第15話 船旅
流れにのって船は進む。
川幅は四尋ほど。街道と変わらない。
頭上を木々が覆い、薄暗い。
船は大きくも小さくもない。
それなりではあるが、人を運ぶための船ではない。
船倉は荷で溢れ、人の入る隙などない。
船尾にある船室と甲板が人の場所。
王都で馬車を用意するというサラームの申し出もあって、馬車と馬は商館へ預けた。
よく整備されている。
オラキエル街道沿いの渓流へ水を流して、こちらの運河の流れを安定させているという。
船頭に舵を取っている様子はない。いくら下るだけとはいえ、不思議なことだ。
サラームたちは、これだけのものを、数百年もの間、この国から隠し続けている。
フラウデルテバといい、サラームの商館町といい、興味が尽きない。
国内の情勢はある程度頭に入れているつもりであったが、姫様を守るため、まだまだ調べなくてはならぬことが多い。
覆い被さる木々のベールの向こうに、苔むし、切り立った岩壁。
ここから先が暗渠。
船首に灯りが吊るされ、行く先を照らす。
舳先で水面を覗き込む。
透き通った水の向こう、灯りが水底で踊る。
平ら。人の手で造られた痕。
「こいつぁ参りやした」
暗渠に入るかというところ。背中に気配が湧く。
「戻ったか。どうだった?」
振り返らず。水面を見つめる。
「上の山を抜けるのは至難の技ですぜ。できなかありやせんが、とてもじゃねぇが、船より先に王都にゃ辿り着けやせん」
「この川の先は?」
「無茶言わねぇでくだせえよ」
流石に水の上は歩けんか。
「なんだ、お主たちでも無理なのか。安心した」
「そりゃあ、どっちの意味ですかい?」
「お主らでも出来ぬことがあるということ。この先で襲撃はないということ。両方だな」
「うへぇ。姐さんより、よっぽど人使いが荒えや」
「そうか? 王都までは暇だろう? 休んでおくと良い」
この者たちは見えぬ場所にいてこそ活きる。
「良い人ぶっても遅いですぜ。休む以外になにしろってんですかい」
「良く喋るな」
「暇なんですよ」
振り向く。
黒い狩衣。前垂れで顔は見えない。肩を竦める。
「船室の様子は?」
「姐さんがいるんですぜ」
「そうだな」
「それにしても、ここは相当古いですぜ。郷より古いかも知れねぇ」
灯りの届かぬ闇を見上げる。
「そんなに古いか……」
一部とサラームは言っていたが、偶に光が差す程度。ほぼ暗渠。
王都の船着場は商会の地下だという。
「お客さん、そろそろ船室に入っておくんなせぇ」
「うむ、わかった」
この先、王都までは船室で過ごす。
見られたくないものがあるのだろう。
サラームとの約束。
乗せてもらっているのは、こちら。
仕方なかろう。
船尾の船室へ向かう。
姫様、侍女二人、騎士八名、イズナとその下僕で四名。
狭い。
約束は約束。
半日程度、なんとでもなる。
狭い。
奥のベンチに姫様と、両脇に侍女。
傍らにイズナが控え、その後ろに下僕。
騎士は皆、立っている。
狭い。
「昨晩はお寛ぎになれましたか、姫?」
「はい。とても豪奢なお風呂を頂きました。ハーブと花弁を浮かべ、オイルを垂らし、それは素晴らしい浴場でした。ねえ?」
問われた侍女二人が、ウットリと頷く。
迂闊に返事できる話題ではない。
曖昧に頷き、話を変える。
「それはようござました。それで姫様、王宮ではドレスをお召しになりますか?」
馬車にはそれなりの量の荷物が積まれていた。
その中にドレスもあるはず。
今日も姫様はマント姿。
中身は騎士の正装に近い、鎖帷子にサーコート。
「迷っているのです」
「とんでもございません! お嬢様っ!」
姫様の言葉を侍女が遮る。
「旅の間は危険もございますから仕方ありませんが、王宮でございますよ!」
やはり。
姫様は武装で王宮に上がるおつもりか。
迷っているとは、侍女の手前だろう。
「姫の思うようになされませ」
ドレスだろうと、武装だろうと、笑うものは笑う。理由はいくらでも付けられる。
ドレスならば、非常時に呑気なことと笑い、武装ならば、淑女が何たることかと笑う。
直ぐに黙らせてやるが。
「何ものからも、何事からもお守り致します。姫は姫のままに」
不満そうな侍女たちは何も言わず、姫様も頷いただけ。
イズナの口元には薄い笑み。
「ジャンペール、剣を研いでおけよ。王都では使うことになる」
「はいっ!」
「今はやるなよ。狭い」
シュンとするな。可愛くない。
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