第5話 思わぬ出会い

「ここがお前の新しい家だ。」

 火山に案内された不動産なる場所は、なんというかとても汚らしい大きな建物だった。


「大きいですね?」

 口では大きさのことにしか触れないようにはしたが、本当にここに住めるのか? いくらなんでも汚すぎるぞ……

 たぶん火山も常々感じていたことなのだろう・。

「外からみたら汚く見えるかも知れないが、中は綺麗だから安心してくれ」

 火山はそう言うが、僕にはそうは思えない。きっと中まで汚れているのだろう。


「ですよね。びっくりした……」


「本当だぞ? アパートだからきちんと他の住民が掃除してくれているはずさ……きっとね……」

「アパート?」

 聞きなれない言葉によって、再び全く知らない世界に放り込まれたと改めて思い知らされた。

「アパートも知らないのか? わかりやすくいえば複数人で住む家だよ。」

「他人と同じ家に住むんですか?」

 右も左もわからない場所だから、知らない人と住むのは百歩譲って許せるが、寝食を共にするのは少し抵抗というものがある。そんな不安をよそに、火山は大丈夫だというと鼻歌まじりに僕を中に連れ込んだ。


 建物とは外から見るのと中から見るのではかなり心象に差異が出るものだ。外からの景色はいい意味でも悪意味でも期待を裏切ったと言える。

 確かに火山の言う通りで清掃が隅にまで行き届いており、僕の実家程とは言えないが騎士宿舎よりは圧倒的に綺麗だ。だが、大きさは期待をかなり下回る。

 なんといっても、家の中に家があるというのはさすがの僕も驚いた。


「なるほど、同じ家と言っても寝食をともにするというわけではないんですね?」

 これなら、清潔が好きな僕もストレスフリーな生活を送れることだろう。


「いいや、それは半分違うな。君の言う通り、寝る場所は違うそれは正しいよ。だが、メシを食べる場所は共有だしトイレや風呂も共有だ」

 火山の説明はおおよその現代人にとってみればわかりやすい説明なのだろうが、僕にとってはよくわからない。

 

 トイレとか風呂とかなんの専門用語なのだ?


 それも、暮らしていればわかるだろう。食事だ。食事を食べる場所がみんなと同じというのは騎士宿舎でもあったことだ。僕は期待を込めて火山に尋ねた。

「食事が支給されるということですか?」

 火山は一番に食事を気にする僕に対して、さほど興味も持たないように気の抜けた返事をした。

「ああ、そうだよ。」

 それは非常にありがたい! さっきみたいな思いはしなくて済むな……

――――だが、それよりも重要なことがある。


「家賃はいくらですか……?」


 僕の不安をよそに、火山は爆笑する。

「金のないやつから何を取れって言うんだ? まずは仕事からだろ?」

 確かに火山の言う通りだ。僕にはそもそも金がない。だが、彼の言う仕事すら見つからないといのは彼もよくわかっているだろう。

「僕に仕事なんか見つかりますかね……?」


「お前は何を心配しているんだ? お前が心配するのは新しい仕事をどうやって探すかではなく、どうやってこなすかだ!」

 

 彼の言葉の真意はいつもわからない。一体どう言うことなのだ?

「意味がわかりません……」

「―――――君の仕事はもう決まっているってことだよ!」

 火山はまた訳のわからないことを言う。

「……は?」

「は、じゃないよ。お前の仕事は俺が決めといたって言ってるんだ。なんか文句あるか?」

 ますます、火山という男がわからない。何を企んでいるんだ?

 だが仕事がこんな簡単に見つかったのはありがたい。

「それは助かりますけど……でも、いや大丈夫。ありがとうございます。」


 火山は少し照れくさそうにしている。

「あー、あとお前の部屋の鍵だ」

 そう言って僕の前に差し出した鍵には1○2号室と記されたタグが付けられていた。

 

「部屋の場所は……まあ鍵を見りゃわかるか……。とにかく俺はもう帰るけど、最低限マナーは守れよ、あとメシは朝の7時と昼の12時にそこの食堂に行けば用意されてある。それと、今日中に他の住人には挨拶するんだぞ!」

 彼はまるで僕の母親みたいにお節介を焼いてくる。なんと、簡単なマナーや部屋の配置まできっちりと教えて、「仕事が用意出来たらなんらかの方法で伝える。」と言うと、すぐに帰って行った。


 僕もすぐに部屋自分の部屋を見つけた。部屋のドアは見るからに年季が入っていて、思いっきりしめると壊れてしまいそうだ。だけどドアもしっかりと掃除が行き届いている。

 そんなことよりも部屋の中がどうなってるかだ。

 緊張感を帯びた僕は、ゆっくりとドアを開ける。そこに広がったのは綺麗で小さな部屋と見たことのない器具の数々だった。

 挨拶にいけとは言われたものの少し緊張している自分がいる。少しだけ部屋でゆっくりしてから行く事にしよう…………



……それにしても、この家電というものはすごい。魔法を使わなくとも火が出たり、薄い板に人が映ったりしている。

 それもすごいのだが、極め付けは壁にかけられた謎の箱中から冷気が生まれてくることだろう。僕のいた世界でも冷気系の魔法は上位魔法でそうそうお目にかかれるものではなかったが、それがこの部屋のそれもただの箱から生じている。

 これはまさに魔法界においては革命的と言わざるおえない。

 それからしばらくの間、興奮が抑えられなかった。


 我に帰った時には、時計の針は8時をさしていた。


 そういえば、火山さんが引っ越しの挨拶に行けって言ってたな……

 この建物には僕の他に2人の人が住んでいるとのことだし、そろそろ挨拶に向かうべきだ。

 ようやく決心し、部屋のドアを開けた。


 決心とはすぐに鈍ってしまうことがある、今がまさにその時だった。隣の部屋の住人に挨拶に来たが、そのまま動けなくなってしまった。

 鼓動は早くなり、声が詰まっているかのような錯覚を覚えた。

 しかし、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかない。再び決心を固めたが、どうしても動けない。

 そんなこと繰り返しているうちにドアが開く音がし、中から長身の男が出て来た。


 男は黒い髪をたなびかせ、黒い目をギョっとさせながら凝視し警戒しているようだ。おそらく中年の男性だが、肉体は服の上からもわかるように引き締まっているし、顔もホリの深いいい男だ。

「誰や?」

 濃い顔に低い声だ。さすがの僕も恐怖を隠すことは出来ず、足が震えているのを感じた。

「夜分おそく、申し訳ございません。僕はとなりに引っ越して来たイグニスというものです」

 そう僕が自己紹介すると、男は少し考えていた。

「あんたが、そうなんか。

 俺の名前は、#堺 二郎__さかい じろう__#っていうんや。まあよろしくな」

 彼はそういうとはにかんだ。

「はいよろいくお願いします!」

 堺は見ためとは裏腹に案外いい人のようだ。すぐに仲良くなれた。


「だけどまあ、こんなボロいところ住むやつなんて、俺とあいつぐらいや思っとたわ。」


 そう言う堺だが、僕にはなにを言いたいのかよくわからなかった。

「このボロさやで、金がないとかそんな奴しかこんやろ。」

「そういうことですか……」

「そうや。あとその敬語やめてくれへんか、俺は敬語を使われるような男じゃない。」

 さすがに初対面の人にタメ口で話すのは気がひけるが、相手の望みとあれば仕方ないと思った。

「そうなのか、じゃあそうさせてもらうよ。」

 男は黒い髪をかき分けていた。

「なんや、お前よく見たら逞しい体やな、土方でもやってるんか?」

 またも知らない言葉が出てきた。一体この世界にはどれだけの専門用語があるのだ。

「土方ってなんですか?」

 堺はうまく説明出来ないのか、考えるように黙る。


 このまままた沈黙が続くのかな、なんて考えていたがそれはすぐに破られた。

「あかん、無言の時間にたえられへんねん! とりあえず大工とかのことや!」

 説明してくれるのはありがたいが、専門用語の説明に専門的な用語を使うのはどうかと思う。結局なんのことだかわからない。

「ごめん、僕は遠い国からきたからこの国の言葉にわからないことが多いんだ。」

「意外やな、日本語がそんなに話せるから日本生まれなんかとおもたわ。」

 そう言って、スマンスマンと詫びてくれた。


「僕がきちんと自己紹介しなかったのが悪かったんだ。でも、僕は記憶喪失でもあるから何も話せないけどね。」

 さっきまでのへらへらした顔つきから一転、堺はまじめな顔つきに変わった。

「そうなんか、じゃあ色々困ることがあるやろ、俺が日本のこと教えたるわ。」

 僕はその言葉だけでとても救われた。この国に来てからのはじめての友達になれるかもしれない。

「それは助かるよ、でも今日はもう遅いからまた今度都合があう時によろしく頼むよ。」

―――――堺は腕についていた時計をみた。

「ああ、もうこんな時間か。もう1時間も話しとったんか。じゃあまた明日の夜にでもどうや?」

「ありがとう。でもそれも仕事の都合次第かな……」


 堺はいつまでもこちらに手を振っていた。


 僕は部屋には帰らずに、もう1人の住人に挨拶するべく階段を登り丁度自分の部屋の真上にきた。

 二度目となると慣れたもので、僕はすぐにドアをノックできた。

 しかし返事はない。仕方なくもう一度ノックしたが、それでも状況は変わらない。

 

 拍子抜けだな……こんなにも緊張していたのにバカみたいだ……


 いつまでもここで待っていることはできないし、先方にも迷惑になるだろう。また出直すとするか。

 はじめての生活はどうやらうまくいきそうだなと、この時は甘いことばかり考えていた。

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