に近付き、ラーセンの棍が扉にとどめを刺す。

 扉の中から姿を現したのは斜め下へ向かう洞窟。

 その姿はまるで内臓の様に赤黒く、曲線の壁は呼吸する様に胎動していた。


 師匠達が近付くと壁はそれに気付いたのか触手の様に伸ばし抵抗する姿をとる。

 だが残念ながら伸びた触手は剣士ダルタロスに切り刻まれ、百拳フェルノに原型をとどめない形に潰され、大魔法使いアモルーゾの白い炎によって焼き尽くされる。すると……。


 「おやおや、無粋なお客様だ」


 壁から溶け出すように黒い2足歩行の狸が現れた。それはタヌキチに瓜二つだった。


 「お主が超級モンスターか?」

 「そう焦るなよ。神の杖をもつ英雄、ラーセン……。いやいや、あの時の小僧がもう爺とはな……」


 黒いタヌキチの発言に師匠達は一歩下がる。

 マールとサントスは師匠達に庇われるような形で更に後ろへ下がる。


 「僕は、この世界に生れる悪なる存在。今回で17度目かな? そうだったよね? もう1人の僕?」


 その言葉はアユムの横で静かにしていたタヌキチに向けられる。

 タヌキチは師匠達から刺さるような視線を意識しない様にして黒いタヌキチを睨みつける。


 「おー、怖い怖い」

 「なぜ出てきた? ダンジョンマスターごっこをしたければ地中深くに埋まっていればよかったのに」


 タヌキチを庇う様にアユムは一歩前に出る。その手にはいつの間にか神剣イクスが握られている。


 「なぜ出てきたと? 決まっている。最も厄介な相手が護衛の少ないうちに打ち倒せるのであれば」


 黒のタヌキチはアユムを愉快そうに見上げて言葉を紡ぐ。

 しかし、そこでタヌキチが、師匠達も予測しない速度で黒いタヌキチに襲い掛かった。


 「融合に来たのかい?」

 「キュウ!(お前を倒して! 僕は元に戻る!)」


 タヌキチは自分がリンカークラスの格闘術を披露していることに気付かない。

 だが、黒いタヌキチはそれを余裕をもって受け、触手で応戦する。

 触手はダルタロス、フェルノ、アモルーゾが迎え撃つ。


 「くくくくくく、やはり。僕の思惑通りだ。そして次のはきっと………」


 黒いタヌキチが言葉を切ってアユムを見ると、飛び出そうとしていたアユムを暗器使いのルーゾンが止めていた。


 「アユム。落ち着け。お前が飛び込んでもどうにもならん」

 「イクスの能力を使えば!」


 アユムの反論にルーゾンが耳打ちをする。


 「慌てるな。あと、能力を【使わされるな】。ジロウが色々掴んでいる。そこまで生き残るのだ」


 ルーゾンの声のトーンにアユムは冷静になる。


 「あらら、君たちは本当に面倒だね……」


 冷静になって一歩下がったアユムは、足元の感覚に違和感を覚えた。 

 【柔らかい】のだ。


 「でも、残念! 来ないなら連れて行く! 神剣使いが守りに入るなら隔離すればいい!」


 黒いタヌキチの言葉と伴に触手がアユムを包む。

 咄嗟に防御の姿勢のアユムと結界を張るイクス。両者の反応を織り込み積みで触手は地下にアユム達を地下へ引きずり込んでいった。


 「キュウ!(貴様!!)」

 「返してほしければ、追ってくると良い、もう1人の僕よ!」


 黒いタヌキチは現れた穴にその身を翻し、タヌキチは目のも止まらぬ速さで追う。

 タヌキチを止めに入ろうとした師匠達の足を止めさせたのは、師匠達の裏をついてマールを狙った触手だった。


 一方、その頃ダンジョンの奥へ引き返した黒いタヌキチはほくそ笑み、漏らす。


 「予測の範囲内。くくくく、各個撃破。各個撃破♪ さぁ、僕は地上の人類たちに絶望を与えなきゃ」


 黒いタヌキチは触手に運ばれ地上へ進む。

 36階層から地上へ触手は疑似ダンジョンを構築している。それがまるで火山の噴火の様に地上へ溢れたらどうなるだろうか。溢れた触手がモンスターに変化すれば人類たちはどう感じるだろうか。


 笑いが止まらない。

 いつもは神々が助けに来てくれるだろうが、今回はそれはない。

 地上に居るのは力不足の勇者のみ。


 黒いタヌキチは触手が地上へ溢れたことを認識した。そしてタヌキチの中にある地球の情報から色々なモンスターがあふれだしている。


 「さぁ! 僕に驚け! 人類どもよ!! 人類の知識を有した史上最強の超級モンスター様の登場だ!!」


 地上に飛び出た黒いタヌキチは両手を広げ黒いオーラを展開する。

 


 その一瞬だった。


 「貴様はここで死ぬ! この勇者イットと聖剣リアの全力によって!! 【光よ! 悪をうち滅ぼせ!!!】」


 その声は黒タヌキチの頭上から、強烈な光と共に振ってくる。


 「なっ! 馬鹿な! 存在を捨てt……」


 言葉を全て発する前に黒いタヌキチは光に呑まれ……そして強烈な光はコムエンド周辺を覆いつくすのだった。




  

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